余命3ヶ月と言われた不遇令嬢は完璧になって見返してやることにした

紗雪ロカ@「失格聖女」コミカライズ連載中

余命3ヶ月と言われました

「残り3か月……と、言ったところか」


 冷たい骸に土を被せたところで背中から声をかけられ、ティルテは胡乱げにふり返った。

 視線の先に居たのは片眼鏡モノクルをつけた長い黒髪の青年で、この国一番の実力を持つ筆頭魔術師レヴィンその人だった。端正な顔立ちにドキッとするが、彼が姉との婚約話で邸宅に訪れていた事を思い出し弾かれたように立ち上がった。


「こっ、これはレヴィン・アスカム様! 気づきもせず失礼致しました!」


 今の自分がどう見えるかを思ったティルテは頬を赤く染める。なにせ、みすぼらしいワンピースはつぎだらけ。ロクに手入れもされていないくすんだ金髪は雑に束ねただけの三つ編み。オマケに両手は泥まみれと来れば、とてもではないが客人の前に出るべき格好ではない。すぐに退散しようとするのだが、彼が不思議そうに尋ねてきたので引き留められてしまった。


「こんなところで何をしている?」

「あ……小鳥を埋めてやっていました。庭の片隅で死んでいるのを見つけたものですから……」


 仕事で命じられたわけではないが、どうしても野ざらしのまま放ってはおけなかった。

 俯いて指先をいじるティルテを見ていた彼は、ふむと顎に手をやる。


「ローレンティウム家には二人の令嬢が居たはずだが、お前が下の娘か」

「いえ、私は婚外子なので正式な令嬢というわけでは」


 おどおどと受け答えをするティルテは、侯爵が女中に産ませた『卑しい娘』だった。

 認知こそされてはいるが、身体の弱かった母は正妻からの嫌がらせを苦に亡くなってしまい、それ以降、令嬢とは名ばかりの召使いのような存在になっている。


「なるほど、ずいぶんな扱いをされているようだ」


 その言葉にビクッと跳ねた少女は、細い腕に残るアザの跡を隠した。本来ならば、外部の人と接触することも固く禁止されているのだ。こんな場面を見られたら後でどんなひどい折檻をされることか。


「あ、あのっ、私これで失礼しま……あっ!」


 すぐ脇を走り抜けようとしたティルテは盛大に躓いてしまう。転ぶ寸前で支えてもらったが、心臓の辺りが激しく痛んだ。胸をギュッと押さえながら謝る。


「ご、ごめんなさい。ここ最近、なんだか調子が悪くて……」

「気のせいだと思うか?」


 ため息をつきながら言われた言葉に、え? と、顔を上げる。魔術師は訳知り顔で右手をくるりと返した。すると一瞬の内にその手の中にロウソクと炎の幻想が現われる。


「これはお前の残り寿命だ」

「え!?」


 まさかの余命宣告に大きな声が出てしまう。よく見れば、だいぶ溶けてしまったロウソクに宿る炎は今にも消えてしまいそうに弱々しい。

 そういえば聞いたことがある。魔術師レヴィンは稀代の天才で、人の寿命を正確に当てる魔術を使えるとか……。それを思い出したティルテは一気に青ざめた。


「ま、まさか、さっき残り3か月って言ったのは……」


 震えながら尋ねると、レヴィンは哀し気に目を伏せ首を振った。


(私、あと3か月で死ぬんだ!)


 言葉を失うティルテを見ていた彼は、しばらく考え込んだ後に問いかけてきた。


「名は?」

「あ……ティルテ……です」

「ティルテ、残された時間で何をするかはお前の自由だが、本当にこれでいいのか? このままでは誰にも存在を知られずひっそりと死んでいくだけだぞ」

「でも、そんな事いったって……どうしたら」


 物心ついた時からの記憶が蘇る。満足な食事も与えられず、毎日のように殴られてはこき使われる毎日だった。それもこれも生まれてきたアンタが悪いのだと、姉は笑いながら指を突き立てた。


(私、何のために生まれてきたの……!?)


