第7話 化物令嬢の憂鬱
ウラドリーニ王国シレンツィオ公爵領、領主の城。
日の当たらない、どこか陰鬱とした空気の部屋に少女はいた。
頭につけた髪飾りから黒のベールが顔を覆い、周囲からは少女の顔は見えない。目の部分だけベールが少し薄く作ってあり、狭い視界になっている。
「…いつものベールよりも厚いから、見えにくいわ…転んでしまいそう」
侍女が痛ましげな顔をしつつ優しい声で少女に語り掛けた。
「ですがお嬢様…お顔を見せたくないでしょう?お嬢様は身体能力が高くていらっしゃるから、きっと大丈夫ですわ…」
「…そうね…お披露目会の時のようなことになっては、いけないものね…」
少女は7歳のお披露目会の時、物心ついた時から肉親以外の前では外さなかったベールを外し剣舞に挑んだ。
結果、見学に来ていた幼いアナスタシア王女が少女の顔を見て気を失ってしまった。大人達は顔を歪め、子供達は泣き叫んだりその場を逃げ出したりと、会場は騒然となり王女は治癒師の元へ運ばれた。
少女の順番が最後だった為、お披露目自体は済んだとして司祭の呼びかけでそのまま解散になったが、祝い事の明るい雰囲気など消え失せてしまい、人々の責めるような恐れるような視線が針のように少女の体を刺した。
剣舞を選んだのが間違いだったのか。
少女は楽器も得意だったが、剣舞で参加したかった。
厳しい父が少女を唯一褒めてくれた、剣術。それを見てもらいたかった。
お披露目後。
初めて参加した貴族の集まるお茶会で、将来婚約者となる可能性が高いという三人の少年を公爵の父が少女に引き逢わせた。一人は泣き出して親の所に駆けて行き、一人は青ざめて俯き固まったが、一人は必死に顔を強張らせながらも挨拶を交わした。最後の一人に感謝しながらも、目すら合わせてもらえない自分が情けなくて、少女は泣き出しそうなのを必死に堪えた。
剣の練習をする時は単純な作りの仮面をつけて、指導してくれる師匠にすら素顔を見せずに、少女は鬱屈をぶつけるように剣の腕を磨いた。12歳にして騎士団の若い衆と渡り合えるほどになった。
騎士団員は皆少女に親切だったが…
ある日、少女の仮面を結んでいた紐が不意に切れてしまった時。
少女の顔を見た騎士団員達は、ある者は悲鳴を上げ、ある者は尻餅をついて凍り付き、ある者は「ばっ…化物…」と呟いて後退り、自分の失言に気付いて震える声で謝罪した。
強くて礼儀正しい騎士団員達に憧れていた少女の心は深く傷ついて、その傷は未だ癒えることがない。
「モリー、私がお茶会に出て喜ぶ人はいないのに、出るべきだと思う?具合が悪いことにしてしまった方がお互いのためではないかしら」
「お嬢様、そんなこと仰らないでください。小さなものなら流しても、今回は王族も出席する大きな催しです、重要な社交の機会です。挨拶周りくらいはしないとお嬢様はお立場が…」
「…公爵位を継げなければ、私は嫁ぎ先が見つかるかわからないものね…継ぐことが出来ても婿が見つかるかはあやしいけれど」
少女には母親の違う妹がいる。少女があまりにも社交をおざなりにすると、職務能力に不安があるとして妹を跡継ぎに据えようと姉妹間で争いが起きる可能性がある。
「い、以前お会いになった公爵令息のお一人はお嬢様とお話しできたのでしょう?きっとその方でしたら…」
「無理よ、アルフレド様はとんでもない美男子よ。とても将来有望だというし、婿になど出さないわ…本人も嫌がるでしょう」
少女は畏怖の籠ったアルフレド少年の目を思い出す。
恐ろしく思いながらも懸命に少女を不快にさせまいとしていたことは伝わり、少女は少年に好感を持った。だからこそ無理に縁談など持って行って困らせたくはない。少女は父がそうしようとしていたら止めなければと思っている。
「それに……私、…結婚するなら、見せかけでもいいから、私に笑いかけてくれる人が良い。人前だけでも、私を大事にしてるように振る舞ってくれる人が良い。本当に愛してくれなくてもいいから、裏で何人愛人がいてもいいから、表面だけでも私に優しくしてくれる人……そういう器用な人が良い…それすらもだめかしら?私には高望み?叶わない夢なのかしら……」
「お…お嬢様、そんなことはありません、きっと、きっと見つかります!そういう人ならきっといますわ…そうです、公爵様だってさがしてくださいますわ…」
侍女のモリーが少女の肩をさすると、少女は俯いていた顔を上げて立ち上がった。
※※※
二十分後、少女はベールの下の素顔を数人の少年の前に晒していた。
それを見た少年は4人。
タンタシオ公爵家令息、アルフレド。ババール侯爵家令息ハイライン。グルートン伯爵家令息ペルーシュ。
そして、スカルラット伯爵家令息、アマデウス。
一人の少年が腰を抜かしへたりこみ、二人の少年が青ざめている中で、アマデウス少年だけは少女に屈託のない笑顔を向けた。
その日から、少女は恋を知ることになる。
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