魔力の尽きない冒険者 〜赤ちゃんの頃から魔力を鍛え続けていたら尽きない身体になっていた〜

さい

復讐を誓った日

 ロゼ=パークが魔力の尽きない身体を手にしたのは、並外れた努力と、父ルゼ=パークの異常ともいえる執念があったからだ。


 ――赤ん坊の頃から、ロゼの訓練は始まっていた。


「泣く暇なんてないぞ、ロゼ!」


 まだ歩くことすらおぼつかない幼いロゼは、ルゼによって常に魔力を使わされていた。

 父が特注で作らせた『魔力抽出器』は、触れる者の身体から少量の魔力を強制的に引き出す装置だった。

 それを小さな手に握らされたロゼは、泣きながらも、ただその状況に耐えることしかできなかった。


「赤ん坊にこんなことをして……!!」


 村人たちは陰口を叩き、非難の視線を向けていたが、ルゼは一切耳を貸さなかった。


「この子には才能があるんだ。俺が育てなければ、埋もれてしまう。それだけは許されない!!」


 それがルゼの信念だった。

 名のある冒険者になれなかった自分の無念を、息子にすべて託す。

 ロゼを世界最強の冒険者にすること――それが彼の生きる目的だった。


 幼少期――3歳


 ロゼが3歳になった頃には、彼の身体はすでに普通の子どもとは違う状態になっていた。

 魔力を毎日限界まで消耗させ、それを回復させる生活を繰り返すことで、彼の魔力回復速度は異常に早まっていた。


「お父さん、もう疲れたよ……」


 ある日、訓練の最中に泣きながら訴えるロゼに、ルゼは冷静に答えた。


「疲れたなら、それを超えろ。それができなければ、お前は何も掴めない」


 ロゼは泣きながらも再び立ち上がり、小さな手を広げた。

 彼は自分の力で小さな火の玉を作り出し、それを空に向かって放った。


「すごい……」


 自分の力で初めて魔法を使えた瞬間、ロゼの目にはほんの少しの喜びが浮かんだ。

 その瞬間だけは、厳しい父の口元にもわずかな笑みが浮かんでいた。


 幼少期――6歳


 6歳になる頃には、ロゼは村の中でも異質な存在として見られるようになっていた。

 村の子どもたちが遊んでいる間、彼は父の監視の下で魔力の流れを操る訓練を繰り返していたからだ。


「いいか、ロゼ。魔力は流れだ。それを無駄なく循環させ、体に溜め込むことができれば、枯れることはない」


 ルゼは息子の身体に直接魔力を流し込み、循環のコツを叩き込んでいった。

 ロゼの幼い身体は悲鳴を上げたが、それでも父は手を緩めることはなかった。


 その結果、ロゼの身体は異常な耐久力と魔力の回復力を備えるようになり、わずか6歳で大人の冒険者並みの魔力量を誇るまでに成長していた。


 "魔力の無限循環"