 堪えていた涙がこぼれ落ちそうになったその時、急に顎を掴まれ上を向かされた。驚いて見上げればレヴィンは真剣な瞳でこちらを見下ろしている。


「ならば生きた証を示してみせろ。完璧な令嬢になり、これまでコケにしてきた家族を見返してやるんだ」

「見返して……?」


 目をすうっと細めた彼は、指を三本立てると計画を話し出した。


「今から3か月後、俺はお前の姉バーバラとの婚約を発表する。そのパーティーで完璧になったお前が現れ、主役を搔っ攫ってみせたら面白いと思わないか? 何ならその場で虐げられて来た過去を暴露してもいい」

「でも、完璧な令嬢だなんて私どうしたらいいか……」

「お前が本気なら、俺が全面的に協力してやる。どうだ?」

「……」


 残り3か月の命ならば、失う物は何もない。

 唇をグッと噛みしめたティルテは、彼をまっすぐに見上げ宣言する。


「私……やります! やらせて下さい!!」


 口の端を吊り上げた彼は満足そうに頷く。


「いい目だ」


 その日から、ティルテの完璧な令嬢になる為の日々が始まった。


 ***


 王都への帰り際、レヴィンは不思議な手鏡を一枚くれた。

 それは彼が作った魔道具で、遠く離れても会話ができる上に、その枠を通り抜けられるサイズならば物資を転送できると言うとんでもないシロモノだった。


(すごい、魔術が使えるとこんなことも出来るんだ!)


 身を手入れする用品や知識を詰め込んだ本なども嬉しかったが、何よりありがたいのは毎食決まった時間に転送されてくる食事だった。これまで皆が寝静まった後に残飯を漁っていたティルテにとって、しっかり栄養が取れるそれは何よりのご馳走だった。初日などあまりの美味しさに感動して泣きながら食べたものだ。


『俺が教えてやれるのは一般的な教養や歴史と……あとは簡単な魔法ぐらいだな。それ以外は送った本を参考にしてくれ』

「わかりました、何から何までありがとうございます」


 きっと彼は、死にゆく自分を憐れんで手を差し伸べてくれたのだろう。その期待に応えるためにも精いっぱい頑張らなければ。見た目だけではない、中身も伴った完璧な令嬢になるのだ。


 その日からティルテは、綿が水を吸うようにぐんぐん物事を吸収していった。

 寒さに震えて眠るだけだった離れの物置小屋は、国一番の魔術師の支援によりどんどん環境が改善されていった。柔らかな寝床。全身を映せる姿見……。その他は魔法で湯を沸かして身を清める。令嬢として正しい常識やマナーを身に着ける。姿勢の矯正、肌の手入れ、化粧の仕方……。


「聞いてくださいレヴィン様、本を頭に乗せても真っ直ぐ歩けるようになったんですよ。ほら」

『いい感じじゃないか。表情も明るくなってきた』

「ふふっ、だとしたら貴方のおかげですね。今日もお仕事だったんですか?」


 何より、ティルテの心の支えになったのはレヴィンの存在だった。日中どんなに虐げられても、夜にこっそり彼と会話できることでどれだけ救われたことか。


『あぁ、頭の固い大臣たちを説得するのは骨が折れる。だがこの申請が通れば成果の幅が一気に広がるんだ。しかし、研究所のやる気が出るのは良いんだが、毎日騒々しくて敵わん』

