第19話 愛の条件


「……セイジュ。ティーグ様。ご心配をおかけしたようですが、大丈夫ですよ。ジュリエッタ様と結婚したとしても何も困ることはないと思います。私はね」


 努めて穏やかにそう言うと、二人は目を大きく見開いて驚き顔だ。

 ……俺はジュリエッタ様に興奮しますよ、という宣言をしてしまった訳でちょっと恥ずかしい。


 いや~~~~~~~~~~…ジュリエッタ様、本当にこの世界だとものすごい醜女扱いなんだ。

 相手の男が萎えて子作りすら無理かもと言われるほどだとは……


 この世界……というのは早計でも。この国で、本気でジュリエッタ様を可愛いと思っているのはマジで俺だけなのかもしれない。

 それなら、俺が結婚してジュリエッタ様を甘やかしてあげられたら……

 ……なんて、思うのはおこがましいか。


 ジュリエッタ様がどういうスタンスで結婚相手を選ぼうとしているかなんてわからないし。

 俺のことを今の時点で好ましく思ってらっしゃるとしても、男として好きかという話とは別だ。


 今は伯爵家とは言っても、俺は男爵家上がりだ。

 男爵家以上の貴族に何となくまだ下に見られている空気がある。

「元が男爵家でいらっしゃるからご存知ないかもしれませんが…」みたいな嫌味を言われることもちょくちょくある。まぁそういうこと言ってくる男子は大抵気になる娘が俺のファンだったりするみたいだが。

 可愛い妬みだな~~~見た目も可愛らしいので全っ然腹立たないな… と明るい笑顔で聞けてしまう。すると変な奴を見る目で見られる。


 結婚するとなると身分の釣り合う相手じゃないと嫌かもしれないし、同世代にはいなくても年上で良い相手はいるかもしれないし。

 見た目じゃなくて中身を好いてくれる人を探すぞ!と思っているかもしれない。

 大多数の貴族は学院で相手を見繕うのだから、婚約なんてまだ考えていないかもしれない。

 俺も学院で探すORティーグ様から何かしら話があると思っていたから、まだ婚約は早いだろと思っているし。


 でも、ジュリエッタ様との縁談が来ても俺は全く困らない、というのは明示しておく。

 目の前の二人はそんなことになれば俺が嫌だろうと思って説教しに来てくれたようなので。


「シレンツィオ公爵家と対立する派閥にいるだとか、何かティーグ様が困ることがあるのですか?」

「……いや、そんなことはないが…」

「でしたら、何も問題はないかと」

 二人は驚き顔から徐々に俺を不審そうな顔で見つめる。

 疑われている…何か疑われてるっぽいぞ。ティーグ様は目を鋭くして俺を見据えた。


「……アマデウス。お前…野心があるのか?母親が公爵家出身だ、自分はもっと上にいるべきだと考えても無理はないとは思っていたが。公爵家に入る為に、ジュリエッタ嬢を口説いたのか?」

「……はい?なんですって???」


 全く予想出来ていなかった方向だったのでぽかんとしてしまった。

 俺の母親が…あぁ、そういえば元公爵家なんだっけ。今言われるまですっかり忘れていた。


 俺が本当に驚いているのが伝わったのか、ティーグ様は目元を緩めた。


「いや、すまない。今の言葉は忘れてくれ。お前が身分の上下にこだわりが薄いことはわかっている。身分を驕る者には必ずどこかでその兆候が出るものだ。男爵家出身であることをどれだけ揶揄されようとお前が怒ることはなかったし、身分が下になった者達に威張るでもない。使用人にも平民にも、誰に対しても平等に丁寧に振る舞える、私はお前のその性質を気に入っている。…虫や植物にも優しく出来て、芸術神に愛されているだろうお前には、人の美醜などは気にするに値しないのかもしれんな…」


 俺は前世の価値観が顔を出して、時々こちらの人には奇行に見える行動をしてしまう。

 わざとではない。蟻の巣かと思いきや芋虫が地面に穴の巣を作っていたり、ネコチャンがいる?!と思って繁みをよく見たら猫によく似た体にちんまりとした鹿の顔が乗っていたりしたら、観察したくなるだろ。追いかけなきゃウソだろ……


 知ってる形とは何か違う生き物が色々いるのだ。

 面白いので追いかけてよく見て絵に描いたりしてコレクションしている。生き物の名前を周りに聞いても知ってたり知らなかったりする。貴族学院の図書館に生き物図鑑があるそうなので、入学したら調べに行きたい。

 植物は地球のものに似たものも多いが、当然名前が全然違う。花は贈り物として一般的なので結構知られているが、花の咲かない木の名前などは知られていない。木こりだったら知っているかも、と言われたり。

