第四話 京の都

―京の都―

 

 あやめが付け加えた通り、正成、あやめを含めた服部家一族13名は、京の都での潜入活動の役目を引き受けていた。依頼主は、鎌倉幕府、有力御家人の足利貞氏あしかがさだうじ

 後に誕生する室町幕府の初代征夷大将軍、足利尊氏の父である。

 そのため服部一族は、数日前から、忍が2、3名づづ順次、京に向けて出発をはじめていた。


 今回、服部家に下された指令は、京で行われる評議の安全を確保することだった。  

 現在の第93代後伏見天皇が譲位を決め、新たな天皇を選出するための重要な評議が控えている。

 この評議には鎌倉幕府の要人たちが出席することになっており、そのため周辺地域で不穏な動きがあれば即座に対処するのが、服部家の役目だった。 


 しかし、この評議は単なる皇位継承を話し合う場ではなかった。

 そこには、複雑に絡み合った天皇家の分裂と、権力を巡る激しい争いが影を落としていた。

 

 天皇家の内紛は、88代後嵯峨天皇の崩御後に始まった。

 後嵯峨天皇の以降、天皇家は大きく二つの派閥に分裂した。

 ひとつは大覚寺統だいかくじとう、もうひとつは持明院統じみょういんとうである。

 この分裂は、天皇家の血統が二つに分かれ、それぞれが皇位を巡り激しく対立する時代を招いた。

 やがて、鎌倉幕府は両派の対立を沈静化させるために、両統迭立りょうとうてつりつという制度を導入し、両派がほぼ十年ごとに交互に皇位を継承することが決められた。


 だが、この制度は表向きの平和を保つためのものでしかなかった。

 実際には、天皇の座を巡る争いは続き、次第にその火種は幕府内や武将、さらには忍たちにまで波及していった。


 特に問題となったのが、伏見天皇と後伏見天皇が共に、持明院統から続けて即位したことだった。

 本来であれば、大覚寺統が交代で皇位を継承するはずだったが、持明院統の勢力が強く、二代続けての即位を許してしまった。 

 この事態により、大覚寺統の不満は爆発寸前だった。


「二度も我らが皇位に就けないなど、幕府は我らを見限ったのか……」

 大覚寺統派の武将たちは、そう憤りを隠さなかった。


 そのため、京の都では次の皇位継承を巡って、水面下で激しい動きが展開されていた。特に大覚寺統派の武将たちや忍たちは、持明院統の動きを警戒し、あらゆる手段を使って権力の奪還を狙っていた。

 評議が開かれる京の街では、不穏な影が差し始め、敵味方が入り乱れ、争いの予感が漂っていた。

 

 服部家にとって、この評議は単なる諜報活動以上の意味を持っていた。

 京の周辺では、すでに武装した者たちが暗躍し、何か一つのきっかけで戦乱が勃発する危険性があった。

 先行して入京したいる服部家の忍たちは、気配を殺し、京の闇に紛れながら密かに動き始めていた。

 

   *


 次の日、楠木正成は、服部景盛の三男、雷蔵らいぞうとともに京へ出発した。

 秋の風が肌を撫で、色づいた紅葉が山々を彩っていた。

 二人の足音は静かに、しかし力強く、山道を踏みしめていた。

 

