第2話 悪役令嬢の過去(1)

私は、前世では踏みにじられて、奪われてばかりの人間だった。

私の前世には、今世と同じように、魔術が存在し、魔術が使える特別な人間のことを魔術師、と呼んだ。

私の両親は事故で私が幼いころに他界し、姉は、体調が悪く、入院していたため、ずっと病院にいた。私は姉と会ったことがほとんどなかった。どういう見た目なのか、どんな性格なのか、ほとんど知らずに終わった。

私は、親せきを頼らなくてはならなくなり、叔母を頼って生活した。

叔母は、シングルマザーで忙しく、従妹のことをすごくかわいがり、私のことはいつもいつも軽蔑した目線でみて、家事洗濯はすべて私に任せ、従妹は友達と遊びに出ていた。それから数年がたったころ、

「いいなあ、私もあんな風に遊びたかったな。」

つい、私がそうぽろっとつぶやいてしまったことがあった。

誰も聞いていないと思ったのだ。

けれどもそれを聞いていた叔母はかんかんに怒り、ついには私を家から追い出した。

その日は雪の日だった。

すごく、すごく、寒かった。

どうして、どうして私ばっかり。

そう思ってしまった。そう思わざるを得なかった。

道に、座り込んでいると、他の人の住んでいる家の角の所に、一凛の花が咲いているのが、目に入った。

「きれいだなあ。」

こんなにも寒い雪の日なのに、この花は懸命に生きている。

なんてすばらしいのだろう。

なんて、美しいのだろう。

気が付いたら私はその花を摘んでいた。

「ふふっ、きれい。」

私は、思わずそう呟いて、着物の袖口のところにそっとしまった。

「あー、あー、私、何で生きているんだろう。」

なんとなく、そう、呟いてしまった。

自分でそう呟いた瞬間、何かがふつっ、と切れた気がした。

次の瞬間、何やら、ふわふわ、ふわふわしたような心持になり、なぜだか空を見上げたくなり、ぼーっと空を見上げる。

そこへ、

「君、どうしたの?」

と、一人の男が尋ねてきた。

その時の私は、ただただ寒くて、思考回路があまり回っていなかったのかもしれない。いままでのことを、彼になぜだか、話してしまった。

本当に今考えても不思議でならない。

どうして、彼に話したのか。

話している途中で、ここは寒いから場所を移そう、と言って、彼は、彼の家に私を連れて行った。

私が、今までの話をすると、彼は、涙を流しながら、うん、うん、つらかったね、と話を聞いてくれた。

「どうして泣いているんですか?」

と、私が聞くと、彼は、

「え、だって、君の話はあんまりにも可哀想な話ではないか。」

と、言った。

「同情、してくれているんですか?」

と、私が聞くと、

「ああ、そうかもしれないね。」

と、彼は言った。

私はこの人を不思議な人だと思った。

私は、なぜだか生まれつき人の感情の色が見えるのだが、その時の彼のは、無色だったのだ。

わたしは、当然ほかの人にもこのが見えているものだと思い、

「だって、あなたの今の感情の色はでしょう?」

と、言った。

すると、彼は驚いたような顔で、

「へえ、僕が何も思っていないことがわかるんだ。」

と、面白がるかのように言った。

「え?あなたにもわかるでしょう?感情の色。」

「わからないよ。は普通の人間には見えない世界なのかもしれないね。」

その時だった。

私が、その力が特殊だということに気が付いたのは。

「ねえ、君、うちにずっといていいよ。君の話を聞いた限り、君には頼れる人が誰もいなそうだし。」

「どうして?」

「ん?」

「どうして、私にここにいていいって言うの?あなたには何の得もないのに。」

「もちろん、得ならあるよ。ただ、君には言わないけど。」

「そうなのですね。」

役立たずな私がここにいるだけで、この人が何か、得をすることがあるんだろうか?

―――無いのではないだろうか。

無いのに、私が気を使わないように、わざとそう言ってくれているのかもしれない。

なんて優しい人なんだろう。

でも、

「ずっと、というのはどのくらいなのでしょうか?」

私は、気になっていた疑問を尋ねた。

彼は、

「うーん、君、見たところ10歳くらいだし、20歳くらいになるまでいてもいいよ。ていうか、好きなだけいていいよ。」

と、言ってくれた。

本当に、なんて優しい人なんだろう。

その時、彼の色をみると、相変わらず無色だったが、少し暖かい無色に見えた。

「___ありがとうございます。」

私は、礼を言ってその場所に滞在させてもらうことにした。

私は、何もせず滞在するのは悪いな、と思い、少しでも役に立てたら、と思って、家事洗濯等を、やろうとしたことがあったのだが、その時、彼に少しだけ怒られた。

彼は、その時私に何もせず滞在していていいんだ、と言ってくれた。

少し、彼のその言葉がうれしかった。

今まで私にそんなに暖かい言葉をかけてくれた人は、今はもう記憶にいない、両親くらいかもしれなかった。

だから、私はつい、その言葉に甘えてしまった。

けれども、やることが何もないのも退屈なので、雪が降っている外を、縁側に座ってじーっと見ていた。そこへ、帰ってきた彼は、寒いだろう、と言って、上着をかけてくれたこともあった。

私は何も感じないから、寒くなんかなかったのだけれど。

でも、その気遣いが温かいような気がして、今まで、感じたことのない何やらわからないけど複雑な気持ちになったのを覚えている。

そして、そんなある日、彼は私を縛った。

鎖のようなもので。

そして、魔法陣のようなものを私のいるところの下に着々と毎日書いていった。

「何をしているのですか?」

と、私がそう尋ねると、彼は、

「お前のその感情の色が見えるのは、魔術かもしれない。それなら、大発見だ。今までの魔術にそんなものは、なかったのだから。」

彼はそう言って、毎日、毎日、魔法陣のようなものを少しずつ書いていった。

―――――ついには、それが完成することはなかったのだが。

なぜなら、その日、彼は、死んだからだ。

出かけた、帰り道を、他の魔術師に狙われ、殺されたんだそうだ。

そのことを知らせてくれたのは、意外にも彼を殺したその本人である魔術師だった。私がどんな反応をするのか、試しに来たのかもしれなかった。

「どうして、彼を殺したんですか?」

私がそう聞くと、魔術師は

「彼は俺からしたら邪魔だったんだよ。俺の商売の邪魔をしてくるからな。」

と、答えた。

「そうなんですね。」

私はあくまでも無表情でそう言った。

「悲しまないのか?」

「どうしてですか?」

「だってお前は彼と同居していたんだろう?」

「わかりませんが、涙が出ないので、別に悲しくなどないのでしょう。」

「お前、、冷たいやつだな。でも、そういうの嫌いじゃないぞ。」

そう言って、その魔術師は、なぜだか私の頭を撫でた。

私はその魔術師に抱き着いた。

なぜだか、そうしたほうがいい気がしたのだ。

その魔術師は、驚いたような顔でこちらを見て、

「お前、歳、いくつだ?」

と、尋ねてきた。

「13。」

「へえ、面白いな、お前。気に入った。お前、今日から俺の家にこい。」

「___、この家はどうなるんですか?」

「空き家になるんじゃないか?」

「__、わかりました。ついて行きます。」

私がそう答えると、その魔術師の男は、満足そうにうなずいて、私を荷物のように持ち上げて抱えると、魔法陣のようなものを発動し、他の家のようなところに転移した。

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