寄生の子 二

 お父さんのほうは名前をカガミさんといい、男の子のほうはヨヨくんというようだった。わたしはカガミさんたちを一階の奥の座敷に通した。この座敷は普通の部屋よりも広く豪華にできていて、ほんとうは普通のお客様よりもたくさんのお金をもらわないといけないのだけれど、ほかの部屋は別のお客様でいっぱいになってしまっていた。


 わたしは一瞬だけ、二階にも用意されているはずの部屋に二人を案内しようか悩んだけれど、やめた。二階には入ってはいけないと、きつくおかあさんに言いつけられていたからだ。今はおかあさんもほかの女中さんも眠っているから、わざわざ起こしてまで相談するのも申し訳なかったし、かといってわたしだけで勝手に二階に上がってしまうには、今日のわたしはおかあさんの言いつけを守らなさすぎた。カガミさんたちとのさっきのやりとりはおかあさんには見つかっていないはずだけれど、ぶたれた頬の熱さをこれ以上思い出したいとも思えなかった。


「これはまた随分と……」


 座敷の敷居を跨いだカガミさんは、座敷を一望するや否やそう言って息をついた。ほう、と、安心にも似た感心の息遣いのようにわたしは感じた。少しだけ、いや、とっても誇らしかった。


「どうした、お父上」

「広い部屋だ。調度も上等なものだろう。……外の見晴らしも月がよく見えて美しい」


 飾ってあった壺を優しく一撫でして、さっきよりもずっと速い足取りで広縁へと出たカガミさんは、驚きとわずかの疑いの色を浮かべた目でわたしのことを振り返った。


「折角案内して頂いてこんなことを申し上げるのも無礼とは思いますが、我々も手持ちに余裕があるわけではなく……」

「成る程。上等な部屋に有り金すべて使い果たすくらいなら、馬小屋で凍えたほうがマシと言うわけか」

「餓鬼は口を出すな」

「あ、それなら心配ありません。今はほかのお部屋が満室で……空いているのがこの座敷だけになってしまって。普通のお部屋と同じお値段でお泊まり頂けるように、女将にはわたしから説明しておきますので、今晩はこちらでゆっくりしていってください」

「だそうだ。よかったじゃないか、お父上。久方ぶりの真っ当な寝床が破格とは、私の加護も捨てたものではないようだ。感謝したまえよ」

「……」


 カガミさんは部屋に入ってからもずっと負ぶったままのヨヨくんに不満げな視線を向けた。会ってからほんの少ししか経っていないけれど、一度たりとも自分の子供に笑った顔を見せていないカガミさんは、どことなくおかあさんに似ていた。


 ……カガミさんもヨヨくんのことをぶつのかな。


 そんな想像をしてわたしは、胸がきゅっと締めつけられるのを感じた。


「……あの、子供用の布団をご用意しましょうか?」


 わたしはしちゃいけない想像から逃げるように声を出していた。ちょっとだけ喉が震えた。


「ああ……お気遣い痛み入ります。それではお言葉に甘えて」


 一瞬だけ悩むように下のほうで視線を彷徨わせたカガミさんは、それから薄く笑みを浮かべて頷いた。


「やあ、これは丁寧で気の利くお嬢さんだ。将来は素晴らしい女将さんになるのだろうねぇ」


 子供用の布団を取りに背を向けたわたしに、カガミさんのものではない視線が突き刺さったような気がした。

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