31 DAY6の始まり
昼寝もしていた龍之介は、アホドラゴンが起こすよりも前に起きていたらしい。
『おっはよー! 今日も一日張り切っていこうねっ!』
「おわっ!?」
ガバッと飛び起きても、今日は腹を締め付けられてえずくことなかった。
『一時間後に出発だから、みんな準備よろしくねっ!』
とりあえず、アホドラゴンがリタイアの情報には一切触れなかったことから、昨日ジャンさんたちはイタリアペアから逃げ切ったんだろうなとホッとする。
「……だからさ、声がでかいんだって! いい加減気付けや!」
ボスッと拳でハート型枕を叩くと、龍之介が今朝も「どうどう」と言ってきた。
昨日寝る前に告白めいたことを言ってきた割に、今朝の龍之介はいつも通りに見える。……なんだよ、変に意識しちゃってたのは俺だけか?
思った瞬間、モヤッとした。
「おはよう亘。よく寝られた?」
ベッドの上に座り込んだままの俺に近付いてくると、俺の頭に手を乗せて微笑む。やっぱり、いつも通りの龍之介にしか見えない。
龍之介の態度にモヤモヤしている筈なのに、触れられた途端にトクン、と今朝も胸が高鳴った。おい、俺の心臓よ。自己主張がちょっとばかり激しくないか?
「亘?」
もし俺がこの心臓の異常な動きの意味をちゃんと考えて素直に認めたら、少しは気持ちが楽になるのかな。それとも変わらない? それかもっと苦しくなる? 分からない。何ひとつ分からないけど、これまで何でも聞いて答えてもらっていた龍之介にだけは聞けないから、余計にモヤモヤする。
俺の中でとにかく引っかかっているのは、どうしたって「じゃあ男に戻った後は?」ってことだった。
男に戻った俺が、女だった時と同じ気持ちを持っていると万が一龍之介に知られたら?
龍之介は俺が男でも女でも俺から離れないようなことを昨夜は言っていたけど、やっぱり気不味くはなっちゃうんじゃないか。
だったら、ダンジョンを出るその時までは、自分の気持ちから目を逸らし続けないとなんじゃね?
これが合ってるのか違うのかは、分からない。だけどあまり先のことを考えない俺が、珍しく先のことまで考えた結果がこれだった。
……だって、俺の中に龍之介と疎遠になるなんて選択肢は存在しないから。
龍之介が、心配そうに顔を近付けてくる。
「……亘? 具合悪かったりしたら――」
「あ、ね、寝た! 具合はバッチリだからっ! ちょっと寝起きでぼーっとしてただけだよ!」
「そう? ならいいけど」
心配げな柔和な笑顔を向けられて、俺はどこを向けばいいのか分からなくなってしまった。ちょっと前までは、何も考えず真っ直ぐ龍之介の顔を見つめ返すことができていたのに。
「亘? やっぱりどこか具合が」
駄目だ。こんなモヤモヤメンタルじゃ、この先ダンジョン踏破の障害にしかならない!
つい考え込みそうになる思いを無理やり頭の片隅に追いやって、ニカッとした笑顔を龍之介に見せる。
「い、いや! 腹減ったなあってさ! さっさと着替えて飯食おうぜ!」
「あは、お腹空いてたんだ? うん、そうしようか」
龍之介は、もしかしたら俺が若干挙動不審になっていたことに気付いたのかもしれない。なんせ、いつも俺の些細な変化も見逃さず「今日具合悪いでしょ」とか「家で何かあった?」とか即座に見抜く奴だ。
だけど、今朝は何も言わなかった。
そのことが、俺の迷いを見抜かれているようで、やっぱりモヤモヤした。
◇
七階に到着すると、まずはランキング表を確認する。
スマホの画面を見た瞬間、龍之介が物凄い嫌そうな顔をした。
「うわあ……」
「え、ちょっと見せて」
ひょいと覗き込む。龍之介がこんな顔をするってことは多分そうだろうなあと思っていたら、やっぱりそうだった。
地下七階にいるのは、マンハッタンペア、イタリアペア、そして俺達の三ペア。ちなみにブラジルペアは地下六階、それと一階に新たに香港ペアが参入していた。
そういえば、香港のダンジョン入口から出てきたモンスターってどんな奴だったんだろう。沼色スライムの大群だったら、今頃一帯がとんでもない悪臭を放っていそうだ。
早速、龍之介がジャンさんに連絡を入れる。
お互いの場所を確認し合うと、今日は比較的近い場所に下りてきたようだった。
通話を切ると、龍之介が俺にざっと説明をする。
「ジャンさんたちは、昨日はフロア転移陣を見つけられなかったんだって。イタリアペアとは会わなかったから分からないけど、警戒しながらだったからくまなく探す前に階段を下りたそうだよ」
「そっか。てことは、四階で取った転移陣ひとつしかまだないってこと?」
「そうだね。だから今日この階のフロア転移陣を僕たちが見つけたら、明日またイタリアペアと一緒になるのかも……」
「うげ、最悪」
イタリアペアが俺たちを襲うような奴らじゃなければこんな苦労はしなくてよかったのに、本当厄介な奴らと一緒になっちゃったもんだ。
「とにかくなるべく早くジャンさんたちと合流しよう」
「そうだな」
今日の課題は、俺のMP値を増やすことだ。一回エンカウントしてもどうにかなるけど、二回目エンカウントするともうどうしようもない。殺る気で来る相手には、勝てる気がしなかった。
それと、もうひとつ懸念していたことがあった。
あのマルコという奴は、二回とも女子トイレで襲いかかっている。つまり、女の方が狙いやすいと思われているってことだ。
ジャンさんはたまたまキックボクシングをやっていて抵抗できたけど、武道に一切心得のない俺が襲われたら、ひとたまりもない。
そんな状況に龍之介が出くわしたら?
……最初、鑑定できるほどの投げ銭がなかった時、龍之介は俺を守る為に危険を顧みず沼色スライムに突っ込んでいこうとしていた。あの石橋を叩いてそっと渡るタイプの龍之介が、だ。
要は、龍之介は俺のこととなると、それまでの慎重さをかなぐり捨てて突っ込んでいく可能性が高い。
俺が襲われそうになったら、きっと龍之介は無謀にもあの長剣で切りかかっていく。自分の腹が刺されようが、俺を守る為なら背中を見せないだろう。
龍之介が俺のせいで怪我をするだなんて、考えたくもない。
それに万が一、龍之介の反撃が成功してマリオが死んでしまったら?
心優しい龍之介は、きっと心に一生癒やすことのできない傷を負うんじゃないか。つまり、俺がマリオに襲われそうになったら、龍之介が傷つくルートまっしぐらってことになる。
「そんなの、許せる訳ないじゃん……っ」
思わず呟きが漏れると、龍之介が「え? 何か言った?」と振り返った。俺を気遣う様子を見て、さっきまでモヤモヤしていた自分の小ささが嫌になる。
好きだの嫌いだの、そんなのは今は二の次じゃないか。大事なのは、俺と龍之介が揃って元気に外に出ること。その後のことは、外に出た時に考えたらいい。
そう思えたら、モヤモヤが晴れてきた。
だから、笑顔になって龍之介の背中を叩く。
「あのさ、俺、お前のこと守るから! 俺のこともしっかり頼れよ?」
俺の言葉に目を見開いた龍之介は、逡巡の後、破顔した。
「うん、頼りにしてる」
「勝手に突っ走るんじゃないぞ」
「あは、それ僕の台詞だよ!」
「うっせ、いいんだよ」
軽口を叩き合いながら、俺たちはダンジョンの奥へと進んでいったのだった。
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