犬のエッセー

山谷麻也

写真撮影

 ◆猛暑の歩行訓練

 相棒の盲導犬・エヴァンが我が家にやってきて四年半になる。

 初対面の時から元気いっぱいだった。いきなり、部屋に飛び込んできた。

 いわば、初陣である。デビューを待ちかねていたのだろう。


 大阪は千早赤坂村にある訓練所で、三週間ほどの共同生活に入った。

 訓練期間中は空梅雨だった。猛烈な暑さの中、今日は田舎道、今日は都会の道、今日は電車・バスの昇降、今日は買い物などと、歩行訓練を受けた。


 プログラムが無事終了し、訓練士のクルマで徳島に戻った。

 あの日は雨だった。エヴァンは飽きることなく、鼠色に煙る四国の山野を眺めていた。 


 ◆お仕事中

「犬はエサをくれる人より、散歩に連れて行ってくれる人になつく」

 と、患者さんから聞いた。


 なるほど、外出を楽しみにしているようだった。

「これがボクの仕事だ」

 とばかりに、わき目も振らず歩く。

 散歩中の仔犬に吠えられても無視している。エヴァンは私と一体。動物の鳴き声など耳に入らなくなっている。


 盲導犬の歩行速度は速い。それまでは白杖を突き、一歩一歩確かめながら歩いていた。なんとはなく前は見えた。なまじ、見えるものだから、エヴァンとの歩行は最初、怖かった。腰が引けた。 


 ◆もういいかい

 思えば、この期間中、私は忘れられない体験を積んでいた。


 食事の時間になると、エヴァンはソワソワし始める。

 いつものように、食器にドッグフードと水を入れ、前に置く。

 エヴァンは私を見上げる。なんの混じり気もない、澄んだ瞳だった。


「ステイ(待て)」

 命令を出す。すがるような目つきになってきた。

「ステイ」

 息を詰めて、エヴァンに見入る。


 ここまでが限界だった。

 三度目のコマンド(命令)をよそに、エヴァンは食器に首を突っ込んだ。

 散歩もさることながら、食事は至福の時間に違いない。 


 ◆執筆動機

 最近、視覚障害がさらに進んだ。屋外は真っ白の世界だ。しかし、移動は快適だ。エヴァンに身を任せていればいいのだから。

 ただ、あの瞳が見えなくなったのは、正直いって寂しい。


 記憶が薄れないうちに、エッセーを書くことを思い立った。

 どうせなら、写真も撮っておきたい。スマホを覗くと、エヴァンが顔を近づけてきた。果たして、エヴァンの目をしっかり捉えているかどうか。

https://kakuyomu.jp/users/mk1624/news/16818093090089688205

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