第12話 庭園の二人
「…では、少々お待ち下さいね」
一声掛けてから俺はさっさか歩いてジュースを取りに行った。なるべく急いで二つペスコジュースを持って戻ると、ジュリエッタ様はぼうっとした表情で俺を見た。
「どうぞ」
「っあ、…ありがとうございみゃす」
かわいく噛んだ。
震える手でジュースを受け取った彼女は視線をきょときょとと彷徨わせている。
アルフレド様や、剣術で体を鍛えていて俺よりずっと胆力があるはずのハイライン様とペルーシュ様でもあんな反応なのか…。
彼女の顔を見て叫ぶとか気絶するとか、大袈裟じゃなかったってことなんだな。なるほど、俺みたいに平気そうな奴には慣れてないのかもしれない。それで動揺しているのか。
「あ、あの…アマデウス様、は…」
「はい」
「目がお悪かったり……?」
「…目?いえ、視力には問題ないと思いますが」
ちら、と綺麗な紅い目を俺に向けて、目が合うことに驚いたように逸らす。
「あの、しょ、少々お待ちください!」
「え」
ジュリエッタ様は早歩きで少し遠くに待機していた侍女らしき人の所へ向かった。何か話して早歩きで戻ってきた。
「アマデウス様、あそこの侍女が指を何本立てているかお見えになりますか?」
まさかの視力検査。
侍女が指をスッ…と二本立てた。シュールなピースサインで吹き出しそうになった。
「二本立ててますね」
「で、では…次…」
本当に視力検査みたいになってる。
ジュリエッタ様の視線を受けて侍女が親指をグッと立てた。知らん人に真顔でGoodjob!されてるみたいでまた面白い絵面だった。こちらの世界ではハンドサインは特にないようでこれらの手の形に意味は付与していない。
「親指を一本立ててます」
「……あ、あたりです…」
呆然として俺を見るジュリエッタ様。視力検査を当てたくらいでめちゃめちゃ驚いた顔されるのも何か面白い。
「ちゃんと見えてますよ」
「そう、なのですね…申し訳ありません、試すようなことを…」
「いえ、ちょっと面白かったです」
マジで。
「わたくしの顔を、初めて見る方で、平然としている方は、今までおりませんでした…」
「え、一人も?」
「はい」
マジで?!!??
わ…わからね~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~顔に大きな痣があるくらいで???こんなに可愛いのに…
その痣もどこかアーティスティックだし。
あ…でも、この国の絵画は地球の欧州の…ざっくり過ぎる感覚だけど、印象派が出てくる前くらいのイメージだ。俺の中での芸術も、この世界の人が考える芸術とは一致しない可能性が高いな…
芸術において進んでるとか遅れてるとかいうのはナンセンスかなとは思うが、多様性に富んでいるという点では地球の方が進んでいるのだろう。
音楽も、地球の古典音楽…クラシックを思い起こすものが多い。ポップスやロックも楽譜にしたいけど、俺が前世の記憶からそれを引っ張り出すのは盗作というか、無断転用?というか、よろしくないよな…と躊躇している。誰にもバレないとしても、罪悪感。
そもそも音楽も流行や歴史ってもんがある。前世で俺が生きた時代の流行歌がこの国で今受け入れられるかは怪しいものだ。
憂いを帯びた顔で視線を伏せたジュリエッタ様は、ジュースを少し口にした。
「…お茶会で何かを口に入れたのも、初めてです。少しだけ顔を出して退場することが多かったので…」
「それはもったいない、美味しい茶菓子が沢山あるのに。適当に選んで持って参りましょうか?茶菓子がお嫌いとかでなければ」
「お、お菓子は好きですわ。でも…人目がある所で…食事なんて…」
ジュリエッタ様は周りの目がかなり気になるようだ。
それはそうか。いちいちあんな反応されてたら過敏にもなる。でもお茶会に来てお茶菓子食べずに帰るなんて、プールに行って水着着たのに泳がずに帰るくらい勿体無いと俺は思っているので、テーブルで適当にお菓子を大きめの皿に乗せてきて彼女の所に戻り、彼女に提案した。
「ここ、庭園に出ても構わないのですよね?」
※※※
俺が、美少女と二人きりになってもスマートに振る舞えるイケイケ男子か?と言われたら否である。前世でも今世でも男女交際経験一切無し。女の子を楽しませるトーク力も自信はない。前世、家で留守番してた時間が長かったから一人でだらだら話し続けるだけなら得意だけど…(一人で過ごす時間が長いと独り言が多くなるらしいよ)
でもジュリエッタ様に安心出来る場所でお菓子くらい食べさせてあげたい。
誰かと一緒に食事をするというのは、思い出になるのだ。
前世、虚弱だった俺は小中高時代色んなイベントを欠席した。遠足、運動会、修学旅行、文化祭……
数回だけ参加出来て、誰かとちょっとしたものを食べた思い出は、今も俺の中で鮮やかだ。
高校生になって友達と学校帰りに買い食いしたこと。休み時間にスナック菓子を交換したこと。そんな些細な思い出が、具合が悪い時や凹んでいる時に自分を支えてくれたりするのだ。
嫌な相手とだと悪い思い出になる可能性はある。嫌だな~と思われていないことを願う。
大丈夫大丈夫、俺は今…それなりにイケメンらしいし!
