第13話 メイド襲撃事件


 リュープを持って軽く鳴らして指をわきわきして回す。

 ジュリエッタ様が顔を上げようとしたが、それを制すように声をかけた。なるべく優しく聞こえるように。

「あ、そのままでいいですよ。勿論顔を上げても構いませんけど…お菓子を食べていてもいいですし。…楽にしていて下さい」


 俺は徐に前世で好きだったある曲を弾き始めた。

 少し前から、時々練習していた曲。ロージーに「作曲なさったんですか…?!」と驚かれたが「違うよ、どこかで聞いたことがあるんだよね、どこだったか忘れちゃったんだけど…」と下手な言い訳をした。


 ―――メイドに襲われかけた事件の後、なんとなく弾きたくなったのだ。



 伯爵家に来てからお世話になっていた可愛らしい若いメイドだった。一人は緑髪、一人は紫髪。

 ある日のお茶の後急激に眠くなり少し仮眠を取りに寝室に入った。ふと目覚めると、なんと半裸の緑髪のメイド、クロエが体に乗りかかっていた。

 体が重くて動かせず、声を出そうとすると口には布を噛ませられていた。

 な、な、何事??!!と思っていたら、クロエの手つきがいかがわしく俺の体を触ってくる。


 え…?夢………?!?!

 いや、現実っぽい。スケベイベント発生????!!!!


 ちょっと嬉し…いや喜ぶな俺。可愛いメイドに迫られるのは吝かではないけれど、体が動かないのは恐いし彼女の顔は何だか苦しそうだ。


 アカンアカン!と脳内だけでパニくってると、紫髪のメイド、マルタがガチャガチャバーン!!とドアを開けて乱入してきて、クロエに飛びかかって抑え込んだ。

 ドアからベルやアンヘン、伯爵家メイド長のセイジュなど数人がドタバタと入ってくる。

「アマデウス様!ご無事ですか!」

 心配そうなアンヘンに頭を持ち上げられ、口の布を外してもらう。

「だ、大丈夫…、ゲホ」

 アンヘンはまだ心配そうだったが俺の全身をさっと見てホッと息をついた。

 俺は上半身の服がはだけた状態だったが下半身はちゃんと服を着ていた。


 よ、よかった~~~~~~~~~~~~~~~~~~…俺の下半身がやる気満々になる前で……


 セイジュが数人の下男にクロエを取り押さえさせ、俺に向かって座り込み床まで頭を下げた。

「申し訳ございません、アマデウス様。これはメイドを統括するわたくしの落ち度でございます…」

「えっと…とりあえず、どういう状況か教えてほしいです…」

 ベッドで腰まで立てて座らせてもらい、セイジュの説明を聞いた。


 クロエは魔術薬を手に入れてお茶に盛り、既成事実を作って俺の愛人になろうとした、とのこと。

 マルタはクロエの友達で、クロエがしようとしていたことを事前に知っていたのに黙っていた。でもギリギリでやっぱり良くないと思い直しセイジュに報告して俺を助けに来たのだという。



 ちょちょいちょいちょっと待って!!!!!!!

 魔術薬って言った?!この世界魔法とかある感じ?!?!初耳ですけど??!!??


 そして愛人て。割と背が高い方とはいえ俺まだ11歳なんだが…???



 後で知ったが、上級貴族の家の使用人は下級貴族の三子以下が多く、上級貴族の家に仕えてるうちに愛人として取り立てられることは案外よくあることらしい。


 混乱していたらクロエが泣き出した。


 ごめんなさい、いけないことだってわかってました、でも私、男性にあんなに優しくされたの初めてで。かわいいって言ってもらえたのが嬉しくて、忘れられなくて…。どうしてもアマデウス様の愛人になりたかったんです…


