第21話 和やかな食卓
そんなこんなで現在。
姉上は「化物令嬢まで口説くとはあさましい」なんて言い出した。
今までも「女性を大勢誑かしているそうね、卑しいこと…生まれが生まれだものね」「お前のせいで私がどれだけ煩わされているかわかる?恥ずかしいったらないわ」(これは他の令嬢達に俺について質問され過ぎてうんざりしているの意)とか散々な言われようだったが。
普段は割と流してしまうのだが、今回は俺だけへのディスりではないので反論しておく。
「私はともかく、その言い草はジュリエッタ様に失礼ですよ」
「……フン、シレンツィオから縁談が来るかもしれないわね。その時になって泣いて嫌がっても遅いのよ、馬鹿なことをしたものだわ」
「別に嫌がりませんよ。ティーグ様にも、もしシレンツィオから婚約の打診が来たらお受けしていいとお伝えしています」
「………はぁ?!正気!?……汚らわしい、お前、本当に女なら誰でもいいのね」
「…誰でもいい訳ないでしょう?姉上もお嫌でしょうが、私も姉上とは無理ですし」
「っ……私だってお前なんてごめんよ!」
ジュリエッタ様を下げるようなことを言うものだからつい、言い過ぎた。
姉上は婚活中なのだ。
狙っていた伯爵令息は学院に入ってから早々に他の令嬢と婚約した(とリリーナに聞いた)。この通り少々ツンが強いので、人気のある令息は他の積極的な令嬢に先手を取られてしまうらしい。
無類の女好きと言われている俺に『アリかナシかでいうとナシで~す!』と言われるのは堪えたと思う。
「失礼、今のは少々良くない言い方でした…私が姉上とは無理だと言うのは我々がもうすっかり姉弟だからですよ、姉上が女性としてダメとかいう話じゃありませんからね」
「っ……、……わかっているわよ、私にダメな所などないもの!!」
ポジティブ~~~~~~~。
自分にダメな所などない、俺もそれくらいのメンタルでいたい。でも駄目なこと言った時は反省してくれ。
姉上は学院でも成績優秀だそうで、努力家であることは間違いない。努力をしている自覚が自信に繋がっているんだろう。
一応フォローは出来たかな……?
まぁ、しつこく俺に嫌味を言ってくるのだからたまには反撃したっていいよな。
「そ、そうですよね…姉上にお相手がまだいないのが不思議なくらいですからね。ね!兄上」
ジークがフォローしたが、姉上はギッとジークを睨んだ。
そのフォロー、人によっては追い打ちになるやつだぞジーク。
ジークは優しい子なのだが姉上との相性がいまいち良くないようで、俺を挟まないとほとんど会話をしない。話す様になっただけでも前進はしているのだが。
「…兄上、伯爵家への恩を返す為にと無理をしていらっしゃいませんか?結婚は一生を左右するものです。慎重に決めた方が…」
おっと、ジークも俺がジュリエッタ様と我慢して婚約しようとしているんじゃないかと誤解しとる。
「無理なんてしてないよジーク。私はそこまで殊勝な性格じゃない。嫌なものは嫌と言える方だし」
「あ……それは、そうでしたね…」
納得してもらえた。理解があって助かる。
俺は『男なのだから少しは剣術を習え、音楽の時間を減らせば出来るだろう』という家庭教師の要求を断固として「嫌です!!!!!」の一点張りで突破した前科がある。
だって剣術は別に貴族に必須じゃないし。
騎士団に入るという選択肢が出来るので貴族の次子より下は嗜んでいる率が高いらしい。だが俺は騎士団に入る気などさらさらない。自衛隊みたいに音楽隊があるのなら考えるけど無いしな。
剣術をやっている人を見るのは絶対楽しいので興味があるけど、やることには興味がないのだ。
前世でもスポーツは観戦するものだったから…。
前世ではスポーツ出来るほど強い体じゃなかっただけだけど。
少しはやればハイライン様に馬鹿にされなくなるかもしれないが…いや、そうなったらどうせ仕合を挑まれて負かされて馬鹿にされるのがオチだな。
何より、音楽に没頭する時間を減らしてまでやりたいことではない。
勉強だって頑張らなきゃなんだから、義務と好きな趣味以外に時間を割きたくないのなんて当然だろうと思うんだけど。
スカルラットの剣術の家庭教師はティーグ様が騎士団で有名だったこともあって、男子で養子に来たからには剣術をやるだろうと思っていたらしい。すまんな、全くやる気がなくて…