 まあ前世でもその辺の木の名前を知らない人は普通にいただろうけど。


 因みに鹿の顔した猫みたいなやつは、ヤコカっていうらしい。角で攻撃してくるし、噛むから追いかけたら危ないとベルに怒られた。


 子供なら割とするだろ案件ばかりだと思うのだが、絵を描いて残そうとしたり虫にも興味を持っているところ、花以外の植物に興味があるところがちょっと珍しいみたいだ。


 俺の周囲の人は、虫にはすごい忌避感を表すし男でも結構怖がる。虫を見つけると下男は秒で殺そうとする。メイドは気の強い方ならすごく嫌そうに怖がりながら追い出すか殺そうとする。気が強くないメイドは震えて動けなかったり泣き出したりする。仕方ないのでそういう時は俺が虫を保護して逃がす。

 これも美形インフレの影響だったりするのだろうか。箱入り娘がエロ本見て気絶する、みたいな…?

 気持ち悪いと思うものに対する耐性が低いというか…

 まぁ俺も苦手な虫はいるけれど。毒があるとか動きがやたら速い奴は普通に怖い。


 前世の技術を受け継げて俺の絵の腕前は子供にしては上手いので、そこも褒めてもらえる。褒めてもらえると嬉しいので絵も音楽の合間にちょくちょく練習して、結構上達したと思う。


 ティーグ様の言う、『虫や植物にも優しく出来て、芸術神に愛されている』という言葉はこの辺の事情から来ている。

 いやでもちょっと待ってほしい。

 その流れで、『アマデウスは人の美醜なんてどうでもいい』という話にされるのはちょっとまずい。


 考えてみてほしい。

 料理を作って『美味しい』と言った人が、後に『食べ物は別に何でも良い』と言っていたらどう思うだろうか。

 美味しいと言ったのは嘘かお世辞だったのかと疑ったり落胆しないだろうか。


『どうでもいいと思っている』と思われるのは、良くない。

 心から褒めても信じてもらえなくなる可能性がある。今まで褒めた相手を傷付けることにもなるかもしれない。

『皆良いと思っている』のと『皆変わらないと思っている』では違うのだ。


 美醜なんてどうでもいいという話ではなく、俺がジュリエッタ様を純粋に良いと思ったことをわかってもらわねばならない。野心も否定したいし。


 え~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っとぉ……


 普通に可愛いと思いました、というのは絶対信じてもらえない雰囲気だ。


 性格に惹かれて…いや、小一時間話しただけでそんなん説得力がないよな…


 ――――――――――――――――――――――あ。

 そうだ。



「いえ、ティーグ様……美醜が気にならないという訳ではありません。……正直に申しますと…私、女性を好きになる基準は、声なんです。ジュリエッタ様はとても良いお声でいらっしゃったので…、私は彼女の事をとても好ましく思っているんです。楽器もお得意だそうですし」


 俺の発言にセイジュもティーグ様も電撃を受けたような顔をしたが、数秒後には『なるほど…そういうことか…!』と言いそうな顔になった。謎が解けた探偵のように。

 俺が音楽狂いと言われるほど音楽スキスキアピールをしてきたことがこんなところで功を奏すとは……


「なるほど…そういうことか…!」

 ティーグ様は口にも出した。

「ご理解頂けたようで良かったです」

 まぁ全くの嘘ではない。俺は声が良い人や歌が上手い人が大好きだしジュリエッタ様の声が可愛かったのは本当だ。


「…っハハハハハハ!参ったな、そういうことだったか…いいのだな、アマデウス。ジュリエッタ嬢と婚約の話が来たら、受けても」

「来たら、ですけどね」

「……婿が望めないだろうというかのご令嬢の噂を聞く度、気の毒に思っておりました。しかしアマデウス様ならご令嬢を大事にして差し上げることが出来ましょう……このセイジュ、アマデウス様には感服するばかりですわ。器の大きい主人に仕えていること、嬉しく思います」


 大袈裟なくらい褒められてしまった。セイジュは本当に感激しているようだ。不美人側への感情移入がすごい気がするが、もしかしてセイジュは不美人側なのだろうか。セイジュの外見のことは誰も触れないのでわからん……。


 まぁいいか。

 実際、俺は使用人達の外見の評価なんて、本音ではどうでもいいのだ。

 見た目がどうであろうと、俺の味方で、皆俺の大好きな家族だ。



 結局のところ。

 何日か経っても公爵家から縁談の打診は来なかった。

 その事実にティーグ様は納得がいかないようだったが、俺はまぁそんなもんだろうと思った。


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