第6話 再会
図書館を出るとルイがいたので、マシューは驚いて声をかけた。
「ルイ!」
「お久しぶりです」
ルイはいつになく静かな物腰で、マシューに向けて微笑みかけた。
「わたしの家に来てくれませんか」
思わず、マシューはルイの顔を見た。
「話したいことがあるんです」
ルイの家でソファに腰かけると、ルイは間髪入れずに、短く言った。
「この町を出ます」
向かいに座ったマシューはその言葉を受け止め、尋ねた。
「また、旅に?」
「はい」
マシューの心臓がどきどきと鳴った。大切な決断をしなければならない時だと思った。
「ぼくを連れていってはくれませんか」
「それはできません」
「なぜ?」
「あなたは、なぜ一緒に行きたいのです?」
マシューは言葉を探した。自分の心中を、間違わずに伝える言葉が必要だった。
「ぼくは、ずっと……寂しかったんです、ルイ。でも、あなたがいれば、そんな気持ちにはこれっぽっちもなりません」
ルイが答えないので、マシューはさらに言葉を重ねた。
「ぼくには、もう耐えられないんです。誰かがわけも言わずに、突然いなくなってしまうことが。せめて理由だけでも話してください」
「わたしは、人殺しです」
二人の間の時間が止まった。
ルイがマシューを引き寄せた。マシューの顔を自分の口元に近づける。ルイが口を大きく開けると、人間のものらしからぬ鋭い牙がきらめいた。
「この町で、一人の少女を殺しました。自分が生きるため、ただそれだけの理由で。わたしはもう、ここにいてはなりません」
マシューは身を引き、ソファに体を沈めた。体に力が入らなかった。
「つまり、あなたは、人を殺さねば生きていけない……?」
「数百年に一度ずつ、こうして生きながらえてきました。相手は毒が回ってすぐに死んでしまいます。まれに、同じ存在になる人もいますが」
ルイは笑った。それまで見せていた笑みとは違う、自嘲の笑いだった。
「何もかも、わたしは身勝手です。ここに来てから渇きを覚えるようになりましたが、あなただけは避けたかった。だからあの子にしたのです。わたしは」話し出すと言葉を止められず、ルイは先を続けた。いっそすべてを打ち明けてしまいたかった。「こんなことをして生きていたくない、死にたいと思うのに、空腹にだけは勝てないのです。どれだけ自分を責めようが、数百年経ったら忘れて、飢えと渇きに屈してしまう。こんなことは、終わりにしなければ。
今度の旅は、終わらせ方を探す旅です。だから、一緒には行けません」
ルイの言葉を最後まで聞くと、マシューは立ち上がり、ルイの体を抱きしめた。それは支えているようであり、すがっているようでもあった。
「ぼくたちだって、当たり前の顔をして、他の生きものを殺して生きています……」
「想像できませんか、マシュー。仲間だったものを手にかけながら生きているんですよ」
「たとえ、そうだったとしても」マシューはルイの肩に額を当てた。「あなたが行ってしまえば、ぼくの心が死にます。一緒に行かせてください」
ルイの体に力はなかった。マシューを抱きしめ返すこともなく、ただそこに立っているだけだった。
「連れていけない理由は、もうひとつあります。マシュー、あなたは数百年も生きていけないでしょう」
マシューの体がびくりと震えた。彼は静かに息をした。
「あなたと同じく、わたしも寂しい。どんなに親しくなった者でも、必ず見送らなくてはならないのだから。あなたのことも。だからその前に、次の地へ行かせてください。また一人になれるところへ」
マシューは顔を上げた。「それなら」と、力強く言った。
「それなら、やっぱりぼくは一緒に行きます」
「マシュー」
「行きます。そして、ぼくの命が終わる時、あなたの命も一緒に終わらせます」
ルイはまじまじとマシューを見つめた。
「それなら、寂しくないでしょう」
そうなるまでには、しばらく間があった。だがやがてルイの手が持ち上がり、マシューをしかと抱きしめた。
その年の冬、小さな町から旅立っていく二人の姿があった。手をしっかりと繋ぎ、寄り添って冷たい風から互いの身を守りながら歩いていく二人は、誰にも知られずにどこかへ姿を消した。
十月にふたり 珠洲泉帆 @suzumizuho
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