「とは言いつつ、楽しそうですね」

『さて、どうだかな』


 やるべき目標がある事で、死への恐怖も少しは忘れられた。具合が悪く眠れない夜もあったが、手鏡を抱いて横になることで何とか耐え抜いた。

 そうして、少しずつ芽生え始めた気持ちに気づかないふりをして、ティルテはますます自分を磨くことに打ち込んでいった。


 ***


 そうして季節はあっという間に流れ、気づけばパーティーを前日に控えた春先となっていた。


「レヴィン様は、お姉さまのどういったところに惹かれたんですか?」


 いつも通りの授業を終えた後、ティルテは何気なく尋ねてみる。すると鏡の向こうの魔術師は眉根を寄せてどこか不愉快そうに答えた。


『惹かれたわけじゃない。そっちのローレンティウム家はそこそこ優れた潜在魔力の家系でな、俺の後継ぎを確かな物にするためにそこから嫁を娶れと王からの命令なんだ』

「そうなんですか……」

『そんな事より、明日はうまく行きそうか?』

「はい、夕方には抜け出して王都へ向かうつもりです」


 婚約発表は、王室主催のパーティーで行われることになっている。ここから密かに抜け出した後は手配して貰った馬車に拾ってもらい、現地で落ち合う予定だ。そして乱入した会場で完璧なご挨拶を申し上げるつもりだった。そこから後のことは……正直あまり考えていない。

 それから少し話をして、おやすみなさいと今日の通信を切り上げようとする。だが鏡に触れる直前、ティルテはポツリと呟いた。


「あなたと結ばれる方がどなたになろうとも、その人はきっと幸せですね」

『ティルテ……』


 どれだけ彼を想っても、未来のない自分がその隣に立つのは赦されない。

 やがて、悲しげに微笑んだ少女はささやかな願いをした。


「レヴィン様、一つだけお願いがあるんです。明日の私が少しでも立派だと思えたなら、時々でいいからその姿を思い出してくれませんか?」


 言葉の裏に隠した気持ちに気づいたのだろう、一度グッと詰まったレヴィンは、どこかぶっきらぼうにこう答えた。


『……印象に残るぐらいの令嬢になれたらな』

「はい、頑張りますっ」


 屈託のない笑顔でティルテは頷く。


「……」


 だが彼女は気づいていなかった。物置小屋の外から二人の会話をコッソリ聞いている影がいることを……。


 ***


 翌日。いよいよ夜会が差し迫る夕暮れ時となった。ティルテは王都へ出かけていく姉を見送った後、物置小屋の壁にかけられた姿見の前に立つ。

 結んでいた髪をほどいて丁寧に櫛を通し、化粧で品よく色を乗せていく。何度も練習してきた甲斐あってか手間取ることはなかった。そうして出来上がった自分の姿にニッコリと笑いかける。


(自信はないけど、あとは雰囲気でカバーする。大丈夫、大切なのは思い込むこと)


 完璧な令嬢になれたかどうか。それはきっと会場の人たちが判断してくれるだろう。


「!?」


 ところがその時、突然物置小屋の扉が凄まじい音をたてて開かれた。驚いて振り返れば、先ほど出かけたはずの姉が恐ろしい形相で佇んでいた。目を吊り上げた彼女はズカズカと踏み込んでくる。


「やっぱり……おかしいと思ったのよ! あんた、何してるわけ!?」

「お姉さま――あっ!」


 有無を言わさず彼女から強烈な平手打ちを喰らい、体重の軽いティルテは簡単に吹き飛んだ。倒れ伏す妹に跨り、バーバラは執拗に踏みつける。


「何よ、色気づいちゃって気持ち悪い! 誰の許可を得て化粧なんてしてるのよ!」

「ひっ、ごめんなさ、痛……っ!」

「お父さま見た!? この子、今夜こっそりついてくるつもりだったのよ! あたし昨日の夜見てたんだからっ、これね!?」

「やめっ――」


 止める間もなく、バーバラは机の上に置いてあった手鏡を取り上げた。力いっぱい床に叩きつけられた魔道具は粉々に砕け散ってしまう。絶望するティルテの前でそれをヂャリと踏みつけた姉は鼻を鳴らした。


「フンッ、いい気味。自分が真人間になれるとでも思ってたのぉ? ざーんねん、生まれが卑しいあんたはそんな資格もありませーん!」

「身の程知らずねぇ。カカシが顔にお絵描きしたところで令嬢にはなれないのよ」

「全くだ」


 せせら笑いながら出ていく姉と両親にハッとする。慌てて追いすがろうとするのだが、振り返った父に突き飛ばされ尻もちをついた。醜悪に顔を歪めた彼はゆっくりと扉を閉めていく。


