第12章 決断

第二十四話 流鏑馬

―鎌倉幕府の滅亡―


 千早城籠城戦は、正成の圧倒的な知略と戦術によって、幕府軍を撤退に追い込む形で幕を閉じた。

 正成の名は、この戦いを通じて全国に知れ渡ることとなり、彼の戦略は後の戦いにも大きな影響を与えていくことになる。

 そしてこの勝利が、日本全土での反幕府勢力の台頭に拍車をかけ、やがて鎌倉幕府崩壊への大きな一歩となるのであった。


 その頃、新田義貞は、手にした書状を見つめていた。

 足利尊氏から送られた「遠交近攻えんこうきんこう」の戦略を記した一文が、彼の心に重くのしかかっていた。

 武家社会に生まれ育った彼は、忠義と名誉を守りながらも幕府の圧政の現実に直面していた。

 そしてその重圧に苦しむ民の姿が日々彼の心を痛めていた。


 義貞はふと庭に目を向けた。新田荘の領地に広がる田畑は、豊かに見えたが、実際には重税に苦しむ農民たちが汗水を流していた。


「これ以上、彼らに苦しみを強いることはできない」

 と、彼は心の中で思った。

 思い出されるのは、忠義心で尽くしてきた幕府への不信感と、正成の奮戦が彼に投げかけた強烈な影響だった。

 正成が命を賭けて戦う姿に、義貞の心は揺さぶられていた。


 その夜、義貞はひとりで深く考え込んでいた。

 彼の胸の内では、正成のように幕府に立ち向かうべきか、あるいは現状に甘んじて民の犠牲を見過ごすべきか、葛藤が続いていた。

 やはり朝廷へ寝返る最後の決断は、極めて重い。


 しかし、義貞の心の中に灯された反逆の火は、日に日に大きくなっていた。

 ついに、義貞は決断した。

 彼は静かに立ち上がり、重く響く足音を立てながら「」に手を伸ばした。


 翌朝、義貞は家臣たちを前に進み出た。

 集まった家臣たちは、義貞の表情から何か重大な決意が固めたことを感じ取った。


「これ以上、幕府に従うわけにはいかぬ。我が新田荘を守り民を救うためには、鎌倉を討たねばならぬ」

 義貞の声は静かだったが、決意に満ちていた。


 その言葉が響くと、家臣たちの間には一瞬の静寂が訪れた。

 皆がその重みを理解し、心の中で覚悟を決めていく。

 義貞の元には、幕府の圧政に耐えきれない人々が次々と集まってきた。

 彼らはすでに義貞と同じ心情を共有していたのである。


 義貞の軍勢は、新田荘から鎌倉へ向かって進軍を開始した。

 だが、その始まりは小さかった。義貞に従う兵はわずか150の兵。


 しかし、その数に恐れを抱くことはなかった。

 彼は信じていた。義を持って戦う者には、必ずや正義の風が吹くと。

 そして、その風はすぐに現実となった。

 越後から2000の兵、甲斐や信濃からは5000の兵が集まり、足利尊氏の嫡男「千寿王せんじゅおう」との合流により、新田・足利の連合軍は力を増していった。


 各地の武士たちは、その義貞の決意に感化され次々と彼の軍門に加わっていった。

最終的に、20万にも膨れ上がる大軍が鎌倉を目指して進軍したのだ。

 

 義貞は馬上から遠くを見つめた。

 鎌倉は目の前だ。戦略的に鎌倉を直接攻めるのは大胆であり、リスクも大きいことは理解していた。

 だが、彼はその賭けに勝つ以外に道はないと知っていた。鎌倉を討ち、幕府の心臓部を突けば、長年の圧政に苦しんできた民も、武士たちも自由になれる。


「これは一か八かの賭けだ。しかし、我らには後退する道などない」

 義貞は心の中で自らにそう言い聞かせた。


 鎌倉へ向けた彼の視線は、もはや迷いを含んでいなかった。その目に映るのは、自らの民と領地の未来、そして、正義を取り戻すための戦いへの覚悟だった。

 彼は静かに馬を進め、再び前進を命じた。

 彼らの行く先には、歴史を変える大きな戦いが待っていた。

 新田義貞が鎌倉を攻める決意を固めた頃、天幻丸が義貞の前に進み出た。


 天幻丸は、義貞に対し潮の満ち引きを利用した海上からの攻撃策を献策した。

 幕府軍の防御が固い稲村ヶ崎を突破するためには、自然の流れを利用するしかないと考えた。

「義貞様、鎌倉は海と山に囲まれ、幕府の守りは極めて強固です。しかし、潮が引く時を狙えば、海岸から敵陣に突入できる隙が生まれます。幕府はこの策を予想していないはず。これが唯一の勝機です」


