第11話 世界の深淵を覗く日
俺がアルフレド様に一緒に来てほしい、と言われた直後。
「あ、あのシレンツィオ公爵令嬢にご挨拶を…!?」
面食らった声を出したのはリーベルトだった。ハイライン様達も驚いた顔をしている。
神妙な顔でアルフレド様は言う。
「知っているだろう、彼女の噂くらいは」
今日のお茶会の主催者のご令嬢のことだ、勿論聞いている。
“化物令嬢”。
シレンツィオ公爵令嬢ジュリエッタ様の通り名だ。失礼千万な通り名である。
曰く、その顔を目にした者が恐怖で泣き叫んだり気絶したりするほどの容貌だという。国一番の醜女、化物令嬢。
いや……そこまでいくともう不細工へのリアクションとかじゃなくない?
お化けとかジェットコースターに対する反応だよね…?
―――ゆうて多分、大したことないやろ… この世界美形しかいないし……
とは思ったが。病気とか怪我とか、生まれつきの何がしかで顔が歪んでしまっているとか…?
思いつく顔の変形した女のお化けの代表格といえば、東海道四谷怪談のお岩さんだろうか。盛られた毒で顔が崩れてしまったお岩さんの絵面が有名だ。
この美形インフレ世界で一番の醜女。
正直な所、むちゃくちゃ気になる。
彼女の顔を見ることでこの世界の美的感覚の謎が解けるかもしれないし、この国の容姿の底もわかるだろう。
ちょっと失礼だけど、そういう恐いもの見たさで是非とも会ってみたい。
「ご挨拶に一緒に行くくらい、断りませんけれども。何故私を名指しに?」
「言っただろう、稀代の女好きと見込んで、と。お前ならジュリエッタ様の容姿を恐れずに会話出来るかもしれない」
「…アルフレド様も、怖かったのですか?」
「…ああ。7歳の頃は、恐ろしくてまともに目を見ることが出来なかった…失礼な態度を取ってしまった。後悔している。だが今ならもう少しまともな対応が出来るはずだ」
一度屈した、恐いものに立ち向かおうとする心意気。それを勇気という。アルフレド様の横顔、英雄譚の主人公みたいである。
何度も(脳内で)言うけど ハーッ…神々しい~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「アルフレド様!私達だって令嬢の顔を恐れるほど臆病者ではありません!私達もお連れ下さい!なぁペルーシュ!」
「はい」
ハイライン様が強気で同行を希望した。ペルーシュ様も当然付いていくつもりだ。
「……一緒に行くからには、ジュリエッタ様に失礼がないようにするのだぞ。約束出来るか?」
「勿論です!アマデウスが腰を抜かすことを心配した方がよろしいかと存じます」
ハイライン様は剣術がまるで出来ない俺をこうしてちょくちょくディスってくる。めんどくさい。
でも敬愛するアルフレド様に気に入られたくて俺に対抗心を出すところは微笑ましく、かわいいと思っている。笑顔になってしまう。そういう俺の態度がハイライン様は気に喰わないんだろうな、多分。微笑ましいものは微笑ましいんだからしょうがない。
リーベルトは、失礼をしない自信があまりない…と言って来なかった。
女性の輪の中に、黒いベールを付けて顔が見えない令嬢が一人いるのが見える。あれがジュリエッタ様か。
挨拶して他愛のない話をしたが、第一印象としては。
ジュリエッタ様、声が良い。
少し掠れて甘い、可愛らしい声だ。そんなに口数は多くないが、ベールをしていれば普通に社交は出来るらしい…ほっそりとしていて、灰色を基調とした上品なドレスに漆黒のストレートロングの髪。
ベール以外は普通の令嬢に見える。
しかしずっとベールをしているつもりなのだろうか…?