「誰が協力者かは知らんが、帰ったら覚悟しておくんだな。お前はここで惨めに一生暮らす運命なんだ」

「お父さま!」


 目の前でバタンと閉まり、外から閂をかけられてしまった。高笑いをする3人の声が遠くなっていく。


「出して! お願い出して! 約束したんです!」


 どれだけ懇願しても無駄だった。声が枯れるほど泣いて助けを求めたが、時間は刻一刻と過ぎていく。鏡の破片を拾い上げて呼びかけるも、あの人に繋がることは無かった。


 ……。それからどれだけ経っただろうか。考えつく手段はすべて試したが、無駄に傷を作るだけに終わった。どう考えてももう間に合わない。たとえ奇跡が起きてここから抜け出せたとしても、王都につく頃にはパーティーなんてとっくに終わっているだろう。

 ぼんやりと膝を抱えていたティルテの目に、昨夜レヴィンから転送されてきた小包が目に入る。重たい手で包みを解けば、中から淡いピンク色のドレスが出てきた。ふんわりとしたラインが可愛らしく、ピン留めでメモが付いている。


 ――俺からの贈り物だ。これを着たティルテと会場で会えるのを楽しみにしている。


 鼻をすすり上げたティルテは、ドレスに袖を通す。あつらえたようにピッタリのそれに少しだけほほ笑み、一緒に入っていたアクセサリーを着けてから姿見の前に立つ。


「……」


 そこには、自分とは思えないほど綺麗な令嬢が居た。暗闇の中で輝く金髪も、涙に濡れる新緑の瞳も、少しは柔らかな曲線を描くようになった身体も、3か月前とは大違いだ。

 割れた手鏡をギュッと握りしめ、もう片方の手で姿見にそっと触れる。


「見てほしかった。あなたのお陰でここまで頑張れたんだって……」


 あの日、絶望する自分に手を差し伸べてくれなければ、誰にも知られずひっそりと死んでいくだけだっただろう。熱いものがこみ上げ、視界が歪む。


「会いたい……会いたいです、レヴィン様……っ!」


 そう叫び、ギュッと目をつむった瞬間だった。自分の中のがぐるりと動くのを感じる。驚いて涙が一粒落ちるのと鏡が光り始めたのが同時だった。パァァと光り始めた姿見をあっけに取られて見ていたティルテは、そこに写り込む光景に大きく目を見開く。

 王都のパーティー会場だ。煌びやかな夜会の中で、正装に身を包んだレヴィンの姿が目に入った。いつもの小さな手鏡で見るのとは違う、等身大の彼がすぐそこに居るようにさえ感じる。


(これは夢? 会いたいと言う気持ちが見せてくれたの?)


 湧き上がる気持ちを押さえられなくなったティルテはつい手を伸ばしていた。愛しいその人を呼ぶ。


「レヴィン様!」


 鏡の中の彼がピクリと反応し、不思議そうにこちらを振り仰ぐ。

 目が合ったと思った瞬間、鏡に触れるはずだった手がグイと引き込まれた。え? と、声を上げる間もなく、ティルテは気づけば空中に放り出されていた。悲鳴を上げながら落ちたのは彼の腕の中で、出会った時と同じようにしっかりと抱き止められる。


「ティルテ……?」

「???」


 突然、何もない空中から現れた令嬢に会場中の視線が集まる。

 状況が理解できなくて、目を白黒させるしかない少女を魔術師は見下ろした。その手に握りしめられた手鏡の破片を見て信じられないように口を開く。


「……まさか、その構築を使って自分を転送したと言うのか?」

「わ、わかりません。ただあなたの元へ行きたいと願ったら……」


 正直に答えると、ポカンとしていたレヴィンはティルテを抱いたまま大声を立てて笑い始めた。


「なんという天才だ! 生物の転送なんて聞いたことがない。俺はこの令嬢と結婚するぞ!」

「ふぁ!?」

「ゲェっ!?」


 突然の宣言に驚いたのはティルテだけではなかった。ひどい叫び声の方を見やれば、顔面蒼白になった姉と両親が居る。そちらを見た魔術師は、クツクツと笑いながらこう返した。


