第8話 伯爵家へ(7歳~12歳)


 ティーグ・スカルラット伯爵。

 ティーグ様には8歳になる娘と、6歳の息子がいる。

 今年お披露目の子供はいないがお披露目の会には来ていた。俺の演奏に心を打たれ、是非養子に、と申し出てくれた。

 実はティーグ様の祖母がロッソ男爵家の出だったそうだ。当時話題の恋愛結婚だったとか。


 俺の演奏が、お披露目会において全貴族が呆気に取られるほどの腕前だったことは確からしい。

 俺の音楽の指導者は平民のバドルとロージーだったし、使用人達も平民なので貴族しか知らないお披露目の演奏のレベルなんて知る由もない。

 そのため俺に 待たれい!!!上手過ぎまする!!! なんて進言する者はいなかった訳である。


 それにしたってだ。

 演奏が上手いだけで…?

 ほんとにぃ? 実の娘も息子もすでにいるのに?


 怪しいなぁ、なんか裏があるだろ… と思いながら面合わせに出た。

 ティーグ伯爵は赤みの強い紫の髪を持つたくましい美丈夫だった。かっこいい。ムキムキででかい。

 伯爵位を継ぐ前はタンタシオ領の騎士団の副団長で、剣の腕は国でも5本の指に入るほどだと言われていたとか。すごい。

 名乗り合い向かい合って椅子に腰を下ろすと、彼は早速本題に入った。

「ロッソ男爵にすでに許可は頂いているが、アマデウス君本人の気持ちを聞きたい。伯爵家に来ることをどう思う?」


 父が許可したんならもう俺に拒否なんて出来やしないんじゃ…。


 この世界はまだまだ子供の権利など認知されていないので、子供をどうこうするにあたっては親が全権を握っているのだ。子供の就職、結婚、身の振り方、親が全部に口出しする権利があるし子供は従うものである、というのが常識だった。

 そのため俺の気持ちを聞きたいと言ってくれる伯爵はかなり寛容な方の父親な気がする。俺の気持ちなんて歯牙にもかけず養子行きをいつの間にか決めた父親に比べれば。

 いや、良い話だけどさ…男爵家から伯爵家なんて驚きランクアップだからね。


「正直なところをお話ししますと…不思議に思っております。演奏の腕だけで養子に欲しいだなんて、流石にあり得ませんでしょう」

 ティーグ様はニカッと笑った。

「やはり年の割に聡明だな。はしゃぐでもなく、萎縮するでもなく。お披露目でも素晴らしく堂々としていた。元々君の事は調べて知っていたんだ。元公爵家のアマリリス様の息子が、育児放棄されていると噂に聞いてね…」


 …… いっ、育児放棄!!??

 そ、そこまでではねぇと思うんだけど…ちゃんと使用人が世話してくれてたよ?!飢えたりもしてないし…


「子育てを平民の使用人に丸投げして、家庭教師もろくにつけていない。顔を見に行くことすら滅多にせず、放置していたのだろう?父君も、兄君と比べてあからさまに援助をしていない。特に忙しい時期でもないのにお披露目にも同行していなかったしな…このままでは、君は貴族社会に出ても非常に困ることになるだろう」


 ―――――――――そ、そうだったんですか………

 家族に好かれてないよな~と思ってはいたけど、傍から見て結構アレなのか。俺の環境。


 …確かに、普通の子供だったらかなり寂しいだろうな。家族の愛が無いというのは、成長する過程でどこかしら人間の心に影を残すだろう。その影の種類によっては、歪んでしまう。

 日本で考えたとしても、ずっとシッターと学校に任せっきりだとグレそうだもんな。使用人達が両親について俺に気を遣うのも、よく考えればよくわかる。少しはちゃんと考えろ俺。

 俺が異世界転生してきたちゃらんぽらんな高校生だったから良かったものの…


「そんな扱いでも君は非常に優秀で朗らかな少年だと、報告が来ている。勿体無いと思ったのだ。もっと良い教育の場があれば、君はこの国に大きな貢献が出来る臣になれるのではないかと、私は考えている。どうだろう。私と一緒に来ないか」


 本心で言ってくれているように見えた。

 貴族というのはにこやかな笑顔の裏で腹の探り合いもしなければいけないと教わったが、ティーグ伯爵の真っ直ぐな目と、声。

 信じたい人を信じていきたい。

 俺をつまらないものを見る目で一瞥する、血の繋がった家族より。


「……私が希望するだけ、使用人を連れて行っても構いませんか?」

「…構わんとも。それくらい」


 こうして俺はめでたく伯爵令息にランクアップした。



 使用人の希望者は全員そのまま俺とスカルラット領に移り、居住区を移したくない等の理由で希望しなかった者は他家へ紹介状を書いたり、家族の館に移ったりしてお別れした。寂しかったが、皆俺の身分が上がることを喜んで送り出してくれた。