 義貞は天幻丸の献策を聞き、しばし考え込んだ。

 海を利用した攻撃はリスクも高いが、その奇襲効果は計り知れない。

 義貞は決断した。天幻丸の戦術に賭けることにしたのだ。

「よし、天幻丸。この策をもって幕府を討つ。我らの未来はこの潮に託された。先頭に立って皆を導いてくれ」



―戦の神降臨 ―



 天幻丸はその命を受け、先陣を切る覚悟を固めた。

 彼の胸には熱い使命感が渦巻いていた。

 潮の満ち引きを見極め正確に計算されたタイミングで攻撃を仕掛けることが、戦局を左右する鍵となるのだ。

 天幻丸は、自ら兵を率いて、稲村ヶ崎の海岸に立った。

 潮が引き、海面が浅くなる瞬間を待つ。


 ついにその時が来た。天幻丸は鋭く声を上げた。

「今だ。海が我らを導いている、突撃せよ」

 彼は先頭に立ち、兵たちを海岸から幕府軍の守備に向かって突入させた。

 義貞の勇ましい声が響き渡り、軍の士気は一気に高まる。


 義貞の冷静な判断と勇敢な行動が、全軍の心を鼓舞していた。

 潮が引いた海原を疾風のごとく馬で駆け抜ける義貞のその姿は、戦の神が降臨したかのようだった。


 新田義貞は、馬上から敵陣を見渡した。

 彼は流鏑馬やぶさめの名手であり、その技量は誰もが認めるところであった。

 義貞の馬が、海岸を力強く駆ける。

                             

 彼の身には白い潮が舞い上がりまるで天の羽衣がまとわりつくかのようであった。

 彼の弓は、次々と矢を放ち、そのすべてが的を外すことなく敵兵を貫いていく。

 馬上の彼の姿は神々しく、まるで古の神弓の伝説を再現するかのようであった。


 敵軍は義貞が放つ矢の雨に怯み、混乱を引き起こした。

「義貞様、なんという腕前か」

 と兵たちは息を呑んでその姿を見つめた。


 義貞は冷静さを失うことなく、次々と矢を放ち、敵を倒していった。

 その一射一射が、まるで彼自身が運命を切り拓いているかのように感じられた。

 彼が引き絞る弓の音が、戦場全体に響き渡り、その音は戦慄となった。

 義貞の視線は常に前を見据え、一瞬の隙も見逃さなかった。

 天幻丸もまた、刀を手に敵陣を斬り裂いていた。

 彼の動きは疾風のごとく、敵の防御をものともせず次々と敵兵を討ち取っていく。


 天幻丸が先頭に立ち、義貞と共に奮闘することで義貞軍の士気は高まった。

 波打つ海を背に、幕府軍は次第に追い詰められていった。


「義貞様、この矢が決めの一手です」

 天幻丸は義貞に叫んだ。


 義貞は彼の言葉に頷き、さらに馬を走らせた。

 彼の弓は再び引かれ、放たれた矢は遠くの敵将を正確に射抜いた。

 その瞬間、幕府軍の指揮系統は崩壊し、守備は次々と崩れていった。


 稲村ヶ崎を突破した義貞軍は、その勢いのままに鎌倉へと突入した。

 鎌倉の街中では、幕府の将たちが必死に防戦したが、義貞と天幻丸が先頭に立った軍勢の勢いを止めることはできなかった。


 義貞の軍は幕府の要職にあった者たちを捕らえ、幕府の中枢を完全に壊滅させた。  

 この奇襲の成功には、天幻丸の果敢な戦いと義貞の神業的な流鏑馬の技があった。

 

 幕府の守備隊は崩壊し、ついに鎌倉は陥落した。

 長年にわたり日本を支配してきた幕府の崩壊は、新田義貞と天幻丸の奮闘によって決定的なものとなり、歴史は新たな時代を迎えたのである。

 

 この戦いが終わった後、天幻丸は、新田義貞に功績を認められ、相模国、足柄下郡の一部を所領として与えられた。

 以降、忍、風魔一族は、この地域を治めていく地位を得た。

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