僕の青春のアルバムには上位存在しかいない。

ナポレオン藤田

第1話 小川ランタの日常

 小川ランタは、とても臆病な人間だった。

 と言っても、夜一人で寝れないだとか、ホラー映画を見れないだとか、そういう類いの臆病では全くない。

 ただ、ひたすらに人と話すのが苦手なのだ。

 ランタの人間関係は、血の繋がった母親と塾の先生のみ。

 そもそも、どうやって人に話しかけていいのかが彼には分からなかった。

 親が転勤族なので、小学生の頃から転校ばかりしていたのも、ランタの対人臆病症に拍車をかけていた。

 故に、ランタの貴重な高校生活は初っ端から一人で始まってしまった。


 「おはよぉー」

 「あれ?今日は朝練ないの?」

 「昨日からテスト期間入ったからね」

 「そしたら来週まで一緒に登校しようよ!」


 少し気だるげな男子高校生と、朝から元気いっぱいの女子高生。

 そしてその2メール後ろを歩くランタ。

 ランタの前を歩く男女は、時折肩が触れては離れ、また触れて…。結局、学校に到着するまでそれが続いた。


 あぁ、これが青春ってやつか。


 ランタは夜勤明けに朝日を浴びたコンビニ店員のような顔をしながら歩いた。

 道中、ランタに声をかける人はいなかった。


 しかしながらこれが、ランタの日常である。

 勿論、青春の光がランタの目に沁みたとしても、学校は時間割通りに時を進めていく。


 「部活行くぞ!テスト期間だから昼休みしか練習できないんだ、さっさと弁当食え!」

 「わかってるって!急いで食ってんだろ!」

 「早弁しとけよ!」

 「それは先生に失礼だろうが!」


 昼休み。

 6月の下旬ともなれば、一年生も部活のチームメイトとしての意識もできあがってくる。

 夏の大会を目前に控えた彼らは、シャツを腕まくりして日焼けした肌を自慢するかのように見せながら、慌ただしくエナメルバッグを手に取った。

 そして廊下側一番後ろの席に座る小川ランタの席の背後を通り、部室棟のある方向へ小走りで向かった。

 勿論、その後もクラスメイトがランタに話しかけることはなく、ランタもチラチラと時計や周りのクラスメイトを見渡して口を開き、何も言わずに閉じるを繰り返していた。


 時計の針が進むのは一定で、ランタがゆっくりと弁当を食べて、トイレに行って戻ってきても、昼休みの時間は半分も過ぎていなかった。


 「え、てかさ昨日のアレみた?」

 「9時からのドラマ?」

 「そうそう、ちょーヤバかったよ」

 「マジか。ネタバレ絶対しないで!」

 「えー!じゃあ早く見てよ!」


 「幼馴染みに告白されたんだけどさ」

 「え!2組の黒髪ロングで委員長してる子?」

 「そう。まぁ、良いなって思うけど」

 「けど?」

 「女としてアイツを見たことなくて…」


 「放課後に部活の奴らと動画撮ろうぜ」

 「先輩にバレたらどうすんだよ」

 「大丈夫だって!これも青春の1ページだろ?」


 青春の、1ページ。


 ランタはなんだか急に、この教室に自分の居るべき場所なんてないんじゃないか、この席だって、自分じゃない誰かの席なんじゃないか、なんて悪い考えが浮かんできて、ジッ…としていられなかった。

 まるで逃げ出すかのように椅子から立ち上がる。

 床と椅子の足が擦れる音が大きく鳴って、一瞬、教室が静まり返った。

 ランタは身を固くしてギュウと目を瞑るが、クラスメイトはまた日常に帰って行った。

 ランタは俯いて、教室を出る。

 頼る同級生も先輩もいないので、一年生のランタは仕方なく図書館へ向かう。



 そこが、彼の人生の転換点とも知らずに。

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僕の青春のアルバムには上位存在しかいない。 ナポレオン藤田 @kaakuyomi

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