 伯爵家に移ってからは、連れて行った使用人達が『信じられないくらい厳しい』と苦言を呈す勉強の日々が始まったのだが、一日に計6時間ほどの勉強時間(休憩時間挟む)である。

 学校みたいなスケジュールで懐かしさがある。

 内容が濃くて疲れはするが、家庭教師は男爵家に来ていた教師よりもさすが教え方がわかりやすい。


 曰く、俺の教育が遅れていたのを取り戻す分厳しかったそうだ。厳しかったのか…暗記が多くて苦労はしたけど。

 現代日本の教育経験が少しは生きたかな…。

 つっても前世の俺は義務教育中病弱ゆえにあまり学校に行けず、具合の良い時を見計らって某通信教育ゼミのテキストで遅れを補っていた。ありがとう、ゼミとゼミをやらせてくれた親……

 弱音も文句も言わない真面目な生徒だと、教師達からの評判はすこぶる良かったらしい。そいつぁ良かった。


 男爵家の時も料理は素朴な味付けで悪くなかったのだが、伯爵家で出てくる料理は明らかに凝った味付けのものが出てくるようになった。嬉しい。


 そして何より嬉しかったのは風呂事情だ。

 この世界は、この時代感からしても貴族といえど毎日風呂に入る習慣がない!

一日の終わりに体を湯で絞った布で拭くくらいで、頭を洗うのは3日に一度すれば多い方だという。

 体を洗うために大量の湯を使うというのは結構な贅沢なのだ。水は井戸から運んで炎で沸かさないといけないし重労働である。

 その為町には有料の湯屋がいくつもあり、平民は何日かに一度全身を洗いに行くという。


 俺の所感では、このウラドリーニ国の気候は日本列島よりも湿気が少なく、夏は過ごしやすいが冬は割と雪が多く積もる。激しい運動でもしないと夏でも汗をかかなかったりするのだ。その為、毎日風呂に入る人は稀なのだろう。


 だがそんなの関係ねぇ!!!

 汗をかこうがかくまいが風呂には入りまくりたいのが日本人だ!!(※個人の感想です)


 男爵家の時も二日に一回頭を洗わせて貰ってたが、伯爵家では毎日洗わせてもらっている。

 我儘かなぁ…とも思ったが、ティーグ様には「綺麗好きだな、潔癖の気があるのかもしれぬ…しかしそれぐらい大したことではない。他に必要なものなどあれば言ってよいぞ。なるべく調達しよう」と言ってもらえたので、まだ手元にない楽譜と、質はそこそこで良いので書く紙が沢山欲しいとリクエストした。

 因みに今手元にある楽譜はこれらです。とびっしり曲名が書かれたリストを渡すとティーグ様に「お、おう…」と若干引かれた。

 イエス強欲!と思ったけど、少しするとどうぞどうぞとばかりに次々と知らない楽譜と紙が提供された。伯爵家の財力をナメていた。

 教育の合間に、正式に楽師として雇ったバドルとロージーと一緒に曲の練習に明け暮れる日々。


 しかしただ享受だけしていた訳ではない。

 楽器の腕を見込まれて伯爵家に貰われたことは社交界にはすでに知れ渡っていたので、お茶会に招かれる度に楽器を少し弾いてもらえないかと持ち掛けられる。そこでバドル達が集めてきた珍しい楽譜を清書して用意しておき、それを演奏して見せる。

 珍しい曲、聞いたことがないな、と楽譜を欲しがる人が出てくる。

 楽譜が売れる、という寸法だ。

 楽譜は案外高値で売れるのである。せっせと売るとまた紙が買えるし音楽も広まって盛んになるし、一石二鳥だ。


 貴族の前で楽器や歌を披露する緊張感に、出来栄えが売上に影響する高揚感が加わり、メキメキと楽器の腕を上げた。

 元々演奏は好きだし修行と思って頑張った。

 もう俺も吟遊詩人と言っても過言じゃないのでは…?


 俺はいつの間にか『音楽狂い』『演奏の天才』と囁かれるようになるのだが、その異名の中に『天賦の女誑し』というのが在った。

 前の二つに関しては嬉しいけど大袈裟ですよ~~~フヘヘ、と照れながらも満更ではない俺が、三つ目の異名に度肝を抜かれたことはおわかりだろう。


はい!?!?!?


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