第2話 偶然の出会い

骨董市の会場は、地元の小さな広場だった。風が冷たく頬を撫でる中、私はマフラーに顔を埋めながら彩香と並んで歩いていた。広場には色とりどりのテントが並び、古い家具や陶器、絵画、小物雑貨などが所狭しと並べられている。


「ねえ、見て!これ可愛くない?」


彩香が手に取ったのは、アンティークのブローチ。彼女は相変わらず楽しそうに見て回っているけれど、私は人混みが気になって仕方がなかった。小さな子供が走り回る声、大人たちが値段交渉をする声……そのすべてが耳に刺さるように響く。


「大丈夫?」


彩香が心配そうに顔を覗き込んだ。


「うん、大丈夫。ちょっと見るだけだから」


そう答えたものの、胸の中はざわざわしていた。早く帰りたい。でも、少しでも自分の殻を破りたくて、今日はここに来たんだ。


しばらく歩いていると、一つのテントが目に留まった。他の店よりも控えめな雰囲気で、棚に並べられた陶器がほのかな光を放っている。私は足を止め、思わず見入ってしまった。


「いらっしゃいませ」


初老の店主が静かに声をかけてきた。彼の背後には、大小さまざまな器や置物が並べられている。色とりどりの模様が描かれた小皿や湯呑、鮮やかな花模様の壺。その中で、一つの小さな猫の置物が目に留まった。


「これ……なんですか?」


気づけば、私はその猫を手に取っていた。淡い緑色の地に、赤や青の花模様が描かれている。とても繊細で、でもどこか親しみやすさを感じるデザインだった。


「それは九谷焼です。石川県の伝統工芸でね、鮮やかな色彩と繊細な絵付けが特徴なんですよ」


店主の言葉を聞きながら、私はその猫をじっと見つめた。不思議と心が落ち着いてくるような気がした。


「九谷焼……」


聞いたことはあったけれど、実物を見るのは初めてだった。その色彩の美しさに、私は言葉を失っていた。


「気に入ったなら、どうぞ連れて帰ってあげてください。その猫は、見る人の心を癒す力があるかもしれませんよ」


店主の柔らかな声に背中を押されるように、私は頷いた。値段を聞くと、手の届く範囲だったこともあり、迷わず購入を決めた。


「これ、本当に可愛いね!」


彩香が笑顔で言う。その明るい声を聞きながら、私は胸の中のざわつきが少しずつ薄れていくのを感じた。


骨董市を後にし、家に帰ると、私は早速九谷焼の猫を机の上に置いた。光が当たると、猫の模様が生き生きと輝いているように見える。


「癒す力、か……」


静かな部屋の中で、小さな猫を見つめる私の心は、確かに少しだけ軽くなっていた。それが、九谷焼と私の物語の始まりだった。

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