まあ、剣術はジークが頑張っているようで家庭教師は熱心に教えている。ジークは何でも頑張っててマジで偉い。
「あ、今日の夕食には…また料理長に頼んだ新しい料理を出してもらう予定ですよ」
二人ともバッと俺に視線をやった。
タイミングが良かったな、新メニューで気を逸らせる。
俺は伯爵家に来てからたまに料理長に新しい料理を提案している。
前提として伯爵家の料理は文句なしに美味しい。前世でほとんど料理をしたことがない俺に口を出せるようなレベルではない。男爵家での料理も素材の味を生かした味で悪くなかった。
だが、レパートリーが思ったより、ない。
煮込み料理、焼いたもの、揚げたもの、茹でた野菜にソースをかけたもの。
色々あるにはあるが勿論前世の方がレパートリーは多い。
俺はまだこちらでは見ていない、作り方を知っている料理をリクエストした。大体の作り方を書いて簡単に絵に描いてこういうものが食べたい、と見せると初老のイケオジ料理長カルドは驚きながらもすぐさま作ってくれた。
「アマデウス様…このひき肉の塊焼き、レシピにしたら売れると思います。とても」
ハンバーグである。
「レシピって売れるの?」
「ええ、私は買ったことしかございませんが…時々、茶会で新メニューが発表されるのです。伯爵家以上の上級貴族から出されることが多いですね。そこで好評だとレシピが飛ぶように売れます」
楽譜と大体同じ値段で売れるようだ。
前世でレシピが売れるというと本にまとまって売られているイメージだが、こちらでは紙や板に書かれたものを売るのが通常になっているらしい。
「じゃあ、お茶会を主催しないと売れないかな…?」
「親しくしているお家のお茶会に話を持ち掛けて出してもらう手もございます」
そこで俺はグロリア子爵家にも協力してもらいここ二、三年でレシピを4つくらい作成して発表し、売った。
ハンバーグ、下味をつけた唐揚げ、餃子、マヨネーズの4つである。
レシピを手書きで沢山用意するのも大変だし、カルドと料理人達がしっかり作り方を覚える時間もいるのでお茶会一回につき一メニューくらいにしておいた方がいい。
是非お名前を売った方が良い、社交界でも役に立つと言われたが、レシピの名義はカルドにしてもらった。
カルドには売り上げの一割を受け取らせて影武者になってもらった。一割は少ないかなと思ったがすごい感謝された。
俺ではもはや再現できないくらい巧みに料理を作り上げてくれるしこちらが感謝しないといけないくらいなんだけど…と返すと、料理人は料理が仕事だからそれは当然です、と言う。ボーナスあげてほしい。
俺は料理に関しちゃ素人だ。レシピの発起人になると新しい料理のアイデアを期待されるようになるだろう。
前世の知識で今いくつかは出ても、そんなにぽんぽん新作が出ては来ない。あまり期待されても困る。
どうやって思いついたのかと当然聞かれたが、男爵家にいた時は料理場に忍び込んで料理の手順を眺めたりしていたから何となく思いついた、とふんわりした説明をした。
俺は演奏の天才と言われていたのもあって『やはり天才か…』という顔をされた。もうそれで押し切るしかない。
そういう流れで、俺が新料理のアイデアを出していることを知っているのはこの家の者だけだ。
姉上が俺に感心するのは大体料理に関してである。
「夕食、楽しみにしています!」
「ふっ、批評してあげてもよくてよ」
新しく提案したメニューはまずうちで出してもらって感想を聞く。それをカルドに伝えて何度も試作してレシピを完成させる。俺は好きでもこちらの人の舌に合わなければ意味がないからな。
二人に友人に布教してもらえば売り上げにも繋がるし。ティーグ様はすごく喜んでくれて知り合いに勧めまくってくれているそうだ。
食事が目新しいと姉弟が揃って笑顔になる。食べ物の話というのは天気の次くらいに無難な話題だ。たまに好みの争いは生まれるが。
俺にとっては趣味の音楽の為の資金稼ぎの一環なのだが、思いがけず姉弟と打ち解ける材料になってよかったなと思う。
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