第十八話 若宮大路御所
―天幻丸の攪乱作戦―
楠木正成は、新田義貞からもたらされた情報を受け、足利尊氏が幕府の命を受けて出陣しようとしている事実に重い決断を迫られていた。
もし、尊氏が畿内に攻め込んでくれば、楠木軍との直接対決は避けられず、全国が戦乱の渦に巻き込まれるだろう。
正成は新田義貞の居城を去ると、すぐに天幻丸、夜叉丸、隼、疾風、鈴音を呼び寄せた。
彼らが集まると、正成は眉をひそめながら言った。
「今回の幕府高官が集まる評議は、何としても阻止しなければならない。良い方法はないか?」
忍たちは静かに考え込んだ。
重い沈黙が場を包む中、天幻丸が口を開いた。
「荒手の方法にはなりますが、
正成は天幻丸を見つめながら、
「攪乱術? 派手にやるつもりか」
と、天幻丸に尋ねた。
「鎌倉の若宮大路御所に潜入し、政所で管理されている軍事に関する文書を全て焼き払います。そして同時に、将軍・守邦親王の寝所に潜入し、彼に、もし朝廷に対する干渉や攻撃を続けるなら、『命の保証はできない』と警告するのです。これで驚いた守邦親王は、しばらく評議に出席できなくなるはずです。多少の時間は稼げます」
正成はその提案に、表情を曇らせ、一瞬考え込んだが、すぐに決断した。
「確かに今はそれしかない。危険な作戦だが、この状況では選択肢は限られてくる。天幻丸、その戦略で鎌倉幕府に潜入し、評議を阻止してくれ」
天幻丸は一礼した。
「お任せください」
しかし、正成は続けた。
「一つ懸念がある。今、若宮大路御所は非常に厳重な警戒態勢を敷いている。天幻丸一人で行動することは、危険すぎる。夜叉丸、隼、疾風、鈴音も同行してもらいたい。彼らの助けがあれば成功の可能性も高まるだろう」
「仰せの通り」
夜叉丸は、静かに答え、
その後、隼が口を挟んだ。
「了解しました。天幻丸と共に、全力で任務を遂行します。」
疾風も同意し、
「警戒をかいくぐるのは得意技です。御所の警護を混乱させる手はずを整えます」
と、力強く言った。
鈴音も微笑みながら言葉を添えた。
「私も参ります。密かに潜入し必ずやこの厳しい状況を逆転いたします」
正成は彼らに向けて頷いた。
「皆、頼んだぞ。この作戦の成功にかかっている」
四人は鎌倉の若宮大路御所への潜入作戦の準備を整えていた。
そして、彼らはそれぞれの役割を確認し合い、静かに夜の闇へと消えていった。
若宮大路御所が彼らの足音を感じ取る前に攪乱作戦が始まろうとしていた。
作戦の前夜、四人は静かな山中の一軒家に集まり、詳細な計画を再確認していた。
卓上に広げられた幕府御所の見取り図を前に、天幻丸は冷静に説明を始めた。
「まず、鈴音、お前が遊女に変装して御所に潜入する。幕府の目を欺き、政所に火を放って混乱を引き起こす。混乱が起きたら、俺たち四人が裏口から侵入し、守邦親王の寝所に向かう」
鈴音は黙って頷き、任務の重さを感じながらその眼には決意が宿っていた。
「火を放ったら、速やかに脱出しろ。お前の身に危険が及んだ場合、俺がすぐに救出に向かう。安心して任務を遂行してくれ」
天幻丸は、鈴音に対してそう告げた。
続いて、隼が作戦の中盤について口を開いた。
「俺と疾風、夜叉丸は、鈴音が火を放った後に裏口から侵入する。城壁の警備が手薄な部分を探っておいたから、そこから入り込む。守邦親王の寝所はこの位置にある。彼が寝ている間に動きを封じ、交渉に持ち込む」
疾風も静かに頷き、全体の流れを確認した。
彼の役目は迅速かつ冷静に敵を排除し、騒ぎが広がらないようにすることだった。
「見張りが来たら、疾風、お前が対応してくれ。俺が親王を抑える、余計な騒ぎを起こさないように気をつけてくれ」
隼が低い声で確認をした。
作戦の全貌が固まったところで、天幻丸が最後の確認をする。
「この作戦、成功の鍵は速さと静かさだ。一瞬でも躊躇すれば、すべてが水の泡だ。だが我々が成功すれば、幕府に大きな一撃を与えられる。皆、準備はいいか?」