そういえば、飲み物は至る所に用意されていて自由に飲めるのだが、彼女だけは手に持っていない。
こうした集まりは大抵お茶会と言いつつお茶よりジュースやカクテルの方が多い。個人的には炭酸水が存在しないのが少し残念。
さっき皆で好きな食べ物の話をしていて、ペスコ(甘い果物。桃みたいな味)が好きだと言っていた。ペスコのジュースを持ってこようかと提案したら、ベールを捲って飲む訳にはいかないと考えているようである。
一瞬顔の口元が見えるくらいなら大丈夫だろう、と思って言ったが意外と渋っている。
「ジュリエッタ様、これまで不自由な思いをなさったでしょう。私達の前ではベールを御取りになっても大丈夫ですよ。我々は、大丈夫です」
アルフレド様がベールを外していい、と真剣な顔で説得した。
ハイライン様も自信満々で後押しする。
念の為にと他の令嬢達を遠ざけてから、ジュリエッタ様はベールを上げた。
確かに、他の人間との明らかな違いはあった。
彼女の右目側には、斑な痣があった。赤褐色と濃い桃色、桜色の入り混じった大きな痣が顔の約半分を覆っている。火傷の跡のように見えなくもないが、よくわからない。
だが、それだけだ。
お岩さんが出てくると覚悟して待ち構えた俺には拍子抜けだった。
それに、痣以外のジュリエッタ様の容貌はかなり良いと思う。
艶々の黒髪に、大きな瞳は俺の髪色にも近い緋色。睫毛が長くて色白で、すっと通った鼻と小さな唇。その輪郭の中では痣もむしろボディーペイントの一種のように見える。黒と赤で纏められた芸術品を見たような気持ちだった。
……綺麗だ。
俺は素直にそう思った。
こんなに美少女なのに、国一番の醜女と言われてんのか……………
全員頭おかしいんじゃねぇの?!!!!??????
いや、この世界で価値観がおかしいのは俺の方だとわかってはいるんだけど…
お岩さんに謝りなさいよ!!!!! …謝られてもお岩さんも困るか………
脳内でジャッシャーンドンパンドンパンジャンドンジャンドンとドラムを叩き鳴らしていても、顔は平然としていられる。価値観の相違で受けた衝撃を顔に出さないことには慣れた。
にこっ、と慣れてる愛想笑いを浮かべてジュリエッタ様を見ると彼女は驚愕したようにビクッと体を震わせた。
え、顔になんか出ちゃってたかな…?この世界の人間全員頭おかしいんじゃねえの??と思ってることとかが…
「改めまして、ペスコのジュース、持って参りましょうか?」
笑って誤魔化すしかねぇなと思って愛想よく言うと彼女は驚いた顔のまま固まっている。何故だ、変なことは言ってないと思うんだけど…
ふと三人の方を見ると、ハイライン様は青い顔で何故か座り込んでいる。
えっ、どうされたんですか…と言おうとして、『アマデウスが腰を抜かすことを心配した方が…』という元気な声を思い出す。
―――ハイライン様ァ!!!自分が腰を抜かしちゃった感じ?!?!
あちゃ~~~~~~と思って他の二人を見ると、アルフレド様は険しい顔で固まり、ペルーシュ様も口を片手で覆って固まっている。俺がハイライン様を見て笑顔を引き攣らせたことに気付いたらしいアルフレド様がハイライン様の方を見て渋い顔になった。
「…アマデウス、私とペルーシュはハイラインを休める場所に連れて行く。悪いが、ジュリエッタ様のお相手を頼めるか?」
「あぁ、わかりました。お二人も休んできていいですよ、顔色が良くない」
皆顔が青ざめてるのでそう言うと、アルフレド様は『無念…!』とか言いそうな顔で目を瞑った。
「ジュリエッタ様、連れが失礼をして申し訳ありませんでした」
「…い、いえ…お気遣いありがとうございました、アルフレド様。御機嫌よう」
挨拶して息を大きく吐いてから、アルフレド様は「ペルーシュ、そちらの肩を持ってくれ」と言って二人でハイライン様を支えて連れて行った。
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