君と歩ける雨の道は、少しだけ嬉しい

 ザーッ―ーザーッ――


 ビニール傘を叩く雨音は、不規則だ。

 リズムが決まらないまま続くその音が、二人の会話の隙間を埋めていた。


 彼女は、傘の左端ぎりぎりに立っている。

 半歩分だけ内側に入ればいいのに、なぜか彼女はわざと少し悠との間に空白を空けていた。


「ねぇ、悠」


 彼女が、急に話しかけてきた。


「ん?」


「今日の大学、どうだった?」


「またそれかよ」


「だって私大学行けなかったんだもん」


 彼女が不満そうに頬を膨らませるのが見えた。

 悠は苦笑いを浮かべて前を向く。前方には、小さな水たまりがいくつもできていた。


「まぁ、普通だったよ。いつも通り1人だった」


「一匹狼ってやつだね」


「格好良く言わなくていいんだよ別に」


「えー、じゃあ裸の王様?」


「それだと意味が変わってくるだろ」


 夏南は口元を抑えながら、大笑いをした。

 その姿を見て、なぜか心が穏やかな気持ちになる。


 2人は、くだらない会話を続けながら歩いていく。傘の中にはふたりの声だけが響いていた。



 いつも帰っている道には、少し急な上り坂がある。

 この坂は、悠が一番嫌いな帰り道だった。


「……はぁ、坂か」


 横を見ると、夏南もわざとらしく大きなため息をついている。


「毎回それ言ってるな」


「だって、嫌だもん」


「まぁ気持ちは分かるけどな」


「上り坂は削って下り坂にしてくれないかな」


「いや、そしたら向こうからこっちに来る時上り坂になるだろ」


「その時はあっち側が下り坂になればいいじゃん。シーソーみたいに」


 意味の分からない反論に、思わず吹き出してしまう。

 夏南は「あ、馬鹿にしてるね?」と悠のことを睨んでいた。



 今日は、いつもより少し雨が弱かった。

 不思議と傘に当たる雨音も小さく聞こえる。


「……ねぇ、悠」


「ん?」


「カレーに大根入れたことある?」


 夏南の話はいつも唐突だ。

 多分、何も考えず思いついたことを口に出しているんだろう。


「大根? いや、大根は入れないだろ……」


「分かってないなぁ。じゃがいもなんかよりよっぽど合うのに」


「それお前がじゃがいも嫌いなだけだろ」


「あ、バレた?」


 悪戯がバレた子供のような顔で、くくっと笑っていた。

 夏南は「大根美味しいけどなぁ」と言いながら、横の髪を耳にかける。

 その仕草が妙に色っぽくて、悠は思わず目を逸らした。


「あ……っと、そこのコンビニ寄っていいか?」


 悠が言うと、彼女は小さく縦に首を振った。


「私は外で待ってるね」


「雨だぞ?」


「入口の近くなら濡れないよ、ほら」


 彼女は傘から飛び出し、コンビニの屋根に入った。



 コンビニで必要なものを買って外に出ると、夏南は空を眺めていた。

 その姿はどこか哀愁が漂っていて、いつもの彼女とは正反対だ。


「おい、何してんだ?」


「おー、おかえり。……雨、ずっと降ってるなぁって思って」


「見なくても分かるだろ」


 彼女は「確かに」と笑った。


「ほら、行くぞ」


 悠がビニール傘を軽く傾けると、夏南はほんの少し照れたような表情で、その中にそっと滑り込んだ。

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