 正成は、雷蔵の無口さに気を取られることもなく、時折空を仰ぎ見ながら考え込んでいた。

 京の都へと向かうこの道は、彼にとって人生の転機となることを予感させていた。


「正成様、あと半日もすれば京の都に到着します」

 雷蔵が低い声で話しかけた。


「そうか……京の都とはどんな場所なのだろうな」

 正成は感慨深げに答えた。


 彼はこれまで一度も都に足を踏み入れたことがなかった。

 豪族としての地位はあっても、中央政治の中心地である京の都には、遥か遠い存在に感じていたのだ。


「賑やかで美しいと聞いています。しかし今は、敵味方が入り乱れていて決して平和な場所ではありません」

 雷蔵の言葉に緊張が走った。


 確かに、都では皇位継承を巡る争いが激化している。 

 持明院統と大覚寺統、さらに鎌倉幕府と地方豪族との対立が深まり、都は一触即発の状態だった。

 しばらく二人の間には、沈黙が流れていたが、


「ところで……」

 雷蔵がふと口を開き、意を決したかのように静かに尋ねた。


 「正成様、姉のあやめ殿と、随分と親しいご様子ですが、何か深い意味でもあるのでしょうか?」


 唐突な質問に正成の表情が一瞬だけ強張ったが、すぐに冷静を装って問い返した。

 「何、姉だと? それはどういうことだ? 俺は初耳だ」


 雷蔵は唇の端をわずかに上げ、いたずらっぽい微笑を浮かべた。

「正成様、もしかしてご存じないのですか。あやめは、服部景盛の長女です。正成様が密かに、姉とお会いになっていること、お父上も既にお気づきのようです」

「もちろん微妙な目で見守っておられるご様子ですが、お二人の仲については、黙認しているように思えます」

 

 雷蔵の言葉に正成の心は、大いに揺れ動いたが、なんとか動揺を押し殺し、冷静な声を装った。

「俺と彼女の間には全く何もない。だから師匠のお許しをということは何もない」


 だが、正成が無表情を保とうとするその様子を見て雷蔵は何かを悟ったのか、さらなる興味をかき立てられたような笑みを浮かべていた。


  *


 しばらくして、正成と雷蔵は、無事に京の都に到着した。

 目の前に広がる光景に二人は息を飲んだ。

 京の都は、壮麗な御所を中心に、絢爛たる建物や庭園が広がり、洗練された文化が息づいていた。

 だが、その美しさの中には不穏な空気が漂っていた。

 街路には武士たちが歩き回り、刀を手にして常に警戒している。

 門前には厳しい顔つきをした兵士たちが、鋭い眼差しで通行人を見張っている。

 市中では、戦に備えるように武具を売る商人たちが賑わい、民は怯えるようにその様子を見つめていた。


 正成は、この混乱した光景に驚きながらも、同時に強い憧れを抱いた。

 彼の目に映るのは、中央政治の権力者たちだった。

 華やかな装束をまとった朝廷の役人たちは、御所の前で牛車に乗り込んだり、武家の有力守護大名たちと話し合いをしていた。

 これまで自らの住む地方では見ることのなかった高貴な姿に正成は胸を躍らせた。

 

 その中で、特に正成の目を引いたのは、幕府の執権・北条貞時と若き日の足利尊氏だった。

 尊氏は、まだ青年でありながら、その背中には不思議な威厳があった。

 彼は馬に乗り、堂々とした姿で周囲を見渡していた。

 正成は、尊氏の姿を見て「自分もいつか、このような立場に」

 と心の中で問いかけた。


 諜報活動を終えたその日の夕刻、正成は短い時間を使って、京の街を散策することにした。


 彼は市中を歩き回り、見知らぬ都の雰囲気を堪能していた。

 その途中、偶然にも彼の前に現れたのは、服部一族のあやめだった。

 彼女もまた、京の都での潜入活動の一環として、情報収集に当たっていた。


 夕暮れの淡い光が、竹林に光を放ちその葉先を輝かせ、鳥のさえずりが響く。

 細い小道に佇む女性の影に気づき、正成は足を止めた。

 そこに立っていたのは、見慣れた姿――あやめであった。


「こんなところで会うとは思わなかったよ、あやめ」

 正成は意外そうに微笑みかけたが、その眼差しには驚きが混ざっていた。


「私も驚きました。正成様も散策中だったのですね」

 あやめもまた静かに微笑み、正成を見つめ返す。


 彼女の穏やかな笑みには、竹林の静寂が溶け込んだかのような落ち着きがあった。

 しばらくの沈黙の後、正成は視線を少し外し、ためらいながら言葉を選んで口を開いた。

「実は、最近知ったのだが……あやめが師匠、服部景盛殿の娘だとは、今まで知らなかった」

 

