第4話

「なんだ? 今日はどうしたのだ?

知らない顔もいるようだが……?」



背後から声がして振り向くと、女の子が立っている。


少し小柄に見える体型。

無造作なポニーテールに束ねた髪は、金色に近い薄いブラウンで、程よいウェーブがかかっている。

色白の肌に、瞳の色は琥珀色で、全体的に日本人離れして見える。


黒い革製のパンツ姿は、ロックミュージシャンをイメージさせるような出で立ちで、ボトムと同素材の黒革のジャケットを無造作に羽織っている。

年齢はやはり、二十歳前後といったところだろう。



「なんだ? みんな黙って、どうしたのだ?」



女の子は、俺達の向かい側のソファーへ腰かけると、怪訝そうな顔で尋ねた。



「いや…その……、

今日は、ヒロに、頼みがあって来たんだ」



まず、佐野が口火を切った。



「うん。…それで?

私に頼みというのは…?」



俺は、一瞬びっくりして、半腰立ち上がった。


いや、立ち上がるつもりはなかったのだが、彼女の受け答えを聞いて、俺は、かなりの思い違いをしていたらしいことに気づいた。


まさか!

この女の子が、さっきから佐野が言ってた、友達のヒロってやつか……?


俺は、佐野の友人は、てっきり「男」だと思い込んでいたのだ。当然、なんの根拠もなく……



「単刀直入に言うけど、すまんが、こいつ、いま宿なしなんだべ。

新しい住むとこ見つかるまで、ここに置いてやってもらいてんだべ。

頼む! ヒロ、このとおりだっ!」



そう言って、佐野は立ち上がり、ヒロに向かって頭を下げた。


俺は緊張のあまり、佐野に続いて立ち上がり、その勢いでテーブルに置かれていたティーカップを倒した。



「うわあぁぁぁ~~っ!!」



テーブルは紅茶の海になった。



「すっ、……すいません……っ」



俺は頭が混乱し、自分のズボンのポケットをあさったが、タオルもなにも入っていない。


と、すかさず、さっきの黒い眼帯の男が、


「ご心配なく。只今、新しいものをお持ち致します」


そう言ってテーブルを拭き、カップを下げて持っていった。




「この男を、うちに泊めてくれと?」



ヒロという女の子が続ける。



「なに言ってるのっ!?

うちは、この通り “ 女所帯 ”なのよ!?

男と同居ですって!?」



突然の同居の話に、ヒロは、すぐに、ありえないという風に反論を示した。

それも、当然といえば当然の反応だろう。



「けども、あっちのお手伝いさんは男だべ?

一緒に住んでんだべ?

こいつは、廊下でも物置小屋でもいいがら、置いてやってもらえねぇべか?」



佐野の言葉に、ヒロは、背広のふたりを見るなり、こうきり返す。



「彼らは、使用人だ!

空気みたいなものなのだっ!

空気には、性別は無いのだっ!!


それに私は、この男のことはなにも知らない! 今が初対面だっ!

今、この初対面の男を、どこの誰かもわからない人間を、うちに泊めるということなのか!?」



「…まぁ、こいつの身元は、ちゃんとしたやつだべ。

こいつも、俺らとそれほど変わらんようなやつなんだ」



「変わらんやつだと…?」



「そう。

こいつも、夢を持って、田舎から出てきた…

俺たちと同じなんだべ。

頼む! こいつがなんかしでかしたら、俺が代わりに責任とるべっ。な?」



「佐野…」



俺は、佐野の友情に涙が込み上げてきた。


ヒロはそんな佐野の言葉に、しばらくの間、不服そうに膨れっ面をしながら腕を組み、俺と佐野の両方を交互に見つめている。


やっぱり、初対面の宿無し男なんて、そうそう受け入れてくれるはずもないのは、当然といえば当然だろうな…………なんて、俺が諦めかけたその時、



「………仕方ないな。……佐野がそんなに言うなら……」



ヒロは何か決心したかのように溜め息をつくと、口を尖らして呟いた。



いいのが(いいのか)!? ヒロ…」



「………おまえ、佐野に感謝しろよ」



ヒロが俺に向かって言うと同時に、佐野の顔が、パッと明るくなった。



「さすが、俺たちの師匠だべぇ~~っ!!

ありがとう!! ヒロ!!」



その直後、俺と佐野は、涙を流して抱き合った。



「ただし…!」



ヒロの言葉に、俺と佐野は動きを止めた。



「おいっ、そこのおまえっ!

ここに住んでいいとはいえ、見ず知らずの男では駄目だっ!!

おまえは、うちの使用人として雇う!

それが条件だ!! よいな!?」



「……

……えっ………!?

………はっ、……はいっ!!………

……………………えっ!?…」



俺は、この時、ヒロの勢いに乗せられたように、こんな返事を返してしまっていたのだ。

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