第5話 消えない影

朝が来た。

カーテンの隙間から差し込む光が部屋を照らす。昨晩の恐怖は現実感を失い、まるで悪い夢だったかのように感じられる。

しかし、その記憶の断片は確かに優子の中に刻み込まれていた。


モモはソファの下から出てきて、いつものように優子の足元で尻尾を振っている。

その無邪気な姿に安堵しつつも、優子は自分の胸の奥に根付いた不安を振り払えなかった。


何をしても満たされない心。まるで大きな穴がぽっかりと空いたような感覚は、優子にとっていつものことだった。

その穴を埋めてくれるのは、モモだけ。


朝食を用意している最中、優子はふとキッチンの窓の外に目をやった。

視界に入ったのは、アパートの前に停まる一台の車だった。見覚えのない白いワゴン車。

不意に誰かに見られているような気配を感じ、彼女は背筋を伸ばした。


外に人影はなかったが、視線を感じた記憶は消えない。

誰もいないことを確認しても、その感覚は彼女の意識の奥深くに残り続けた。


「気のせいだよね……」

自分にそう言い聞かせて食事を済ませたが、気分はどこか沈んでいた。


昼過ぎ、仕事に集中しようとパソコンの前に座った優子は、隣の部屋の方向を意識しないよう努めていた。

だが、やはりその存在が気になり、時折視線を向けてしまう。


突然、モモが玄関の方を向いて吠え始めた。

「また?」

優子は立ち上がり、玄関のドアスコープから外を覗いたが、そこには誰もいなかった。

ただ、外の廊下には何かが置かれていた。


ドアを少しだけ開けて確認すると、それは古びた白い封筒だった。

名前も住所も書かれていないその封筒を手に取ると、紙の感触が妙に湿っていることに気づいた。


中を開けるべきかどうか迷いながらも、優子はゆっくりとそれを開封した。

中に入っていたのは、一枚の写真。


写真に写っていたのは、優子がこのアパートに引っ越してくる前の古い住人たちと思われる人々。

だが、その中には見覚えのある顔があった。


「……どうして……」

写真の隅には、優子が小学校時代のクラスメイトと一緒に写っている姿があった。

彼女たちの笑顔の中で、優子だけが浮かない表情をしている。


なぜこの写真がここにあるのか、何の目的で送られてきたのか、答えはわからない。

ただ、この部屋に住む前から続いている何かが、自分を取り囲んでいる気がしてならなかった。


優子はモモを抱きしめながら、今まで感じてきた不安が形を持ち始めたことに気づいた。

それは、ただの妄想では終わらない――確かな「何か」がここに存在しているのだと確信せざるを得なかった。

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