君と歩ける雨の道は、少しだけ嬉しい
ザーッ―ーザーッ――
ビニール傘を叩く雨音は、不規則だ。
リズムが決まらないまま続くその音が、二人の会話の隙間を埋めていた。
彼女は、傘の左端ぎりぎりに立っている。
半歩分だけ内側に入ればいいのに、なぜか彼女はわざと少し悠との間に空白を空けていた。
「ねぇ、悠」
彼女が、急に話しかけてきた。
「ん?」
「今日の大学、どうだった?」
「またそれかよ」
「だって私大学行けなかったんだもん」
彼女が不満そうに頬を膨らませるのが見えた。
悠は苦笑いを浮かべて前を向く。前方には、小さな水たまりがいくつもできていた。
「まぁ、普通だったよ。いつも通り1人だった」
「一匹狼ってやつだね」
「格好良く言わなくていいんだよ別に」
「えー、じゃあ裸の王様?」
「それだと意味が変わってくるだろ」
夏南は口元を抑えながら、大笑いをした。
その姿を見て、なぜか心が穏やかな気持ちになる。
2人は、くだらない会話を続けながら歩いていく。傘の中にはふたりの声だけが響いていた。
◇
いつも帰っている道には、少し急な上り坂がある。
この坂は、悠が一番嫌いな帰り道だった。
「……はぁ、坂か」
横を見ると、夏南もわざとらしく大きなため息をついている。
「毎回それ言ってるな」
「だって、嫌だもん」
「まぁ気持ちは分かるけどな」
「上り坂は削って下り坂にしてくれないかな」
「いや、そしたら向こうからこっちに来る時上り坂になるだろ」
「その時はあっち側が下り坂になればいいじゃん。シーソーみたいに」
意味の分からない反論に、思わず吹き出してしまう。
夏南は「あ、馬鹿にしてるね?」と悠のことを睨んでいた。
◇
今日は、いつもより少し雨が弱かった。
不思議と傘に当たる雨音も小さく聞こえる。
「……ねぇ、悠」
「ん?」
「カレーに大根入れたことある?」
夏南の話はいつも唐突だ。
多分、何も考えず思いついたことを口に出しているんだろう。
「大根? いや、大根は入れないだろ……」
「分かってないなぁ。じゃがいもなんかよりよっぽど合うのに」
「それお前がじゃがいも嫌いなだけだろ」
「あ、バレた?」
悪戯がバレた子供のような顔で、くくっと笑っていた。
夏南は「大根美味しいけどなぁ」と言いながら、横の髪を耳にかける。
その仕草が妙に色っぽくて、悠は思わず目を逸らした。
「あ……っと、そこのコンビニ寄っていいか?」
悠が言うと、彼女は小さく縦に首を振った。
「私は外で待ってるね」
「雨だぞ?」
「入口の近くなら濡れないよ、ほら」
彼女は傘から飛び出し、コンビニの屋根に入った。
◇
コンビニで必要なものを買って外に出ると、夏南は空を眺めていた。
その姿はどこか哀愁が漂っていて、いつもの彼女とは正反対だ。
「おい、何してんだ?」
「おー、おかえり。……雨、ずっと降ってるなぁって思って」
「見なくても分かるだろ」
彼女は「確かに」と笑った。
「ほら、行くぞ」
悠がビニール傘を軽く傾けると、夏南はほんの少し照れたような表情で、その中にそっと滑り込んだ。
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