第10話 ジュリエッタ・シレンツィオの人生で一番長いお茶会


「ジュリエッタ様、お久しぶりでございます!お体の調子はよろしいんですの?」

 ぽつんと隅に立っていた私に声をかけてくれたのは、ヴェント侯爵令嬢カリーナ。

 橙色の髪に黒い目をした、同い年でお茶会の度に声をかけてくれる優しい子だ。


 私と同じ不吉の黒色を持ち、あまり容姿が良くないのもあり、私に同情してくれているのだと思う。同情だとしても人付き合いをまともに出来ていない私には救いだ。容姿が多少悪くても快活で親切な彼女なら、嫁ぎ先には困らないだろう…

「ありがとうございます、カリーナ様。今日は平気です…貴方にご挨拶出来て良かったわ、あまり長居はしないつもりだから…」

「まぁ、そう仰らずに!今日こそわたくしのお友達を紹介しますわ。ベールを被っていらっしゃるなら大丈夫ですから、遠慮なさらないで」

「…ええ、それでは…お願いしようかしら」


 ベールを被ったまま、令嬢達と挨拶を交わす。好奇心や畏怖、憐みの籠った視線が刺さる。

 一年前、もしかしたら大丈夫かもとベールを外したら気の強いカリーナでさえ気を失ってしまった。素顔だと私は同性にすら笑いかけてもらえないのだ……

 令息達は遠くから様子を見守っていて近寄ってこない。自分から近付く勇気はないので、学院に入った後に友人になってもらえるかもしれない令嬢達にだけでも挨拶して帰ろう。

 そう思っていたら、カリーナの友人がある方向を見て小さな歓声を上げた。


「まぁ、アルフレド様ですわ!」

「はぁ~~!麗しい…」

「あら、あちらはアマデウス様では…!?」

「本当!わたくし、アマデウス様が発行なさった楽譜でも“シーリヌィ紀行曲”がとても好きで…」

「それ、歌っていらっしゃる所も拝見しましたわ。リュープが本当にお上手で、素敵でしたわ~…」

「羨ましい、お願いしたら演奏して下さるかしら…アジェント男爵令嬢がお願いしたことがあるそうなんですけれど、快く弾いて下さったって…―――」


 アルフレド様が近くにいらっしゃる。

 一言ご挨拶くらいはしたい気もするけれど、迷惑かもしれないし…こんなに注目されている方に話しかける気概はない。

 …年頃の令嬢達と一緒に、麗しい令息達に浮き立ってはしゃげたら良かったけれど。私に好意を寄せられたら絶対に嫌がるだろうと予想できる相手にそんな気にはなれない。

 きっとアルフレド様以外の令息は素顔を見せたら腰を抜かすだろう。泣いてしまうかもしれない。


 ふん、軟弱者め。そんな情けない男、こちらからお断りなんだから。

 そう思って自分を慰める。

 それに、私が一言でも誰それが素敵、とこんな場所で溢そうものなら『化物令嬢があそこの令息に好意があるらしい』と噂になってしまうかもしれない。それは避けたい。


 私は公爵位を継ぐ為にも、学院で私の顔に耐えられる男子をさがさねばならない。

 独身で親戚から養子を取る手も無い訳ではないけれど、母方の親戚は血筋を途絶えさせることを簡単にはよしとしてくれない。お父様も婚姻相手が見つからないなんて事態は家の恥だと思っている。見つける努力はするだけしないと許されないのだ。

 心身が成長し、精神力を磨かれた男性ならきっと候補も出てくるだろうとお父様も仰っていた…学院ではもっと社交を頑張らなければ…

 …気が重い。


 ぼんやりと考えていると、アルフレド様御一行がずんずんとこちらに近付いてきた。

 もしや挨拶にいらっしゃる…?

