第3話 ティータイムを堪能している場合ではないのだけど
フレデリク王による廃太子宣言の翌日、セシルたち生徒会役員は生徒会室に集まっていた。
この王立高等魔法学園の生徒会は、未来の王、つまりエルンストに仕える者たちを選抜したエリート集団だ。
学園をまとめ、生徒たちを導く務めにある、と言われている。
前世のセシルはそこまで生徒会に権力がある学校に通ったことはないので正直もろもろが疑問だが、この物語世界では学園の生徒のほとんどが貴族であり魔法使いなので、そういう学園内政治みたいなものがあるのだろう。
細かいところは作者が書いていない以上読者が勝手に考察して脳内補完すべきであり、前世のセシルは小説を読んでもふーんおもしろいなーくらいの感想しか出てこないタイプの読者だったので、たぶん一生このままである。小説を読むのは好きだが、読書感想文は嫌いだ。
ともかく、ふくすべの生徒会は現在会長のエルンストを筆頭に、王太子付き護衛騎士団長のマテオ、王立魔術研究機関が支援する奨学生魔術師にして六年生の首席のローレンツ、五年生の首席で宰相である伯爵の跡取り息子のセシルの男四人と、聖女アリス、そして公爵令嬢にして王族の一員でもあるヴァルトラウトの女二人、合計六人である。
ちなみに全員公式美形設定である。顔面偏差値としては一位がエルンストだが、他は読者にお任せである。
ともかくセシルは緑の髪に赤い瞳の十七歳の美少年とも美青年ともいえる外見なのは付記しておく。
もはやカラーバリエーションでしか外見設定をおぼえられない。
ここはもうちょっとどうにかならなかったのかと思うが、いまさら突っ込んでもしょうがない。貴族キャラはみんな美形なのが世の常だ。まあ、世界史でもオスマン帝国とかだとスルタンが美女とばかり子作りするので子供は美形になる可能性が高いというし。
ローレンツが深く深く溜息をついた。長い黒髪に紫色の瞳の青年である。さらさらの黒髪はつやつやで、白い肌もすべすべで、睫毛が長く、女性ホルモンが多そうな容姿である。
「それで? 殿下。この先どうなさるおつもりですか」
言葉尻こそ丁寧だが、声のトーンにどことなく彼の慇懃無礼な性格が見え隠れしている。
「いまさらアリスに淑女教育を強要するなんて。だから彼女には庶民の世界でのびのびさせてやるべきだったんだ」
ローレンツがそう言うのは、彼が魔術師として魔法の腕を見込まれて卒業後の爵位を約束されている一代貴族だからで、もともとは平民だったからだ。ようはエルンストの妃になるアリスが可哀想で自分こそ彼女の夫に適していると言いたいのである。
マテオが口を開いた。
「そうは言ってもアリスは伯爵家の養女になってすでに三年」
マテオは赤い短髪に筋肉質の青年で彼も六年生である。小さい頃からエルンストに仕えていて忠誠を誓っているためか、エルンストに対してだけは丁寧な態度を取る。
「この三年で必要なことが身につかなかったとは、とんだじゃじゃ馬だな。まあ、そういうところがアリスの可愛いところなんだが。ここで裏目に出てしまったな」
細かい台詞はおぼえていないが、作中の流れだと次に口を開くのはたぶんセシルだ。なぜならアリスはセシルの義妹なので、アリスが伯爵家でちゃんとした教育を受けていなかったことを指摘されたら反論すべきだし、その上でアリスを籠の鳥にするわけにはいかなかったとかなんとか言うべきである。
しかし、今のセシルは考え込んでしまった。
ローレンツの言うとおり、アリスは国の中枢に中途半端に食い込まないほうが本人も周りも丸く収まるし、マテオの言うとおり、三年間で何をやっていたんだ、という文句もつけたくなる。
聖女は治癒魔法と浄化魔法が使えて、辺境の地で魔獣と戦う騎士たちを鼓舞するのが本来の役目である。貴族の地位があったほうがいいだろうという政治的な都合でセシルの妹になったが、もともとの役割を考えたらどっちでもよかった。
可哀想ではある。貧しい平民に生まれ育った彼女が、自分の可愛さと魔法を使えばのし上がれると思った、その気持ちは想像できるのだ。
現代日本で育った前世のセシルは、身分制度などくそくらえだと思っている。だから王子だの伯爵だのというのは馬鹿らしいように感じる。元平民のアリスにも平等に機会を与えてほしい。
でもだからといって無礼な振る舞いをしても許されるわけではない。
奥の生徒会長の椅子に座ったエルンストが、険しい顔をして何か考え込んでいる。
現代日本の常識で言えば、あんまり考えすぎなくてもいいよ、無理して家業を継がなくてもいいし、王族だからといって政略結婚のような人権侵害を受け入れるなんて、などと言ってあげたいところだ。
だが、オルファリア王国に暮らすセシルとしては、生まれつきのリーダーとしてちやほやされてきたんだから、とか、税金で暮らしてるんだろ、とかと思ってしまうので、なんとかしてほしい。