「はい、準備万端です」
鈴音が静かに答え、
夜叉丸と隼、疾風も深く頷いた。
五人は、それぞれの役割をしっかりと胸に刻みつけ、成功への決意を新たにした。
夜が深まる頃、ついに作戦決行の時が訪れた。
天幻丸、夜叉丸、隼、疾風、そして遊女に変装した鈴音は、若宮大路御所へ向かっていた。
御所に近づくと、鈴音は先に進み、残りの三人は離れた位置から様子を見守った。
鈴音の変装は完璧で、遊女として裏手の秘密の出入口から無事に御所に潜入することに成功した。
「うまくいっているようだな」
天幻丸が低く呟き、隼、疾風、夜叉丸も目を細めて鈴音の動きを追った。
鈴音は、御所内を静かに歩き、足音を忍ばせながら政所へと向かう。
周囲は静寂に包まれており、兵士たちの巡回も疎らで、警備が手薄になっているのを感じ取った。
政所に到着すると、彼女は慎重に中を確認し、誰もいないことを確かめ、軍事文書の並ぶ書棚に火を放った。
火はすぐに燃え広がり、鈴音は迅速にその場を離れ、再び裏手の出入口から御所の外に出た。天幻丸が彼女の無事を確認し、次の動きに移った。
「よし、行くぞ」
天幻丸が指示を出すと夜叉丸、隼と疾風は彼に続き、壁を越えて御所に侵入した。
四人は、すぐに守邦親王の居宅へと向かった。
警備は鈴音が放った火ので混乱しており、四人の進行は非常にスムーズだった。
彼らは素早く親王の寝所に到着し、彼を取り囲んだ。
「親王様、静かにしていただきたい」
隼が親王の口元に布を当て、声を出させないようにした。
夜叉丸、疾風と天幻丸が刀を構え、守邦親王に鋭い刃を見せつけた。
「あなたが今後、朝廷への介入や攻撃を行うなら命の保証はできない……」
天幻丸が冷静な声で伝えた。
守邦親王は、その場の緊迫した空気を感じ取り怯えた眼差しで天幻丸と隼、夜叉丸を見つめた。
そしてその視線で降伏の意思を示し、朝廷への攻撃はしないという約束の姿勢を示した。
その瞬間、見張りが入ってくる音が聞こえた。
すかさず疾風が後頭部の急所を攻撃し、見張りはその場で気を失った。
「よし、もう十分だ」
天幻丸が言い、四人は速やかに撤退を開始した。
御所の外に出ると、鈴音が放った火が政所の一部を燃やしていた。
その光景を背に、四人は一糸乱れぬ動きで闇の中を駆け抜け、無事に若宮大路御所からの脱出を果たした。
火は徐々に広がり、幕府の内部は混乱に陥っていたが、五人の姿はすでにどこにも見当たらなかった。
天幻丸、夜叉丸、隼、疾風、鈴音は、その場を離れながら静かに息を整えた。
作戦は成功した。
幕府に大きな打撃を与えたことを感じながら、彼らはさらに次なる計画を遂行していく宿命を覚悟していた。
天幻丸、鈴音、隼、疾風、夜叉丸が敢行した鎌倉幕府への攪乱作戦は、驚くほどの成功を収めた。
若宮大路御所の一部を炎に包み、さらに征夷大将軍・守邦親王に脅しをかけたことで幕府内は大混乱に陥った。
守邦親王は恐怖のあまり、評定への出席を拒み続け幕府の動きが一時停止した。
しかし、この事実を知った執権、北条高時は激怒した。
「幕府の御所に火をつけ将軍を脅すとは、何事だ!楠木正成の仕業に違いない。絶対に許さん!総力を挙げて楠木軍を討つぞ!」と、声を荒げる彼の怒りは、御所の中に響き渡った。
―足利尊氏の真意―
一方、楠木正成は河内に戻る前に、新田義貞と再び会談の機会を設け、攪乱作戦の報告をしていた。正成は、冷静な声で切り出した。
「攪乱作戦は一定の成功を収めたようだ。守邦親王は恐怖で評定にも顔を出せない。これで足利尊氏の出陣はしばらく延期されるだろう。しかし、義貞殿、尊氏の本音はどうなのか?真意を聞きたい」
新田義貞は、少し考え込んでから静かに答えた。
「正直、尊氏の真意は俺にもはっきりしない。彼は、朝廷側に寝返るつもりはないと言っている。ただ必要な情報は全て尊氏に伝えてある。もし尊氏が何か決断をする時が来れば、必ず俺に知らせてくる。清和源氏としての礼節を守る人物だからな」