 あやめは微かに笑みを浮かべ、肩の力を抜いたように答えた。

「雷蔵から聞いたのですね。秘密にしていたわけではありませんが……」


 正成の表情に疑念の影が浮かぶのを見て、あやめは続けた。


「私は、正成様に余計な先入観を持たれたくなかったのです。父の娘であることで、お立場を考えてしまわれるのではないかと思い、しばらく黙っていました」


 その言葉に、正成は心の中であやめへの思いと、彼女の背負うものの重さとを改めて感じ取った。

 二人はしばらくの間、都の街を並んで歩いた。


 話題は自然と京の都での出来事や今後の任務についてだったが、次第に心の中には、互いに対する淡い想いが芽生え始めていた。

 途中で正成は通りの店先で美しい髪留めを見つけ、それをあやめに勧めた。


「これは似合いそうだ」

 正成は手に取った髪留めをあやめに渡した。


「ありがとうございます。とても素敵ですね」

 あやめはその髪留めを気に入り、嬉しそうに微笑んだ。


 正成は「いつもありがとう」と言いながら、その髪留めを手に取り、売り子に代金を支払った後、あやめの髪にそっと髪留めを通した。


 その瞬間、二人の間には言葉にできない感情が流れたが、それを口にすることはなかった。

 ただ心の中で、お互いにほのかな恋心を抱いていた…………。



―執権の暗殺情報―



 京の街に入って数日、服部一族による諜報活動が続けられていた。

 正成は、まだ若かったが、その目には鋭さがあり敏捷な動きと観察力で任務に没頭していた。

 彼が参加していたこの任務は、ただの訓練ではない。

 鎌倉幕府を揺るがす情報がつかまれた。

 地方豪族たちが、鎌倉幕府の執権である北条貞時の命を狙っているという報せがもたらされた。

 朝廷と幕府の争いに乗じて、彼らは執権の暗殺を試みようとしていた。


 この情報を受け、幕府有力御家人である足利貞氏と、忍を率いる服部景盛は、京の都、聖護院しょうごいんで宿泊する北条貞時を護るため、護衛態勢の強化を命じた。


 聖護院は平安時代に創建され、長きにわたり皇族や公家たちの宿泊所として利用されてきた由緒ある寺院である。

 しかし、戦乱の時代となった今、そこはただの寺ではなく、密談や要人たちの命を守るための避難所にもなっていた。

 

 正成と雷蔵は、景盛の指示に従い聖護院の裏口で護衛に就くこととなった。

 夜の帳が降りる中、寺院の高い外壁が月明かりに淡く照らされ、厳重な警備の様子が浮かび上がる。

 

 足利軍の兵士や服部一族の忍びが静かに配置についていた。

 正成はその中で、周囲の気配を一瞬たりとも逃さないように集中していた。


「正成、しっかり見張れ。ここが敵の狙い目だ」

 景盛が静かに声をかけた。


 正成は無言で頷き、暗闇の中に潜む気配を感じ取ろうと目を凝らした。

 空気は、ひんやりと冷たく、月が雲に隠れると、あたりはさらに暗くなった。

 

 御所での評議を控えた前夜、聖護院の警備はさらに厳重になった。

 重々しい静けさが漂う中、正成と雷蔵は背筋を伸ばして裏口の護衛を続けていた。

 しかし、その静寂は突然破られた。


 遠くから、鋭い足音が近づいてくる。

 正成は瞬時に察知し、息を止めた。


「来るぞ……」

 雷蔵が低く叫んだ。

 

 次の瞬間、幕府に不満を抱く豪族たちが夜襲を仕掛けてきた。暗闇から放たれた矢が風を切り、敵の兵たちが裏口に殺到する。


 足利軍の兵士たちがすぐさま応戦し、鋭い金属音が夜空に響き渡った。

 その戦場の中心には、若き足利尊氏が立っていた。

 彼は、まだ若者でありながら、堂々と軍を統率し、自らも最前線で奮闘していた。


 尊氏は一瞬の隙も見逃さず、目の前の敵に鋭く斬りかかる。

 敵が一人また一人と倒れるたび、その動きはますます冴えわたり、周囲の兵士たちに勇気を与えた。


「押し返せ。我らの力を示せ」

 尊氏の声が戦場に響き、足利軍の士気を高める。


 敵兵たちが押し寄せてくるたびに、尊氏は鋭い剣さばきで敵を斬り伏せ、その姿はまるで戦神のごとくであった。

 若さゆえの勢いと戦士としての冷静さが同居するその姿に足利軍の兵士たちは奮い立ち、次々と敵を撃退していく。

 