ドアが開く音がした。そちらを見ると、ひとりの少女がワゴンを押して部屋の中に入ってきたところだった。
「皆さん、そんな怖い顔はなさらないで」
鈴を振ったような声が聞こえてきた。渦中の人、アリスである。
「お茶を淹れましたので、休憩しましょ!」
お前のせいで悩んでるんだぞ、と言いたいのを呑み込んで、セシルは「ありがとう」と微笑んだ。ここで急に厳しい態度を取ると怪しまれる気がしたのだ。なにせふくすべのセシルはアリスを溺愛していて、アリスがすることは全肯定だった。
ティーカップの配膳を手伝うために、立ち上がろうとする。
そんなセシルを、アリスがにこにこと微笑んだまま止める。
「全部わたしがやるからいいわ。わたしが持ってきたんだもの、責任をもって最後までやらせていただきます」
「そ……そう?」
まずこの空気感でティータイムをしようという胆力にびっくりするが、止める理由もない。特にエルンストなどは水分が足りなさそうなので、お茶を飲むのも悪くないか。
全員にハーブティーのようなお茶が行き渡った。
「では、しばし休憩ということで」
男性陣が、お茶に口をつけた。
セシルも、ティーカップの
そこでふと、違和感に気づいた。
お茶から魔法の力を感じる。
セシルは地属性の魔法が使えるので、植物を操ることが可能だ。植物がまとう微力なエネルギーを感じ取ることもできる。
このお茶、何か変だ。
だが、今までのセシルだったら、何も気にせずに飲んだだろう。
「皆さんの疲れが癒えるように、お砂糖の代わりに聖女の魔力を込めました」
そう言うアリスを信頼して――むしろその癒やしの力を肯定して、喜んで飲み干しただろう。
しかし、今のセシルは知っている。
その魔力は惚れ薬と同じ効果を持つ、魅了の魔法の
魔獣をテイムするために使うべき能力だが、彼女はそれを人間相手に使っている。
まずい。
彼女は男性陣に魅了の魔法をかけようとしている。
フレデリク王の言葉に疑問を持ちそうになっている男性陣に魔法をかけて、忘れさせて、自分の味方をさせようとしているのだ。
ふくすべでは、そういう設定になっている。
セシルは飲むのをやめた。
これ以上アリスに好き放題させてはいけない。
「――ティータイムには」
ずっと黙っていたヴァルトラウトが、口を開いた。
「おやつも必要よ」
はっと気づいて彼女のほうを見ると、彼女は宙に手の平サイズの亜空間に通じる穴を開いていた。これは彼女が王族として使える万能魔法で、どこの属性にも分類できない。
彼女はその穴からトングを取り出した。
そして、トングで穴の中にあったスコーンと皿、ナフキンを取り出した。
「紅茶の茶葉を細かく砕いてまぶした生地を練り上げて焼いたものだそうですわ。王都で今流行りのパティシエが焼いたものです」
スコーンからいい匂いがした。小麦粉の香ばしい匂いだけではない。ヴァルトラウトの魔法の匂いだ。王族の流れを汲む彼女は四大属性のすべてを扱えるので、きっと地属性の魔法を使って特別な茶葉を生み出したのだろう。
「どうぞ、召し上がって」
彼女が差し出した皿を、エルンスト、ローレンツ、マテオは、冷ややかな目で見た。
「君が用意したスコーンか」
エルンストがぽつりと呟いた。
「私はいいな」
「俺もいらない」
マテオが断言して、また、例のお茶を飲んだ。
「僕も」
ローレンツもそう言って、払い除けるような仕草をした。
悪役令嬢は、嫌われている。
アリスの顔を見た。
拒まれたヴァルトラウトのスコーンを見つめて、邪悪な顔で笑っていた。
うわあ。
セシルは思い切った。
「僕はいただこうかな」
ヴァルトラウトのスコーンに、手を伸ばす。
「ちょうど小腹が空いていたところなんだ。陛下の前に出て緊張したせいかお昼ご飯も喉を通らなかったし、ありがたいよ」
声が震えそうになるのを必死に我慢する。
ヴァルトラウトは驚いた顔をしていた。まさかセシルがこういう対応をするとは思っていなかったのだろう。つっかえながら「ど、どうぞ」と言って皿を差し出してきた。
スコーンをかじる。
甘くて、香ばしくて、茶葉の分ほんの少しだけ苦みがある。
ふつうにおいしい。
それに、自分の中で何かが冷めていくのを感じた。きっと今までの三年間で強固にかけられていたアリスの魅了魔法が解けていく感覚だろう。ヴァルトラウトは地属性の魔法を使って解毒薬を編み出した。これも原作どおりだ。
みんなが唖然とした目でセシルを見ている。セシルは攻略対象四人の中で一番過激なアリスの信望者だったから当然だ。
でも、これから先は、アリスの好きにさせてはいけない。
アリスを守るためには、アリスを正しく導かないとならない。
「ごちそうさま」
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