第2話 次も1位、もらうからな
——負けられない。
次の模試こそ、絶対に1位を取る。 そう決めてからの1週間、私はいつも以上に机に向かっていた。
教科書の横には、お気に入りのシャープペンとカラフルな蛍光ペンが並んでいる。 ペンの配置は完璧。ノートの見出しは分かりやすい色分け。 勉強の準備は万全。
けど、どこか気になる。
(颯真、どんな勉強してるんだろう——)
考えた瞬間、慌てて頭を振る。
「ちがう、違う!」
あいつのことなんか考えてる場合じゃない! 考える暇があったら、1問でも多く解くべきだ。
シャーペンを握り直し、問題集の問題に目を向ける。 だけど、1問目の計算を解きながら、ふと浮かんでくる。
(あいつって、夜に勉強する派だっけ?)
「ちがうってば!!」
頭をガシガシとかき回して、無理やり集中し直す。 だけど、気づいたら“あいつ”の姿が頭に浮かんでしまうのが腹立たしい。
「次も1位、もらうからな。」
先週のあの言葉が、未だに耳にこびりついている。 本気で言ったのか、からかいで言ったのかは分からない。 でも、あの顔——“にやり”と笑うあの顔が、頭にこびりついて離れない。
模試当日。
学校の廊下には、受験の話題をする生徒たちの声が響いていた。 「やばい、全然勉強してない!」「範囲どこだっけ?」なんて声も聞こえる。
私は、シャープペンを軽くカチカチとノックしながら、自分の席に向かった。 右手にはお気に入りのシャープペンがしっかり握られている。
(絶対、負けない——!)
意気込んで座ったその隣、すっと音もなく誰かが椅子を引いた。
「お、気合入ってんじゃん。」
——“アイツ”だ。
高嶺颯真が、当然のように隣の席に座った。
「うわ、なんであんたが隣なワケ?」
「くじ引きで決まったらしいぞ?」
“くじ運の悪さここに極まれり”ってやつか。 最悪だ。今日1日のテンションが一気に下がった気がする。
「1位様と一緒に勉強できるなんて光栄だろ?」
“ああ、殴りたい”。
とは言わず、無言で前を向く。 話すだけ時間の無駄だ。
「なあ、そんなに1位欲しいのか?」
その言葉が、耳に刺さった。
「……は?」
「いや、俺もお前も頑張ってるけどさ。別に2位でも良くね?」
言葉が詰まった。
2位でも良い? 何それ。
「……あんたには、分かんないんだよ。」
「私は1番じゃなきゃダメなの。」
一言だけそう言って、前を向き直した。
彼の目を見たくなかった。
——たぶん、あの余裕たっぷりの“にやけた顔”がそこにあるから。
カンッ、カンッ。
ペンをノックする音が響く。 聞き慣れた癖だ。あいつが考え事をするときにやる仕草。
「……ふーん。」
彼は、それ以上何も言わなかった。
試験開始。
試験監督の「始めてください」の声が響き、いっせいに紙をめくる音が教室中に響く。
最初の問題。
(あ、分かる。いけるいける……!)
2問目、3問目と解けていくたび、気持ちが乗ってきた。 「いける、今日はいける!」
筆が止まることはなかった。 どんどん問題を解いていく。
周りの音が消えていく。 世界には、私と問題集だけが残っている。
——ただひとつ、聞こえてくるのは、隣からカリカリと紙を擦る音。
あいつのシャープペンの音だ。
意識しないようにした。 でも、気づいたら聞こえている。
(ねえ、あんた今どこまで進んでんの——?)
気になって、ちらっと隣を見る。
彼のペンは、止まっていなかった。
「——終了です、鉛筆を置いてください。」
試験監督の声が響く。 ふっと緊張が解けて、肩の力が抜けた。
(やった、いけた!)
手応えがある。 過去の模試と比べても、明らかに今日は出来がいい。
“これなら——”
「どうだった?」
不意に、声がかかる。 振り返ると、隣の颯真がこっちを見ていた。
「……普通?」
「おー、そっかそっか。」
彼は、それ以上は何も聞かなかった。 だけど、口元がほんのり笑っているのが気に食わない。
(なんかムカつくな……)
その後、試験は全て終わった。
3日後。
廊下に、模試の結果が貼り出される。 掲示板に集まる生徒たちのざわめきが聞こえる。
(……頼む、頼む、頼む——!)
心臓がドクドクと音を立てる中、貼り出された紙を見た。
1位、高嶺颯真 2位、朝霧美咲
「……は?」
視界の中で、1つの“名前”がじわじわと広がっていく。 負けた。
また、負けた——。
「——また負けたな、2位さん。」
声が、後ろから聞こえた。
振り返ると、颯真が背後に立っていた。 ——“にやり”と笑うあの顔で。
「あ、あと言っとくけど——」
彼は、軽く振り返りながら言った。
「次も1位、もらうからな。」
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