俺にとってこの世界の美醜判断は未だ謎が多く、自分の顔のレベルも自分ではぶっちゃけわからない。
でも友達と言える相手と気さくに話すようになってから大体の評価はわかった。
「なかなかの美男子」「爽やか」「結構かっこいい」というのが俺の顔の評価だった。俺の目にはめちゃくちゃイケメンに見えるんですけど?!?!?とは思うが、不細工判定でなかっただけでも御の字だ。
それプラス、楽器が出来る男は、どちらかというと…モテる!
バンドマンや歌のうまい人間がモテるのと同じロジック。音楽は人間を一段階神に近付ける効果があると思う。音に魅了されるとその音の主が大層魅力的に見えるのだ。音の主を神の如く崇め信者となり、小さな宗教のような世界に陶酔する喜びは癖になるものだ。覚えがある。
楽しかったな~~~~~~。推し活。
俺は色んなお茶会で楽譜の宣伝の為にも歌いまくってるので、アイドルの如く憧れてくれている女子もいるみたいだ。
出来ればロージー連れてきて歌わせて俺は楽器だけ弾いてたいんだが…
歌うのも好きだけど演奏程には自信がないんだよな…練習はしてるけども。剣術はまるで習わなかったくせに歌の為に腹筋だけは鍛えている。あとは健康のための軽い運動くらいはしてる。
シレンツィオ領の庭園は美しく整えられていた。スカルラット伯爵邸の庭も綺麗だが、大きさが明らかに異なる。でかい。
「広い!ここで演奏したら気持ち良さそうですね~!」
「演奏、ですか…?あ、あそこに東屋がありますので…」
白くて小奇麗な東屋に、持ってきたお菓子の皿と飲み物を置いて向かい合って座る。
「どうぞどうぞジュリエッタ様。私も頂きます」
遠慮なくクッキーを口に運ぶ。サックサクやぞ。伯爵家でのおやつも美味しいし不自由してないのだが、育ち盛りなのでおやつはいつどれだけあっても食べられると思う。
ジュリエッタ様は俺を少し窺いながら、恐る恐るクッキーを齧った。
「…美味しい、です」
「美味しいですよねこのクッキー。流石、公爵家で出されるお菓… …ん?」
よく考えれば、ジュリエッタ様の家は主催だ。
「あ!!ジュリエッタ様のお家が出されたお菓子なんだから、よく考えたら別にここで食べなくてもいつでも食べられましたよね!?」
連れ出さなくても、お茶会が終わった後食べようと思えば落ち着いて食べられたんじゃん!?いやでも、お茶会中に食べることに意義があるよな、うん。
「い、いえ!こんなに沢山の種類のお菓子を作ることは茶会でもなければありませんから、色々選べて、楽しいですわっ。それに…誰かとご一緒に、お菓子を食べられるなんて、…はじめてで………」
つるり、と。何か落ちた、と思った。俯いたジュリエッタ様の顔は見えないが、ぽろぽろと水滴が彼女の膝上に落ちてドレスに跡を作った。
な、泣いてる…!?!?
ななな泣かせてしまった――――――――――――――??!!
えっどどどどどどどどどどどうしよ?????!!!!!
俺はとっさにアンヘンにSOSを求めるように視線をやった。ジュリエッタ様の侍女もアンヘンの近くに佇んで見守っている。
そう、茶会の参加者としては二人きりだが貴族には従者が少し離れて付いてきているものである。貴族同士はそう簡単に二人きりになどなれないようになっている。会話は聞こえない距離だけど…
アンヘンは察してくれたのか、足早に近付いてきた。そして徐に俺に楽器を差し出し、ササササーと元の位置に戻る。視線が微妙にこちらからずっと外されていたのは、もしやジュリエッタ様の顔を見ないように…
いや、メデューサじゃないんだからさぁ!!見ても死にゃしないよ!?
まぁ万が一倒れられても困るから仕方ないのか…
あと楽器持ってきてくれの合図じゃないんださっきのは!!!!!
……何もしないよりはいいか?
俺は箱からリュープを取り出して、楽譜も出そうとして―――思い直して、楽譜は出さずに箱を閉めた。
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