4話

   4


 中学一年生の時に出会った古村准は、一言でいえば能天気な人だった。どちらかといえば良い意味で。あまり物事を深く考えず、十代にありがちな独りよがりさもなく、ただ淡々と自分の基準で好きなことをして、嫌いなことはしない、そんな人だった。

 准はよく「好き」と言った。そのお菓子好き、あのギャグ好き、などと。「好き」は恋愛に繋がる言葉なので、私達はそれを口にするのにどこか忌避感があった。でも准は違った。私は彼のそんな自分の感性を素直に表すところに好意を持ったのかもしれない。


 その好意が態度で伝わったのか、准も私を「好きなもの」に認定したようで、よく話すようになった。すると元々准の友達だった光聖とも仲良くなった。男子の友達なんていなかったので、彼らと過ごすのは新鮮で楽しかった。

 私達が恋をするまでは。恋に罹患するまでは。


 はじめに「恋」と言葉にしたのは、やはり准だった。

「僕は君に恋をしているのかも」

 それはいつもの帰り道でのことだった。中学三年生になる前の三月三日。日付を覚えている。初めて告白された日だから。

「どうしてそれが恋だとわかるの。恋は錯覚なのに」

「好きだから」

「それは、他の好きと違うの」

「わからない。でもたぶん違うと思う。それを確かめてみたい」

 好意を持っていて、それが恋かどうか知りたいのは私も同じだった。


 でも恋は許されるものではない。

 だから私と准は恋について話すようになった。本当にあるのか? 証明する方法は?

 光聖には黙っておいた。不埒なことに巻き込みたくなかったから。あるいは密かな企みとして独り占めしたかったから。

 私達は二人の世界に墜ちていた。穴を覗くと穴に飲まれるように。私達は恋に飲まれていた。


 結局のところ、恋が何なのかはわからなかった。はっきりしたのは、この世界に味方は一人もいないということだけだった。

 だから、「誰もいないところに行こう」となった。それがクリスマスの日だった。


 街から離れる方角にひたすら歩いた。夜は深まり気温も落ちた。辺りには身を寄りそう私達以外誰も歩いていなかった。でも車はたびたび通った。完全に人のいないところに行くには、山にでも行かなければならないだろう。それはさすがに徒歩で行ける距離ではなかった。

 そのことに二人で気付いて、「疲れたね」と言い合う。

 疲れた。山まで行くのも。恋を探すのも。この先生きていくのも。

 その時がたまたま橋の上だったのが悪かった。足を止めたのも悪かった。一度歩くのをやめたらもう動けなかった。

「もうやめよう」二人で山の上に散らばる星々を眺めていたら、やがて准が言った。「恋を探すのは。きっと、僕達のこれが恋だったんだ」

 私はそこで頷いただろうか。ただ、ここが私達の終着駅であることははっきりとわかった。

 そして私達は手を繋いで、落下した。


 あれが恋だったのだろうか。

 すばらしく、いじらしく、憎らしく、持て余す、どうしようもなく切ない、あの気持ちが——。

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