第3話 胸がざわつく理由なんて、知らない!

また負けた。1位は高嶺颯真、2位は朝霧美咲。何度も見たくないはずの順位表が、廊下の掲示板に大きく貼られている。

その前に立ち尽くし、じっと数字を見つめている自分が悔しくてたまらなかった。
“次も1位、もらうからな。”
あの言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。教室の窓辺で、にやりと笑った彼の顔までセットで浮かんでくるのが、余計にムカつく。

「また負けたな、2位さん。」

背後から声がして、背筋がピンと伸びる。振り返るまでもなく、声の主は分かっていた。

「……っ、うるさい!」

美咲は大きく振り返り、睨むように彼を見た。颯真は予想通りの余裕たっぷりの顔で、のんびりとした足取りで近づいてきた。

「悔しがるなら、次は頑張れよ。」

言いながら、彼は軽く頭をポンっと撫でてきた。その一瞬の感触が、じわりと頭の奥に残った。

「——は?」

一拍遅れて、心臓が大きく跳ねる。何? なんで? なんで撫でたの!?

「バイバイ、2位さん。」

颯真はあっさりと振り返り、廊下の先へと歩いていった。何もなかったみたいな顔をして。

——いやいや、何もなかったわけがない!
美咲はその場で固まったまま、頭に手をやった。さっきまで彼の手が触れていた場所が、ほんのり熱を帯びている気がした。

「なにあれ……!」

何が「バイバイ、2位さん」だ。何が「頑張れよ」だ。
あいつは、こっちの気持ちも知らずに、勝手に“上から目線”で撫でてきて……。

(こっちは、負けた気分で最悪なのに……)

思い出したら悔しくて、じわっと目の奥が熱くなった。

(くそ……! 次こそは、絶対に1位を取る!)

強く、強く誓った。


放課後、美咲は図書室の席に座り、カラフルな蛍光ペンを机に並べ、ノートの見出しを書いていた。筆記音が、静かな図書室の中に小さく響く。

(よし、次の模試は完璧に仕上げてやる。ここから1週間、フルスロットルだ。)

いつもなら1時間で集中が途切れるところを、今日は2時間経っても手が止まらない。負けたくない気持ちが、手を動かす原動力になる。

——と、そこに、静かに椅子を引く音がした。

隣を見ると、なぜか颯真が当然のような顔で座っていた。

「……は?」

一瞬、時が止まった。

「お前、なんで隣にいんの?」

「あ? 空いてたから座っただけだろ。」

なんでもないような顔をして、彼はスッと参考書を開き、ペンを持つ。それだけで美咲の胸の奥が、じりじりと熱を持ち始めた。

(空いてるからって、他にもっと席あるじゃん! なんでわざわざここ!?)

美咲はちらりと周りを見渡す。見事に他の席はガラガラだ。

「……他に席、空いてるけど?」

「うるさいな。ここが落ち着くんだよ。」

彼は面倒くさそうに言うと、さっさとペンを走らせ始めた。

(ふざけんな、落ち着かないのはこっちだよ!)

ペンの音だけが、静かな図書室に響く。美咲は無理やり視線を前に向け、問題集のページを開いた。

——でも、集中できない。

ほんの少しだけ、気になる。隣にいる、あいつの気配が。

カリカリ……カリカリ……

ペンを走らせる音が、やけに近くに聞こえる。

(ちょっと! 音が近い! これ、絶対わざとだろ!)

と思いながらも、目をチラッと彼の手元に向けてしまう。すると、ペンを持つ彼の手が、すごくきれいに見えた。

スッと動く細い指。どこか器用そうなその動きが、どうしてか気になって仕方ない。

(……なに、見てんの私!?)

ハッとして、美咲は視線を戻した。自分の心臓が、さっきからバクバクしているのが分かる。

カリカリ……カリカリ……

横にいる彼の筆記音が、どんどん大きくなっていくように感じる。いや、実際には同じはずだ。でも、なぜか意識が全部、そっちに引っ張られてしまう。

どうして? なんで? こんなことで胸がざわつく理由なんて、分からない。

(なんで気になるの? ただの音じゃん……)

ペンを走らせる音と、彼の呼吸の音が、妙に耳に残った。

——気づくと、問題集の同じページを、5分も眺め続けていた。


次の日の朝、教室に入った美咲は、誰よりも早く自分の席に着いた。

(今日は集中する。あいつのことなんか気にしない。絶対、気にしない!)

お気に入りのシャーペンを手に取って、軽くノックする。自分のリズムを整える音だ。今日は気合が入っている。

カラカラ……

教室のドアが開く音がして、何人かの生徒が入ってくる。

(大丈夫、大丈夫。気にするな。絶対に気にするな。)

だけど、すぐに分かった。入ってきた生徒の中に“あいつ”がいることを。

——自然と目が彼の方を追いかけてしまった。

すると、颯真がこちらを見つけた瞬間、ふっとニヤリと笑った。

(……っ! 見るな! 見るな!!)

美咲は勢いよく前を向き直し、カバンから教科書を取り出した。

でも、数秒後に耳元で、彼の声が響いた。

「お前さ、今、耳、赤いぞ?」

(は!?!?)

振り返ると、颯真はニヤリとした笑顔で、美咲の顔を覗き込むようにしていた。

「……ちがっ、暑いだけだし!!」

「はいはい、そーいうとこな。」

彼は、さっさと自分の席に戻っていく。

(“そーいうとこ”って何!? 何のこと!?)

顔が熱い。耳も熱い。教科書を開いても、何も頭に入ってこなかった。

彼の一言が、いつまでも耳に残っていた。

「お前、今、耳、赤いぞ?」

——その言葉が、何よりも悔しくて、そして少しだけ気になった。

(なんで気にしてんの、私……!)

胸がざわつく理由なんて、分からない。だけど、どうしようもなく気になってしまうのだった。

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