 律儀な方だ。茶会の主催の娘に挨拶に来るのは当然の礼儀ではあるが、主催の娘の顔を見て叫んだり気絶でもしたら当然かなりの失礼に当たるので、皆敢えて来ないのである。私もその方が有り難い。


「ジュリエッタ様、お久しぶりです。タンタシオ公爵家嫡男、アルフレドがご挨拶に参りました」

「…恐れ入ります、アルフレド様。お久しぶりです」


 アルフレド様はとてつもない美男子だし、親切で好感度は高いが、彼が私に向けた目を思い出すと私が彼にときめくことはない。むしろその美貌に微かな嫉妬心が滲む。彼が連れてきた令息達がにこやかに次々自己紹介する。私の周りにいた令嬢達が好機とばかりに自己紹介し、世間話に花を咲かす。

 カリーナがたまに私にも話を振ってくれて、好きな食べ物や趣味の話などをした。


「ジュリエッタ様、お好きだと仰っていたペスコのジュースありますよ。取って参りましょうか」

 アマデウスという貴公子が私にそう言ってくれた。

 令嬢達の話だと音楽の才能に優れた令息のようだが、無邪気な笑顔を浮かべる活発そうな少年だ。紅い髪は外側にはねていて、背も高め。音楽を好むというと優雅で繊細な雰囲気を思い浮かべるが、彼は騎士見習いと言われた方がしっくりくる。

「…い、いえ。飲めませんので…」

「? 今は飲まないのですか?」

「…ベールを取るわけにはいきませんので…」

「無理にとは申せませんが、少しくらい捲って飲んでもいいと思いますよ」


 無責任なことを言う。彼は私の噂を知らないのだろうか。捲った時に誰かに見られて叫ばれでもしたら…… いや。そんなことすらも恐れていたら、学院でこの顔を恐れない結婚相手をさがすことも出来やしない。ベールを少し捲って食事くらいなら… でも…


 迷っていたら、アルフレド様が意を決したように言った。

「ジュリエッタ様、これまで不自由な思いをなさったでしょう。私達の前ではベールを御取りになっても大丈夫ですよ。我々は、大丈夫です」


 戦にでも向かうような真剣な顔で言われたが、俄には信じられない。

 ハイラインという令息が重ねて言う。

「私どもは大丈夫ですよ!ご令嬢のお顔を見たくらいで我を失うような無様は致しません」

「…本当に、大丈夫ですか?誰とは申せませんが、わたくしの顔を見て泣きながら粗相なさった(漏らした)方もいますが…」


 つい、第一王子殿下の9歳の頃の醜態を口に出してしまった。

 二つ年上で、今は14歳。貴族学院では今全女生徒の憧れと言われているらしい。父が私に引き合わせた令息三人のうちの一人だ。内一人はアルフレド様だった。

 その場にいた為、誰の事か知っているアルフレド様は気まずげに目を逸らす。

「情けない!貴族の風上にもおけませんな!」

 ハイラインは馬鹿にしたように鼻で笑った。貴族の子息で最も位の高い相手だが…


 ふとアマデウスの方を見ると彼はこれから自身に訪れるだろう恐怖(私の顔を見た時の感情を指す)を全く想像出来ていないのか、「そういうこともあるんですねぇ…」と暢気な声を出した。


 何だか腹が立ってきた。

 大丈夫だなんて軽々しく言わないでほしい。

 大丈夫じゃなかったからずっとこんなものを被っているのだ。

 平気かもしれない、この人達なら、この人なら、そんな期待を何度も裏切られてきたのだ。きっとこれからも裏切られていくのだ。何度も、ずっと……もしかしたら、死ぬまで。


 …言葉には責任を持ってもらおう。



「…カリーナ様、ご令嬢方を離れた所へお連れして下さいますか?お見苦しいものを晒すので」

「じゅ、ジュリエッタ様…」

 カリーナがどうするべきかとおろおろしている。モリーも少し離れた所で見ているはずだが、きっと心配しているだろう。

「わたくしは大丈夫ですから。お願いします」

「…わかりましたわ…」

 カリーナがお友達を連れて離れた。これで、ベールを取っても顔をしっかり確認出来る範囲には令息4人しかいない。


 自傷するような心持で、私はベールを全部捲って頭の後ろに流した。



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