第2話 土

 1告白


 花海ことみは一人の男子生徒と向き合っていた。放課後の図書館。他に人はいなかった。男は緊張気味に話し始める。

「花海さん。俺、一年の頃から好きでした。俺と付き合ってくれませんか?」

 花海はもっと表現は他にあるだろとは思いつつも顔には出さなかった。

「いいよ」

 花海は告白を承諾した。

「ただし、これをつけてセックスして」

 そう言って花海が学生カバンから取り出したのは一本の赤いふんどしだった。

「え?セックスって」

 男は思わず声を上げるも、しぶしぶ差し出された赤い布を手に取った。

「ここで今からやるの?」

「そうよ。服を脱ぎなさい」

「ええ、でも……」

「なら断ることになるけど」

「やらせてください!」

 そう言い放つと男はあたりを見渡して、再度人がいないことを確かめてから徐にシャツのボタンを外し始めた。

「花海さんは脱がないの?」

 下心を隠しきれていない男は花海に訊く。

「わたしは脱がないわ。あなたは今から一人でセックスするのよ」

「はい?」

 花海は真剣そのものだった。それが男をより一層困惑させた。

「え。どういうこと?」

「広義な意味でのセックスよ。いいから、そのふんどし締めて始めなさい」

「いや、広義もくそもないと思うんだけど」

 ますます困惑する男の手に持て余されたふんどしが異様な存在感を示していた。

「なら、わたしが手本を見せてあげるわ」

「え、いいの!」

「冗談よ。付き合ってもいない男にふんどし姿は見せられないわ」

 完全に男の調子は狂わされた。何故ふんどしなのか。一人でセックスってなんだ、と。男が抱いた一瞬の淡い期待も袈裟斬りにあう。

「できないならこの話はなしね」

「そんな!待ってよ」

 花海は男からふんどしを奪い取るとすたすたと図書館の入口へと歩いて行った。ある初夏のことだった。


 2夏休み


 朝のホームルームの前、読書中の花海に友達の沙奈が訊く。

「ねぇ、ことみ。2組の高木振ったらしいじゃん。どんな振り方したの?」

「これだよ」

 花海は常備しているふんどしをカバンから取り出した。

「ほんと好きだよねぇ。何、履いて踊れって?」

「ふんどしは締めるものよ!履くものじゃない!」

「悪かったわね……。あ、ホームルーム始まる。あとで詳しく」


 朝のホームルームの後は午前授業と大掃除。沙奈と一緒にだべりながら二棟の東階段を花海は掃除していた。

「一人でセックスってなによ」

「わたしも知らない。ただ適当に無理難題を言ってみただけ」

「面白すぎ」

「これはわたしの優しさだよ?これで高木君はわたしのこと嫌いになれたと思うわ」

「どうだか」

 箒を適当に地面に擦り付けながら時間の経過を待つ。窓から夏草の香りが運ばれてきて、風が花海のスカートを持ち上げた。そこから赤い布がチラつく。

「え、まさかふんどし履いてるの?」

 目撃者沙奈は花海を問いただす。

「いや、ふんどしを締めてるのよ」

「そこじゃないんだよなあ」

 沙奈はあきれて溜息を吐く。

「そんなことより、夏休みどこ行く?」

「露骨に話題変えたわね。うーん。海とか?」

「賛成」

「絶対にふんどし姿はやめてよね」

「わかってるよ。たぶん」

「やっぱり海はやめておこうか」

「う、うん。じぁどこ行く?わたし夏祭り行きたい」

「浴衣着て?いいわね」

 二人はスマホを取りだして、東京、神奈川近辺で開催予定の祭りを調べ始める。

 少しして二人はスケジュールアプリにこうメモした。

『八月四日 旧七夕まつり 十時 平塚駅』


 3デジャヴ


 花海は既視感に苛まれていた。朝のニュースも、電車でカップルが話していた会話の内容も、待ち合わせ場所の雰囲気も。全てがデジャヴに感じられた。

「よ、ことみ。待った?」

 違う。振り返った花海は違和感を覚えた。親友の顔がそこにはあるけど、そこにいるべき彼がいない。

「どしたの?」

 沙奈が心配そうに花海の顔をうかがう。花海は「う、うん」と空返事をする。

「大丈夫?夏バテ?」

「ちょっと、具合悪いかも……」

 花海は元気なくそう呟くと、その場にかがみこむ。沙奈が優しくその背中をさするも、気分の悪さは増すばかりだ。

「やばいかも」

 意識は耳鳴りとともに遠のく。沙奈の声もセミの声も、そして救急車のサイレンも、全てがくぐもって、揺らいで、そして潮が引くように止んだ。


 4丘の上

「やあ、目覚めたかい?」

 一人の少年が花海に声をかけた。ここは病室。どうして?

「僕が君を呼んだんだ。苦しかったでしょ?ごめんね」

「あ、いえ」と、花海は紛らわすように微笑む。

「さあ、そこの椅子にかけて」

「はい……」

 花海は恐る恐る用意されていた椅子に座る。

「ごめんね。兄が余計なことをして」

「兄?」

「そうか。もう覚えていないんだね。はい、これでどう?」

 少年は花海に手をかざした。すると花海は泣き始めてしまった。花海は、失っていた記憶を思い出したのだ。

「駿なの?」

「ああ。ごめんね。約束守れなくて」

「よかった。生きてた」

 花海は思い出した。亡くした彼と再び会うためにアタルヴァ・ベースでの任務を引き受けたのだ。全てはこの日のためにあった。

「約束なんていいよ。また会えたから」

 再会は美しかった。でも切なくもあった。

「今日、僕は死んでしまうんだ。だからさ、連れ出して」


 5花火

「人すごいね」

 駿は花海に語る。二人は夏祭りに来ていた。花火を見に来た人たちでリヴァーサイドは人込みとなっていた。花海は友達との約束を反故にして男といることに罪悪感を抱いたが、この逢瀬を楽しもうとも考えていた。

「もうすぐだね」

 花火が夜空に咲く。

 歓声が上がる。

 闇夜に浮かぶ冴えない横顔。

「ねえ、駿。どこにも行かないよね?」

 花海はふと不安になって訊く。

「ごめんね。もう終わりなんだ」

 花火は次々に散っていく。触れようとして気づく。最初から駿はいなかったと。

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2024年12月17日 17:03

フリーズ42 ふんどし少女は戻りたい 空色凪 @Arkasha

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