 そう言ってしくしくと泣いた。確かに、新しい髪飾りを付けた姿をかわいいねと褒めた記憶がある。

 重い空気の中マルタが口を開く。


 この子、見た目が良くないから…男性には良い扱いをされたことがないんです。私も似たようなものだから、気持ちがよくわかって…こんなにぎりぎりまで止められませんでした。申し訳ありません…この子と一緒に罰を受けます…


 ――――二人とも、見た目が良くない側だったのか…

 …普通に可愛いと思ったから可愛いって言っちゃったな。

 俺の気軽な一言で、まさかこんな事態を引き起こしてしまうとは……


 二人は犯罪者として騎士団に連れられて行った。伯爵家もクビだ。

 俺はそこまで嫌な思いはしていないから、出来れば情状酌量とか…とティーグ様にお願いしたら、

「罪人に情けをかけすぎるのも良くないと知れ、アマデウス。よくよく話を聞いたが今回お前に非は無いし、身勝手な行為をした者は罰せられなければならない」と叱られた。はい。ぐうの音もでねえ。そりゃ、よく考えなくてもレイプ未遂だもんな…

「だがまぁ…お前もそう言っているし、セイジュをあまり落ち込ませても家の中が暗くなる。あの子らが罰則を終えたら別の勤め先への紹介状くらいは手配しよう」と言ってくれた。ティーグ様やさしい。好き。


 セイジュは少しベルに雰囲気の似た厳しそうな美老婦人メイド長である。実際物言いは厳しい。

 子爵家出身で、スカルラット伯爵家の使用人じゃ一番の古株らしい。

 俺が元男爵家だからかそれまで俺を見る目は何となく冷たかったのだが、この事件の後、

「…恐ろしい思いをなさったでしょうに、あの子達を庇って頂いたと聞きました。…ありがとうございます。アマデウス様の寛大なお心に感謝の念が堪えません…」と赤くなった目で言いに来た。


 メイド一人一人を大事に思っていたのが伝わる。厳しい姑みたいな印象だったが、面倒見がいい人のようだ。

 ちょっと怖かっただけで本当に嫌な思いはしていないのだが、見直されてしまった。

 それからセイジュは親身にお世話してくれるようになり、色々と助かることもあった。俺が連れてきた使用人は勤務経験は長くても平民出身ばかりなので、上級貴族のことだと知らないこともある。



 そんなことがあって。

 俺はなるべく、「綺麗」とか「可愛い」などの単純な褒め言葉は使わないようにしようと決めた。

 褒めるとしたら、具体的に。生まれ持った容貌以外を褒めようと決めた。


 こちらの美醜を理解してない俺が軽率に褒めるのはリスクがあると感じたのだ。

 クロエのように極端に俺に期待してしまったり、その人自身が気に入らない所を褒めてしまったら嫌味や皮肉と捉えられる可能性もある。

 どんな美男美女でも自分の容姿に気に入らないところがあるものだ、と確かこ○亀でも言ってた。

 だから上手い人は、褒める場合はなるべくその人が努力で身に付けたであろう能力や持ち物のセンスなどを褒める、のだとか…


 俺も出来るだけそうしよう。具体的に褒めるっていうのは結構難しい。でも具体的になれば説得力が増すし、誤解もされ辛くなるだろう。

 褒め言葉が時に攻撃にもなり得るということは、褒め殺しという言葉があることからもわかるし。



 ……でもなぁ。

 かわいいと思ったのは本心だったんだよ。

 クロエには、その言葉をまっすぐ、そのまま受け止めてほしかった。

 ただ嬉しいと、褒められたと、良い思い出にしてくれてたらよかったのに……



 そう思って少し落ち込んだ時に思い出した曲。

 俺が死んだ年から数えると結構前に流行った洋楽だ。世界的に人気になったイギリスのバンドの爽やかなラブソング。

 ピアノで弾きたくて練習した記憶があるからよく覚えている。

 内容は自分の美しさに自覚がない女の子に恋してる、という曲だ。

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