30 DAY5終了

 昼になる前に休憩所に戻ってきてしまった俺たちは、早くも時間を持て余していた。


 娯楽が少ないんだよな、このダンジョン。


 幸いモンスターは少しは倒していたので絶食しなくても済んだけど、残念ながら豪華な食事を取れるほどではない。本当はステーキを今日こそ食べようと思っていたけど、我慢するしかなかった。節約しておかないと、晩飯の分がなくなってしまう。


 なるべく腹に溜まりそうという理由でフィッシュアンドチップスを選んで、二人で分け合って食べた。うまい。


 じゃあ折角だからとのんびり風呂に浸かってみて、スマホをじっくり眺めてみたりもした。だけど、それでも時間を持て余す。


 ベッドの上でゴロゴロしながら、俺の腹の前で昼寝を決め込んでいるキューの頭を撫でてやった。眠そうに瞼をすこーしだけ開けてすぐ閉じる仕草とか、可愛いよね。


 と、龍之介がツンツンと俺の肩を突く。


「……昼寝していい? 実は少し寝不足気味で」

「ん? あ、ああ、まあいいけど……」


 俺は今朝の龍之介に起きた事件を思い返し、できるだけ無表情を心がけた。女体化してからそういった欲求がないのは正直なところ助かったけど、元気な男子高校生が四六時中他人と過ごしてプライバシーゼロなのはキツイよなあ……と同情せざるを得ない。


「じゃあ晩飯まで昼寝させて。亘はどうする?」

「んー、夜寝られなくなるとあれだから、起きてる」

「一応目覚ましかけておくから……」


 既にとろんとした目になっている龍之介が、舌っ足らずに呟いた後、大して時間を置かずにスーッと寝入ってしまった。俺は龍之介の肩まで布団をかけてやると、端整でどこか甘さを感じる寝顔を上から覗き込む。


 さっき、龍之介が長風呂をしていた時に見た『ノルマ達成写真集』DAY4の写真。


 爆睡している俺の耳裏や肩に唇を当てたり、首筋や後頭部に顔をくっつけてどう考えても吸ってんだろうって様子が写されていた。


 どの龍之介の顔も、嬉しそうに微笑んでそれは幸せそうで。


 龍之介の髪の毛を、そっと耳にかけてやる。


「……なあ。お前って俺のことが好きなの? それってどういう好きなんだ……?」


 ごく小さな声で囁かれた俺の言葉に対する返事は、なかった。



 龍之介は一時間ほど寝た後、目を覚ました。


 休憩所にいる間は、コメントも見られなければジャンさんたちと連絡を取り合うこともできない。


「フロア転移陣を入手していない以上、僕たちは七階に行くしかない。ジャンさんたちが入手していたとしても、先に行くことはないだろうから――最悪、また明日イタリアペアとやり合うことになる可能性はある」

「今日はろくにレベル上げできなかったのが辛いところだな。あの魔法は今の俺じゃ連続で唱えられないし……」

「明日は早々にMPを上げていくしかないね」

「だな」


 方針が決まったところで、晩飯を食べて支度を済ませて、また今夜も紐で腹を括る。


 どピンクのベッドにバックハグの状態で横になりながら、龍之介に尋ねた。


「なあ、龍之介」

「なあに?」

「万が一さ、俺が男に戻れなかったら……どうしよう」


 これまで、あえて考えないようにしていたことだった。先日ふと思ってしまったことで、単純な俺は口に出さずにはいられなくなっていたんだ。不安をひとりで抱えるってことができない性格なんだよ。


 龍之介が、ハッと息を呑む。俺は瞼を閉じると、龍之介の返事を静かに待った。


 トクン、トクンと、重なる肌から隆之介の鼓動が響いてくる。


「……亘がいいって言ってくれるなら」

「うん?」

「だったら……ずっと、ずっと亘の隣にいたいと思ってる」


 なんだよ、俺がいいって言うならって。気遣い屋の龍之介らしいよなあ、と思わずニヤけてしまった。


「本当に隣にいてくれんの? 俺の面倒って大変だろ? それでもいいのか?」

「本当にいたいし、ちっとも大変じゃないよ」


 微かに震えているようにも思える龍之介の声からは、ふざけているような音は一切感じ取れなかった。


「……まあ、亘がいいって言わなくても、絶対離れないけど」

「へ……っ」


 これは……どういう意味に取ればいいんだよ。


 俺はわざと小さく笑いながら返す。


「はは……なに今のこれ。告白? みたいな……っ」


 ふ、と小さな息が耳にかかった。


「まあ――みたいなものかも?」

「……マジ?」


 すると、これまで囁き声に近かった龍之介の声が、急に早口に変わる。


「う、うん! だってさほら、他の男がしれっと亘の隣にいるなんて許せないしっ、亘の隣は僕でしょっ、ね!」

「は……はは、あ、そ、そう……?」

「うん、そうそうっ」


 ――なあ、これって確定じゃないか? 龍之介はさ、女になっちまった俺に惚れちゃったってことだろ?


 どうしよう。どうして俺の心臓はドキドキしていて、嬉しいと思っちゃってるんだろう。


 ちゃんと考えた方がいいんだろうな、とは思った。だけど、俺が男に戻れるかどうかは、その時になってみないと分からない不確定な未来の話だ。


 だから、もしもの話しかできやしない。下手に龍之介を期待させて、男に戻れた時にがっかりされたら――俺は今みたいに笑えるんだろうか。


 龍之介は、あくまで俺が女のままだったらって条件で言ってくれてるんだから、俺もそのつもりでいないと駄目だ。


「じゃ、じゃあ、男に戻れなかったら龍之介にもらってもらおうかな! 俺もそれが一番安心だしっ」


 冗談っぽく返したっていうのに、龍之介は俺の腰に回した腕に力を込めると、ぎゅっと引き寄せて耳元で囁く。


「……うん。だから亘は心配しないで、普段通りの亘でいて」

「お、おう……。だ、だからってさ、俺は男に戻りたいんだからな!? そこんとこ、忘れるんじゃねーぞ!?」

「勿論だよ。亘の笑顔が僕の何よりの宝物だから、龍之介が元に戻れるようベストを尽くすから安心して」

「ブ……ッ宝物って、お、お前なあ……!」


 軽く睨んでやるつもりだった。だけど振り返ると、龍之介があまりにも穏やかに俺を見つめ返すもんだから、何も言えなくなってしまったんだ。


「……亘の隣で亘が笑うのを見てるのが、一番幸せなんだ」


 頬をうっすらピンクに染めてそんなことを言われても、なんて返したらいいかなんて経験がほぼない俺には厳しくて。


「……うん」


 それだけ答えると、今度こそ瞼を閉じた。


 俺を抱き締めている幼馴染みで親友に、今度は心の中で話しかける。


 ――なあ、龍之介。


 お前の中で笑ってる俺は、男の俺か? それとも女の俺か?


 お前にとっては、男の俺と女の俺は別に見えているかもしれないけどさ。


 もし俺が男に戻ったら、お前の中の女の俺に対する恋心は、あったとしてもその内消えるんだと思うけどさ。


 ――だけどな。


 女体化していてもしていなくても、俺の心はひとつなんだよ。どっちの俺も、俺だけなんだ。


 ……男に戻った時、俺はお前の気持ちが冷めていくのを見るのが怖いよ。


 俺の気持ちだけ、置き去りにされそうで。

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