第20話 義姉と義弟


 朝、身支度を整えたら朝食を取りに食事室へ向かう。

 食事は部屋に持ってきてもらうことも出来るそうだが、俺は基本的に食事室で取ることにしている。


「おはようございます、姉上、ジーク」

「おはよう」

「おはようございます、兄上」

 具合が悪い訳でもないのに持ってきてもらうのも悪い気がするし、食事室に行けば姉弟がいるからだ。


「聞いたわよ、アマデウス。“化物令嬢”まで口説いたんですってね、あさましいこと」

「ち、違いますよね兄上、兄上は誰にでもお優しいから」


 義姉のマルガリータ姉上。俺の一つ上で今13、貴族学院一年。もうすぐ二年。

 俺よりも暗めの紅い真っ直ぐな長い髪。クッと吊り上がったアーモンドアイ。瞳は榛色だが、目の形と髪の色が俺と結構似通っているので本当の姉弟と言われても信じてもらえそうである。

 言うまでもないが美少女。


 義弟のジークリート。

 ジーク『フ』リートではなくジークリートだ。“竜殺し”ジークフリートは神話に出てくる戦士で、クラシックにも結構出てくる。だが義弟のジークは戦士って感じではなく秀才タイプの美少年だ。濃い青の髪に瞳は榛色で、俺とは兄弟には見えないが彼はこの数年で俺を兄と認めてくれている。


 義姉はツンデレ…いや、ツン単品である。

 デレを見せないなかなか強情なツンだ。俺に感心しているような気配がある時でも悔しそうだったり、フン大したことないわね、的な顔を崩さない。

 スカルラットの跡継ぎとして育った彼女はいきなり養子に来た俺に大層不信感を持っていたようで、初対面から物言いが悪役みたいだった。


 初対面の台詞が、「もしかしてとは思うけど、スカルラットの跡継ぎになれると思ってきたの?お前は政略結婚の駒として使われるだけの捨て駒なのよ、残念だったわね」だ。


 別に捨てられる訳ではないのでは……まぁ細かいことはいい。

 初っ端から敵意ムンムン隠す気一切無しである。跡継ぎの座が危ぶまれると思って俺に絡んでいるようだったから、「跡継ぎはマルガリータ姉上でしょう?伯爵家を継ぐ為に呼ばれたとは1メレも思っておりません」と返した。

 全然信じていない目でジロリと睨まれた。8歳にして疑り深い幼女だった。


 メレとはこちらの単位でミリと大体同じくらいの幅である(俺には大体同じに見えるけど厳密には違うかもしれない)。サッカー選手か?

 1センチは1メンチという。メンチと聞くと俺はメンチカツがいつも一瞬脳裏を過る。そしてなんと1メートルは1メーテルである。銀河鉄道の美女じゃん。


 ともかく、そんな感じで姉上は当たりがきつめだ。

 俺が楽譜を売り捌いたり町の所々で定期演奏会をしたり、ピアノを作ろうと町の工房の職人達とあーだこーだしたりと禁止されてはないけど貴族としてはちょっと普通はしないことをする度に嫌味を言ってきた。

 言ってることはそこまで間違ってなかったりするので聞いたり聞かなかったり凹んだり聞き流したりしている。

 ハイライン様とノリは似てるんだけどより嫌味が尖ってんな~って感じ。


 グロリア家に遊びに行った時に軽く愚痴ると、

「マルガリータ様、おそらくグリージオ伯爵家次男のアンドレア様を婚約相手として狙っていらっしゃるようなんですが…お顔はお可愛らしいのに笑顔があまりお上手じゃないので、他のご令嬢に押し負けているようなのですって。アマデウス様がおモテになるのが悔しいのでは?アマデウス様に良い所のご令嬢が嫁いで来たとしたら、跡継ぎの座が危ないと思っていらっしゃるのかも」

