第二話 北斗七星の結界
―七つの星塚―
時は、平安の世。
和泉国、
唐から戻り、三十五歳を迎えた弘法大師・空海は深遠なる瞑想にふけっていた。
彼の心は静寂の中で研ぎ澄まされた。
天上の光景が鮮やかに映し出された夜空には北斗七星が凛と輝き、その星々が流れ星のごとく地上に降り注ぐ幻影が心に映った。
しかし、それはただの幻想ではなかった。
北斗七星は密教において天帝を守護する星々として古くから崇められ,天帝である北極星を中心に回る七つの星は、天の理を象徴し、無尽の力を秘めたる存在とされていた。
空海はその幻影の奥に潜む啓示を感じ取った。
未来、日本が国難に直面するであろうこと。
そしてその危機を乗り越えるためには、北斗七星の神秘的な力を地上に招き、国家を守る結界を築かねばならないこと。
そして、大同三年(808年)、空海は修験道の開祖である
この地こそ、国家安寧のために北斗七星を降らせるのにふさわしい場。
空海は、そう確信し、寺の名を「観心寺」と改め、密教の象徴である北斗七星をこの地に勧請する儀式を執り行う準備を進めた。
夜が更け、観心寺の境内は松明の炎に照らされ、不思議な光の揺らめきに包まれていた。空海は金堂の正面に立ち、密教の呪法を唱え始める。
その声は低く静かに響き、次第に天地を揺るがすほどの力強さを帯びていく。
信徒たちは息を呑み、その様子を見守った。
突然、天空に異変が起きた。北斗七星が夜空に強い輝きを放ち、次の瞬間、星々が降り注いだ。
その光は金堂を取り囲むように降り地面に触れると七つの星塚を形作った。
この奇跡に信徒たちは深い畏敬の念を抱き、それぞれの塚には星を象徴する石が置かれ、未来永劫、国を守る「
儀式の後、静寂が訪れた境内で北斗七星は再び夜空にその美しい姿を見せていた。
空海は一人天を仰ぎ、語った。
「星々は未来永劫、日本を見守り、危機が訪れた時には、再び力を発揮するだろう」
それから500年後の鎌倉末期、日本は国難を迎え、七星の結界はその宿命に従い一人の「英雄」を降誕させた。
―英雄としての運命―
山奥の静寂の中、月明かりが淡く地面を照らす場所で、一人の少年がその力を磨いていた。彼は、後に日本の歴史を大きく揺るがす存在となる人物だ。
しかし、まだその時は、知られていない。
彼の運命には鎌倉幕府に反旗を翻す英雄としての役割が待っていた。
少年の血筋には、深い秘密があった。
彼の祖先は、
橘家は名門の一族で、その血統は皇族にまで遡る。
長きにわたり、歴史の裏に隠れてきた一族であったが、鎌倉幕府の力が弱まりつつある中で、その存在が再び表舞台に現れる運命にあった。
幕府への不満が民衆の間で広がり、体制が揺らぎ始めると、この一族は幕府にとって脅威となる存在だった。だからこそ一族は少年の存在を厳重に秘匿し、彼を未来を担う指導者として育てることを決意した。
少年がどのような道を歩むことになるのか、今はまだ誰も知る由もなかった。
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