「何も問題はないだろう。国からの条件である『ローレンティウム家の令嬢』には当てはまっているし、これだけの才能を秘めている。それにあなた方は彼女を虐待するほど疎んでいたはずだ、俺が貰っても構わないだろう?」


 証拠ホコリは叩けばいくらでも出てくる。レヴィンが冷ややかに告げると、父親は顔を真っ赤にし、姉と母はその場でへたり込んでしまった。


「レヴィン様あの、そんな急な」

「急じゃない、ずっと考えていたんだ。俺はティルテが良い、お前でなければ嫌なんだ」


 すぐ間近で真剣に囁かれ、ティルテは真っ赤になってしまう。

 突然の展開にパーティー会場は騒然となる。そんな慌ただしさはどこ吹く風、レヴィンは悠々と入り口へ向かって歩き出した。


「さて、発表も終えたことだし俺は失礼する。構いませんね、王?」


 そう尋ねた先の王は、こめかみを押さえるようにしてため息をついた。ヒラヒラと手を振ると好きにしろと苦笑する。筆頭魔術師の破天荒ぶりには慣れっこなのだろう。

 だが、会場を出ようとしたところで父の叫び声が追いかけて来た。


「こ、こんなことは許されない! 我が侯爵家をコケにしたこと必ずや後悔させてやるぞ、お前もだティルテ!!」


 ふり返ったレヴィンは余裕の笑みを崩さず一言だけ返した。


「どうぞご自由に。どうなろうと俺はティルテを手放すつもりはありません」


 ***


 二人きりで話がしたいと、会場から抜け出た彼はティルテを運んでいく。


「綺麗だティルテ、美しくなった。俺が贈ったドレスもよく似合っている」

「レヴィン、様。レヴィンさまぁっ」

「よくここまで頑張ったな」


 優しく撫でられ感涙にむせぶ。一度しゃくりあげたティルテは自分を選んでくれたことへの感謝を伝えた。


「ありがとうございます、もう何も思い残すことはありません。たとえあと僅かの命でも、あなたと一緒に居られるんだったら私……」

「何を言う、あと数十年は添い遂げて貰うぞ」

「えっ?」


 驚いて目を開けるとそこは城の庭園だった。魔術灯が光る下で彼は手近なベンチを見つけるとティルテを座らせる。自分はその前に片膝を着きこちらの頬に手を伸ばして来た。


「今からお前に掛かっている呪いを解呪する。俺を信じて身を任せてくれるか?」


 真剣な眼差しに緊張するが、訳を尋ねるより先にティルテは頷いていた。

 目を閉じたレヴィンは何やら不思議な響きの呪文を唱え意識を集中させていく。風も無いのにふわりと二人の髪が浮き上がり、辺りにパチパチと火花のような何かが爆ぜた。

 そして彼がティルテの額に触れると、何やら黒い紋様のような物が引きずり出される。外に出たそれは空気に触れると細かく霧散していった。それを見送ったレヴィンはふぅとため息をつく。


「何とかなったか」

「レヴィン様、あの、今のは」

「あれは血縁者を身代わりにする、南方大陸の古いまじないの一種だ」


 明かされた真実に大きく目を見開く。その言葉が意味するところを彼はハッキリと告げた。


「ティルテ、お前はあのクソ親父の病気を押し付けられていたんだ」



 それは3か月前のこと、バーバラ・ローレンティウムとの顔合わせの為に侯爵家を訪れたレヴィンは、見てくればかりで中身が空っぽな彼女に辟易とした。こんなのを嫁にするのかとうんざりした帰り道、庭の片隅で死んだ小鳥を埋葬する少女を見かけ立ち止まる。