 ルゼが仕込んだ最も重要な技術。

 それは、魔力を外に放つと同時に、周囲から新たな魔力を取り込むことで循環を作り出す技術だった。

 ロゼはその訓練を繰り返すうちに、意識しなくても体内で魔力を循環させられるようになった。


 しかし、この訓練には重大な欠陥があった。

 魔力量は無限に近いが、その質が著しく低下していたのだ。

 ルゼもそれに気づいていたが、あえて言葉にはしなかった。


「質は後からでも補える。だが、量がなければ話にならん」


 ルゼはそう自分に言い聞かせ、訓練を続けた。


 幼少期──7歳


 ロゼが7歳の夏、村の外れにある小川で、いつものように魔力を使った訓練をしていた。

 小さな火の玉を作り、それを水面に向かって放つ。

 だが、水面に届く前に火は消え、ただの蒸気となる。


「くそっ、また失敗だ……」


 汗をかきながら、ロゼは父に課された訓練を繰り返していた。

 その時、不意に後ろから声が聞こえた。


「なんだ、それ。魔法の練習か?」


 驚いて振り返ると、同じ年頃の少年が立っていた。

 銀色の髪を持つその少年は、ロゼとは違い、どこか洗練された雰囲気を持っていた。


「お前、誰だ?」

「俺はシルヴァ=フリート。この村に最近引っ越してきたんだ」


 シルヴァは興味津々な様子でロゼを見ていた。

 ロゼは少し警戒しながらも、「ロゼ=パークだ」と名乗った。


「お前、何してるんだ?」


 シルヴァがさらに尋ねると、ロゼは少し恥ずかしそうに言った。


「俺は、名のある冒険者になるために修行してるんだ。魔法を極めて、強くなるために……」


 ロゼの瞳には、憧れと強い意志が宿っていた。

 その言葉を聞いたシルヴァは、一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに微笑んだ。


「名のある冒険者か……いいな、それ。でも、俺も負けないぞ」

「お前も冒険者になるのか?」


 ロゼが尋ねると、シルヴァは首を横に振った。


「違うよ。俺は冒険者なんかより、もっとすごい存在になるんだ。俺は――『神になる』」


「神?」


 ロゼはその言葉に思わず目を見開いた。


「そうだ。神になれば、何もかもが自由だ。誰にも負けない力を持って、この世界を変えることができる」


 シルヴァの言葉は、まるでそれが当然の夢であるかのように語られた。

 ロゼにはその考えが理解できなかったが、どこか惹きつけられるものを感じた。


「変わってる奴だな……」

「お前だって、名のある冒険者になりたいとか言ってるじゃないか。どっちも変わり者だよ」


 そう言い合った後、二人は笑い合った。

 その日から、ロゼとシルヴァはよく一緒に遊ぶようになった。


 シルヴァは魔法の才能があり、ロゼと一緒に練習する中で、どんどん上達していった。

 二人は切磋琢磨しながら、自分たちの夢について語り合った。


「ロゼ、名のある冒険者になったら、どんなことをするんだ?」

「そりゃあ、たくさんの人を助けて、世界中で俺の名前を知られることさ!」


 ロゼが胸を張って答えると、シルヴァは少しだけ笑って言った。


「お前らしいな。でも、俺が神になったら、お前の夢なんて簡単に叶えてやれるよ」

「なんだよそれ!! 自分で叶えないと意味ないだろ!!」


 口論になりながらも、どこか楽しそうに笑い合う二人。

 それが二人の関係だった――この時までは。


 シルヴァの『神になる』という夢。

その裏には、彼の心の奥底に潜む、誰にも見えない闇が隠されていた。

 だが、ロゼはその頃の自分には、それを知る術もなかった。


 村の空の下、二人の少年の未来が大きく交錯し、やがてすべてが崩壊へと向かうことを、誰も想像していなかった――。


 少年期――10歳


 ロゼが10歳になる頃には、彼の魔力量は村のどの大人よりも圧倒的に多くなっていた。

 だが、質の低さゆえに一つ一つの魔法の威力は低かった。

 そのことに気づいたロゼは、父に尋ねた。


「お父さん、僕の魔法はなんで弱いんだ?」


 ルゼはしばらく沈黙した後、低く答えた。


「それはまだお前が未熟だからだ」


 ロゼは父の言葉を信じ、さらに努力を重ねた。