正成は黙って頷きながら、義貞の言葉に耳を傾けていた。
義貞はさらに続けた。
「尊氏公は察しが鋭い。俺と正成殿が接触していることも、勘付いているようだ。それだけ尊氏が楠木正成公の動きを意識しているということだ。逆に言えば、正成殿の言動が、尊氏の決断に影響を与える可能性もあるということだ」
正成はそれを聞くと、静かに礼を述べた。
「義貞殿、重要な情報を感謝します。私はこれから河内に戻り次の戦いに備えます。だが天幻丸は東国に留め、諜報活動を続けさせるつもりです。もし新田殿に何かあれば、天幻丸が全面的に力となります。何なりとお申し付けいただきたい」
義貞は軽く頷き、微笑んだ。
「それは心強い。お互い決戦の時が近づいている」
正成はその言葉に応じ静かに立ち上がると、義貞に深く礼をし、河内の国へと戻っていった。
彼の心には、北条高時との最終決戦に向けての覚悟がますます強まっていた。
―伯耆の国、名和長年との協力―
「あやめ、あそこに幕府の監視兵がいるようだ」
「毛利様、こちらにお任せください。私が彼らの注意を逸らします。その間にお進みください」
あやめは静かに森の中に消え、数分後、彼女が戻ってきた時、監視兵たちはその場から立ち去っていた。
「見事だ、あやめ。これで先を急げる」
「ですが、油断は禁物です。今後も注意を怠らず進みましょう」
正成が新田義貞を通じて東国の諜報をしていた頃、毛利時親とあやめは、赤松円心のもとを出発し、伯耆の国へと急いでいた。
夜の闇の中、二人は、幕府の監視の目を避けつつ進んだ。
あやめはその敏捷な動きと優れた感覚で、敵の気配を察知し、時親を危険から守っていた。
数日後、時親は伯耆の国へと到着した。名和長年の居城は海を見下ろす絶好の位置にあり、その堅牢な城はかつての海賊の威厳を今に伝えていた。
名和は、時親の訪問を喜び、すぐに面会の場を設けた。
「毛利殿、久方ぶりですな」
と、名和は微笑みながら迎え入れた。
「本日は、いかなるご用件で、この遠方までお越しになられたのか」
時親は深く礼をし、名和に目を向けた。
「名和殿、天皇が隠岐島に幽閉されていることをご存知でしょう。このたびは貴殿のその御力をお借りし、天皇を救い出し、朝廷の権威を取り戻したいと考えています」
「名和殿の助力があれば、必ずやこの困難な任務を成し遂げることができると確信しております」
名和は時親の言葉に耳を傾け、しばらくの間、静かに考え込んだ。
短い時間ではあったが、幕府を敵にする危険と、天皇を救出することにより得られる利益、2つの相反する選択肢が、彼の頭の中で分析されていた。
彼の眼光は鋭く、かつての海賊としての冷徹な判断力が光っていた。
―名和は天性の勘で、朝廷が勝てると判断し、自分の全てをかけることにした。
「天皇救出のためならば、私も命を懸けよう」
と名和は静かに口を開いた。
「我が一族の力、この海を知り尽くした者たちの技をもって大義に尽力しよう」
「ただし事が事です。今すぐとはいきません。計画を作成功させるために船団を整えなければなりません。多少の準備の時間をいただます」
こうして、名和長年とその一族が、正成と時親の計画に加わることとなった。
彼らは、天皇救出のための具体的な作戦を練り上げ、海を渡るための準備を進めていった。
名和一族の持つ海上戦術と、時親の知略が結集し、彼らの計画は徐々に具体的な形を帯びていく。
まずは、隠岐島への潜入経路を確保し、天皇を無事に救出する。
この計画が成功すれば、日本の歴史に新たな光が差し込むだろう。
彼らの胸には、天皇を救い出し、この国を新たな時代へと導く大義が強く燃え上がっていた。
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