 ――こんなお墓でごめんね。どうぞ安らかに。


 その清らかな横顔と、小さな命のために涙する姿に一瞬で心を奪われた。確かあれは下の妹だったはず……。

 だが彼女からは不吉な気配が感じられた。どうやら呪いに蝕まれ、内側から命を食い荒らされているらしい。



「これも転送魔術の一種だな。まさか別大陸由来の物だとは思わなかった、手がかりをつかむのが遅くなってしまった」

「だからレヴィン様は、時間を稼ぐために私にあんな計画を?」


 『完璧な令嬢計画』を持ち掛けたのは、ティルテを支援することで少しでも生き永らえさせ、この会場で再び相見える為でもあったのだ。感謝の念を抱くこちらとは裏腹に、当のレヴィンはどこか気落ちしたように俯いてしまう。


「……俺はお前に謝らなければいけない。本当の事を伝えず、焚きつけるような真似をして済まなかった」

「……」


 しばらく考え込んでいたティルテは、頭を垂れる彼にそっと手を重ねた。


「謝らないで下さい。レヴィン様は分かってたんですよね? そうとでも切り出さなければ私がきっと踏み出せないだろうって。臆病で優柔不断で……呪いを解く方法が分かっても、お父さまの為ならって自己犠牲を選んでいたかも」


 虐げられ、すり潰された自尊心を再び芽生えさせてくれたのは、他ならぬこの人だった。

 そのまま立ち上がり、相手も立たせてまっすぐに見上げる。彼の手を両手で握りしめ、花開くように令嬢は微笑んだ。


「どんなにつらい状況でも、あなたとお話しできる事でどれだけ救われたか分かりません。大好きですレヴィン様。私を見つけてくれて、ありがとう」


 一度グッと詰まったような顔をした魔術師は、これまでで一番柔らかな表情を浮かべると愛おしそうにティルテを見つめた。


「この3か月、変わろうと一生懸命努力するお前は眩しかった。それを一番間近で見られた俺はとても幸せなのだと思う」


 スッと頬に手を添えられ上を向かされる。何よりも感情を込めた甘い声が、鏡越しではなく直接贈られる。


「ティルテ、世界で一番愛している。俺と共に歩んでくれないか」

「はい……喜んで!」


 ひとしきり笑い合った後、視線がカチリと合う。完璧な令嬢として学んだ通り、こういう場面ではそっと目を閉じる。

 花が咲き乱れる庭園の月明りの下、二つの影は静かに重なった。


 それからしばらく幸せそうに抱きしめられていたティルテだったが、ふと思い出したように顔を上げる。


「でも、どうしましょう。これから父がどんな妨害をしてくるか……」

「あぁ、それなら問題ないだろう」


 何でもないようにあっけらかんと答えたレヴィンは、神妙な顔つきで何度も頷く。


「今までティルテに押し付けていたんだから、今後は責任をもって自分で引き受けてくれないとな」

「え、それじゃあ」


 ここでクスッと笑った彼は、後にしてきたパーティー会場の方を見やる。



「今にみておれ……可愛いバーバラを侮辱して、何が筆頭魔術師だ」


 奇異の目を向けられる中、ローレンティウム侯爵は顔を真っ赤にしながら足音荒く帰路についていた。勢いをつけて馬車に乗り込むと、尊大に腕を組みニタリと口の端を吊り上げる。


「まぁいい。我が家の恐ろしさを見せてやる。すぐにスキャンダルを捏造し、今いる地位から引きずり降ろしてやるぞ!」

「お願いよお父さま、あの子も暗殺しちゃって!」

「そうよそうよ!」

「ウッ……!?」


 だがその時、侯爵は顔をしかめ心臓の辺りを押さえる。


「どうしたの? あなた」

「いや……まさかな」


 妻が心配そうに声をかけるが、冷や汗を拭った彼は豪快に笑うとでっぷりと肥え太った腹を叩いた。


「なに、気のせいだろう。私には便利な身代わりが居るのだからな!」


 楽しそうな笑い声を乗せた馬車は去っていく。魔術師の宣告を受けたことなど知らずに……。



 ――余命3ヶ月なのは、あのクソ親父の方だったな。


 おわり

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余命3ヶ月と言われた不遇令嬢は完璧になって見返してやることにした 紗雪ロカ@「失格聖女」コミカライズ連載中 @tana_any

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