 だが、その努力の先に待っていたのは、シルヴァ=フリートによる村の崩壊だった。


 ロゼの過酷な訓練の日々は、復讐の物語の序章に過ぎなかったのだ――。



■■■



 世界は常に秩序と混沌の狭間に揺れている――そう語られてきた。

 だが、秩序を守る者たちが眠り、混沌に魅了された者が神に挑むとき、均衡は脆く崩れる。


 その夜、村を包む空は赤黒い炎と魔力の渦に染まっていた。

 穏やかな日常を切り裂いたのは、かつて村で最も信頼されていた少年、シルヴァ=フリートだった。


「これで、すべてが変わる……!!」


 シルヴァ=フリートの言葉が、まるで呪詛のように響く。


 彼の手に握られた儀式用の短剣は血を滴らせ、その刃には神々しい輝きと禍々しい闇が交差していた。

 短剣から漏れ出る光は、地面に刻まれた儀式の紋様を赤く染め上げる。

 それは魔力を吸い上げるための呪文陣であり、その中心に立つシルヴァが、自らを支配する力の象徴であった。


 村の至るところで、崩れた家々から煙が立ち上り、人々の悲鳴が空に溶けていく。

 大地は黒く焦げ、裂け目から不気味な瘴気が漏れ出していた。

 魔力の渦が村全体を覆い尽くし、生命そのものを蝕む――。


 その中心にいたロゼ=パークは、信じられない光景を目の当たりにしていた。


「シルヴァ……どうして……こんなことを……?」


 震える声で問いかけるロゼの瞳には、怒りと悲しみが交差していた。


 しかし、シルヴァは微笑を浮かべ、まるで日常会話をするかのように答える。


「力だよ、ロゼ。この腐った世界を生き抜くには、力が必要なんだ。そして、その力を手にするには犠牲がいる。それだけの話さ」

「犠牲って……村のみんなを……俺たちの家族を……?」


 ロゼの声は掠れ、息が詰まるようだった。

 シルヴァは冷たく微笑んだ。


「そうだ。だが、それでお前も進化できるんだ。俺たちはこの枠に縛られた人間じゃない。もっと高次の存在になれる……そのはずだ」


 シルヴァは手を高く掲げる。


 その瞬間、儀式陣が眩い光を放ち、次の瞬間、天から黒い雷が降り注いだ。

 それは村全体を包み込み、家々を木端微塵にし、地面を焼き尽くしていく。


 ロゼは衝撃波に吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

 耳をつんざく轟音とともに、意識が遠のきそうになる。

 しかし、その中でもシルヴァの狂気に満ちた声は、耳元で響き続けた。


「これが『進化』だ、ロゼ! 俺たちは人間を超えるんだ!」


 気が付くと、ロゼは滅びた村の中心に立ち尽くしていた。

 空は赤黒い炎に包まれ、辺りには無数の瓦礫と焦げた木々が転がっている。

 耳を刺すような静寂の中、目の前に立つシルヴァが、不気味な笑みを浮かべながら何かを差し出していた。


「これをお前に授ける。お前の力を本物にする贈り物だ」


 それは黒く歪んだ魔獣の腕だった。

 まるで生き物のように脈動し、不気味な瘴気を放っている。


「な、なんだ、これ……?」


 ロゼは後ずさりしながら叫んだ。


「お前の両腕さ。これで、お前は名実ともに俺の次に近い存在になる」


 シルヴァが腕をロゼに押し付けると、それは瞬く間に彼の両腕に取り込まれていった。

 燃えるような痛みが体中を駆け抜ける。


 ロゼは地面に崩れ落ちながら叫んだ。


「やめろ……俺の身体が……!! 身体がああ……」


 だが、シルヴァはそんなロゼを見下ろし、軽蔑するように笑った。


「お前もこれで進化だよ、ロゼ。俺はもっと高みを目指す。そのために、この場所を後にする」


 シルヴァが黒い霧とともに姿を消すと、ロゼは一人、廃墟と化した村に取り残された。

 

「シルヴァ……お前が……!!」


 ロゼの拳が瓦礫の地面を叩き、涙が零れ落ちる。


「俺は……絶対にお前を許さねえよ……!!」


 その瞳には復讐の炎が燃え上がっていた。


 こうして、全てを奪われた少年の復讐の旅が始まる――秩序と混沌がぶつかり合うこの世界で、彼は再び親友と相まみえる日を信じて。

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