第3話 九谷焼の招き猫
九谷焼の小さな猫を机の上に置いて数日が経った。あの日から、私は毎日この猫を眺める時間が増えていた。淡い緑色の地に描かれた赤と青の花模様は、何度見ても新しい発見がある。それまで部屋の中でぼんやりと過ごしていた時間が、少しだけ彩られるようになった。
「招き猫って、どうしてこんなに落ち着くんだろう?」
私は猫に話しかけるように呟いた。当然、返事はないけれど、その無言の存在感が私を包み込んでくれる気がする。
その日の午後、思い切ってネットで「九谷焼」について調べてみることにした。以前はこうした興味を持つことさえ億劫だったけれど、この猫をきっかけに、何かが変わり始めているようだった。
画面に映し出されたのは、九谷焼の美しい作品たち。鮮やかな色彩と独特の模様は、どれも個性的で、まるで作品一つひとつが語りかけてくるようだった。
「石川県か……」
九谷焼は石川県の伝統工芸で、400年近い歴史を持つことを知った。中でも、古九谷と呼ばれる初期の作品は、その大胆なデザインが海外でも高く評価されているらしい。さらに、九谷焼は職人たちが手作業で絵付けを行うため、同じデザインでも一つひとつに微妙な違いがあるのだという。
「なんだか……すごい世界だな」
その時、ふと骨董市で出会った店主の言葉を思い出した。
「その猫は、見る人の心を癒す力があるかもしれませんよ」
癒す力……本当にそんなものがあるのだろうか。けれど、この猫を手にしてから、心が少しずつ軽くなっているのは事実だ。
その夜、布団に入っても私は眠れなかった。九谷焼の猫が机の上で静かに光を浴びている。明日の予定を考えたとき、ふと骨董市の店主が頭に浮かんだ。
「また、行ってみようかな……」
自分でも驚くような考えだった。あれほど外出するのが怖かったのに、またあの骨董市に行きたいと思うなんて。
「この猫が何かを引き寄せてくれているのかもしれない」
小さく笑みを浮かべると、私は布団の中でそっと目を閉じた。九谷焼との出会いが、私の日常に少しずつ色を加え始めている。何かが動き出しているような、そんな予感がした。
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