 と、リリーナが教えてくれた。

 リリーナは何で俺より俺の姉上のことに詳しいの?まぁ、女子の噂は女子の方が詳しいものか…。


 ティーグ様には妻が二人いて、すぐ近くの別邸にそれぞれ住んでいる。

 7歳までは子供もそこで育ち、お披露目後の子供はティーグ様の仕事場でもある本邸に移った。第一夫人の子が姉上で第二夫人の子がジークだ。

 第一夫人と第二夫人の仲は微妙らしい。仲良くはないが険悪という訳ではない。ただ、第一夫人はジークが跡継ぎの座を狙っていると恐れ、第二夫人もそれを目指しているのかジークに厳しい教育を施しているという。


 いずれ姉上が継ぎ、ジークがその補佐として伯爵家を支えていく…はずなのに、母親同士がそれだから二人も仲良くなるはずもなく。


 俺が本邸に合流して一カ月くらいは、食事室の空気がクソ重だった。

 この二人、挨拶一言した後は何も喋らないのである!


 静まり返った空間に食器の音だけが鳴る。せっかくの美味しい食事も味が落ちたような気になってしまう。


 せっかく人と一緒に堂々とご飯食べられるようになったのに。


 基本的に貴族は使用人とは一緒に食事を取れないのだ。貴族は貴族だけで食べなければならない。だから俺はこの体で物心ついてからずっとぼっち飯であった。親とも食事を一緒にしたことないし。


 …前世の家族との食事。何を話していたか、もうほとんど思い出せない。

他愛のないことだったと思う。その他愛のない会話で家族は俺を、俺は家族を、すっかり知っていると思い込んでいたんじゃないかと思う。本当は全然知らないことだらけだった気がする。お互いの本当の気持ちなんて何にもわかっていなかったかもしれない。

 でも別に良かったんだそれでも。家族という形がちゃんと出来ていたんだから。


「—――…ずっと静かだと耳が落ち着かないので、勝手に喋っていますね。いいですよね?」


 沈黙に耐えかねた俺は食事中、下品にならないように気を付けながら話をした。

だらだらと、自分のこととか、好きな音楽の話とか、楽器の話とか。勉強で気になったこととか。


 一方的過ぎるのも寂しいのでたまに「好きな楽器は何ですか?」とか何かしら質問を挟むようにした。

 姉上は警戒を露わにしながらも簡単な質問には答えた。ツンツンしてるが無視とかはしない、多分返事をしないのは不作法だと思っているのだろう。

「横笛は割と得意よ」


 ジークは俯きがちでおどおどした子だった。自信が無さげな所は少しジュリエッタ様が思い起こされる。

 俺がだらだらと垂れ流すどうでもいい話を、最初は怪訝そうに、だんだんしっかり聴いてくれるようになった。

 質問をしたら最初は戸惑っていたがだんだん慣れて普通に話してくれるようになった。

「えっと、勿論アマデウス兄上ほどではないでしょうが、リュープは少し弾けます…」


 根気よくだらだらと話しかけた結果、姉上はツンは続いているものの普通に話すようになった。

 ジークとは結構仲良くなれたと思う。お互いの部屋に行って一緒に勉強したりお茶をしたりしてくれる。ジークは多分すでに俺より成績が良い。暗記量を褒めると驚いた顔をしてから戸惑ったように照れて笑う。「そんな、これくらい…大したこと…ないんです」と縮こまる。


 ジークが褒められ慣れていないところを見ると、第二夫人はあまり褒めるということをしないようだ。

 頑張って課題をこなしてもこなせるのが当たり前、ミスをすれば怒られるか注意されるかで、自己評価が全く上がらなかったのではないだろうか、と俺は予想している。


 自己肯定感が育ってねぇ~~~!

 ある程度必要だよ自己肯定感は~~~~~~~!

 俺はジークを出来るだけ褒めようと思う。なるべく具体的に。


 マルガリータ姉上は褒めると「フン、当然でしょ」と言わんばかりの顔なのだが。謙虚さゼロである。


 第一夫人は煽て上手なのかもしれない。第二夫人と合体して均等になって二で割れてくれないかな。


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