 足利軍は当初、戦局を優勢に進めていた。

 しかし、次第に隠れていた敵方の忍たちが現れ、聖護院への侵入を図り始める。

 これに対し服部一族の忍たちは、事前の諜報活動で敵の動きを察知していたため、忍の数を増やし、警戒を強化していた。

 表門を守っていたあやめも、裏口で異変を感じ取りすぐに戦場へと駆けつけた。


「あやつらを侵入させるな!」

 正成は即座に剣を抜き、闇夜に紛れるように俊敏に動いた。


 その動きはまるで風のようで、敵の目にもとまらぬ速さだった。

 しかし、間もなく鋭い刃の音が響く。

 二人の敵忍が正成を包囲していたのだ。

 まず一人目の忍が襲いかかる。

 正成はその動きを見逃さずギリギリのところで身を翻し、かろうじて敵の一撃をかわした。

 しかしその時、正成は、不覚にもぬかるんでいた地面に、足を滑らせてしまった。

 体勢を崩した瞬間、二人目の忍がとどめを刺そうと間合いを詰めた。


 その時、あやめが疾風のごとく駆け寄り、忍の剣に割って入った。

 彼女の刀が鋭い音を立てて忍の攻撃を受け流し、続けざまに反撃に転じる。

 あやめは、寸分の狂いもなく敵を倒した。


「生き延びることができた」

 そう感した瞬間、正成は、あやめへの感謝と「自らの強い宿命」を感じた。

 そして、内なる偉大な力が涌き出て来る不思議な感覚も感じた。


 その時、尊氏もまた敵忍の動きを察知していた。

 彼の鋭い眼光が夜空の中で光り、瞬時に数人の忍を倒した。

 尊氏の剣は、まるで雷のように素早く、正確無比であった。

 敵の忍たちは次々と倒され、彼の奮闘によって敵の侵入は未然に防がれていた。

 

 それでも、戦場はなおも混乱は、収まる気配がない。


 その後も、敵の兵が切れ目なく正成に襲いかかるが、「自らの強い宿命」を感じ、偉大なる力を得た正成は、驚くほど、動きが鋭くなり、次々と敵を倒しはじめた。

 長年の訓練で身につけた忍の技を駆使し、攻撃をかわしつつ、敵の隙を見逃さずに鋭い一撃を加える。


 その横で、雷蔵もまた、素早い剣さばきで敵に次々に攻撃を与える。

「雷蔵、背後だ」

 正成が叫ぶ。


 雷蔵は振り返ることなく、その声だけで敵の位置を把握し、素早く反撃した。

 青年でありながら、その技術は一人前の戦士と変わらぬほどだった。

 

 尊氏はその戦いぶりを横目に見ながら、目の前の敵を容赦なく倒した。

 敵兵たちは、裏口から聖護院へと突入しようと必死で押し寄せてくる。

 だが、尊氏を中心とした足利軍と服部忍びたちの堅固な防衛線は破られなかった。 

 尊氏は体力の限界を感じながらも、次々と襲いかかる敵を倒していった。


「雷蔵、ここを守り抜け!」

 正成が叫ぶ声が、激しい戦闘の中で響いた。


 雷蔵は力を振り絞り、敵の兵士たちを次々に倒した。

 金属音が絶え間なく響く中でも、彼の心は、冷静さを保っていた。

 彼の目には一切の恐怖がなく、ただ目の前の敵を倒すことだけに集中していた。


 尊氏もまた、剣を手に、戦場を見渡しつつ、己の使命を果たしていた。

 やがて、敵の勢いが次第に弱まる。

 

 足利軍と服部忍たちの反撃により、夜襲を仕掛けた豪族たちは退却を余儀なくされた。戦場に再び静けさが戻ると、尊氏は剣を収め、深い息をついた。


 月が雲間から顔を出し、聖護院の外壁が淡い光に照らされた。

 尊氏はその光の中で、無言で天を仰ぎ見た。

 若いながらも、この戦場で自らの力を示し、足利家の名を守ることができたとに、内心の誇りと決意が高まっていった。


   *


 戦いが静かに終わりを迎え、足利貞氏は捕えた敵兵たちを一人一人尋問していた。彼らは九州の有力豪族、少弐氏しょうにし、大友氏、そして島津氏に仕える兵や忍であることが判明した。

 彼らの表情には、戦場に立つ者の覚悟が垣間見える。

 貞氏は、その一人一人の目を見つめながら彼らが何故、命を賭して鎌倉幕府に反旗を翻したのかを深く考えていた。

 

 やがて彼は彼らの背後にある事情を理解した。元寇(蒙古襲来)から日本を守り抜いたにもかかわらず、幕府からの恩賞はなく、むしろ厳しい税の取り立てが彼らを苦しめていた。

 九州の豪族たちは、その不満を鎌倉幕府にぶつけるべく朝廷側に加担していた。

 貞氏は静かにため息をつき捕らえられた者たちを見渡した。

 彼は一切の咎めを与えることなく、彼らを内密に九州へ送り返すことを決断した。

 

 家臣がその判断に疑問を投げかけると、貞氏は短く答えた。

「命を賭けて国を守った者に、罰を与えるわけにはいかぬ」


 貞氏の決断は、その場にいる者たちに驚きをもたらした。

 捕えた敵を赦し、送り返すというのは、戦場では異例の措置だった。

 しかし、貞氏は、九州の豪族たちが抱く幕府への不満をよく理解していた。

 彼自身、鎌倉幕府の政策に疑念を抱き始めていたからだ。


 いずれにしても、この判断が、後々、息子の足利尊氏が室町幕府を打ち立てていく原動力になるとは、貞氏自身も、この時にはまだ予測さえもしていなかった。


 その後、京の宮廷では複雑な天皇家の争いが続いていたが、第94代後二条天皇が大覚寺統から即位することで、一旦は両派の争いに収束が見られた。

 鎌倉幕府が関与する中、複雑な交渉が繰り広げられたが、正成や服部一族はそれぞれの役目を果たし、次第にその役割を終えつつあった。

 正成は静かに周囲を見回し、ここまでの戦いと、その後の混乱を冷静に受け止めていた。

 

 京の都では、天皇即位を巡る争いが一旦収まったものの、それはあくまで表向きの平穏であり、正成は再び大きな嵐が来ることを予感していた。

 しかし、彼には今、伊賀へ戻る時が訪れていた。

 戦乱が終わることはない。

 その確信が、彼の胸の奥に残り続けていた。


「よくやったな、正成」

 景盛が肩を叩く。


「はい、景盛様。激しい戦いでしたが、これで一旦の平穏が訪れることでしょう」


 正成は一抹の安堵を浮かべた表情で応じたが、景盛は目を細めたままだった。

「そうだ。これは一時の静けさに過ぎない。再び争いが起こるだろう」


 そう呟く景盛の横顔には、幼き頃から鍛え上げられた冷静さと覚悟が滲んでいた。 

 彼はまだ、遠くに控える大きな運命の波を感じていたのだ。

 それでも、今は一族と共に伊賀へ帰る時だった。

 服部家一族は、静かに京を後にした。

 伊賀の山々に囲まれた忍の里で、彼らは新たな時代に備えて動き始めるだろう。

 

 この短い平和の間にも、さらなる戦乱の予兆が漂っていた。

 正成は、青年ながらも、この夜の戦いを通じて、自らの成長を実感していた。

 そして、彼の心にはさらに強い決意が芽生えた。自分が守るべきもの、そのために戦い続けることを。

 

 この戦いは、正成にとって一つの通過点に過ぎなかった。彼はまだこの戦乱の時代で何を成し遂げるべきかを知り始めたばかりだったのだ。

 彼は、この都で見た夢を胸に抱きながら、これからの道を歩んでいく決意を固めていた。

 

 京の都での事件の後も、正成は、伊賀で服部景盛の厳しい訓練や実践を通じて忍の技を一つ一つ身に着けていった。

 隠密行動、偵察、戦場での立ち回りの技術は、景盛の教えと自らの経験に基づいて磨かれ、一人前の忍として成長していった。


 そして、近い将来、楠木一族の長としての責務を果たすべく、修行の地である伊賀を後にし、故郷である河内の国に戻るその日がやってきた。

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