(第4章) 驚愕の扉が開く
保奈美さんは、ひと呼吸してから話しだした。
「驚かせてしまって、すみません。ここからの話は、SF小説のような世界に思われるかもしれません。けれど……決して遠い未来の話ではないのです。私の父は、機械メーカーの社長をしておりました。そして、私の結婚相手、亡くなった主人のことですが、彼は、AI……いわゆる人工知能の研究者でした。テクノロジー企業として、最先端の技術開発を進める会社のリーダー的存在でした。父は、その才能と立場に興味を持ち、私を嫁がせました。研究熱心だった主人にとって、結婚相手は誰でもよかったのかもしれません。私が結婚した後、父は夫の勤める会社と提携して、産業ロボットの開発に力を注ぎ、医療用ロボットから、精密機器のロボットなど、次々と世に送り出していきました。そこまでは、新聞などでもご覧になったことがあるのではないでしょうか。ただ、公表されていることは、ほんの一部で、AIの進歩は目を見張るほどのスピードで進んでいます。今、こうしている間にも、この先の未来は信じられないような世界への扉を開きつつあるのです。私の父が亡くなった後、主人は、ますます研究にのめり込んでいき、とうとう自分で会社を立ち上げたのです。後に、その研究に加わることになるのが、娘婿の敦さんでした。彼もまた、AIの世界に魅せられた人間の一人だったのです。ちょっとここで、AI技術について少しご説明しますね。みなさん、女湯側の壁をご覧いただけますでしょうか」
全員がポカンとした顔で、言われるまま壁に目を向けた。すると、その壁が左右に分かれて開き、女湯の脱衣所が丸見えになった。
「えっ、何やこれ?」
天作さんが声を出した。
壁が開いただけでもビックリ!なのだが、その中央に、一人のコンパニオン風の美しい女性が立っていた。短めのスカートから伸びるすらりとした足に、思わず目がいく。
人間だよなぁ。いや、今までの流れからすると、違うのか? 僕が少々パニックになっていると、(アンドロイドちゅうやつやな)と、ロンが伝えてきた。
保奈美さんが、今までの張りつめた表情を緩め、「何度も驚かせてしまって……。彼女の名前はエレナといいます。もちろん、人間ではありません。最近では、人工知能を搭載した人型ロボットが、街中にも存在していますが、もっと人間に近づけたアンドロイドです。どうぞ、お近くに寄って、ご覧になってみてください。肌の質感まで人間そっくりに作られています。話しかければ答えてくれますよ」と言った。
「ウソみたい! 触ってもいいかしら」
直美さんが、エレナというアンドロイドに近づき、「こんにちは。お会いできて嬉しいわ」と握手を求めた。
それに答えるかのように、エレナは優しく微笑み、「初めまして。あなたは保育士をされている直美さんですね。私もお会いできて嬉しいわ。どうぞよろしくお願いします」と直美さんの手を握った。
「きゃあ、私のことを知っているの~」と直美さんは、はしゃいでいる。
見ためといい、話し方や、しぐさ、とてもアンドロイドには思えない。人間そのものじゃないか。現実での不思議世界だ。
栞ちゃんは慣れているのか、ただ笑って見ていた。
海人君も、若いだけあって興味津々の様子で、その顔からは憂いの表情が消えていた。まぁ、男だったらロボットだろうが何だろうが、こんな美女を目の前にしたら、さすがに頬も緩むよな。
天作さんも「こんな機会、あれへんさかいに、わいも、握手してもらおうかな」と、にやついている。結局、次から次と握手をして、まるで、アイドルのイベント会場のようになった。 ひと通り落ち着くと、保奈美さんは「多少は、和んでいただけたでしょうか。では、AIの未来について、エレナから説明してもらいますね。どうぞ、お掛けになってください」と、自らも少し疲れたのか、椅子に腰を下ろした。
いつのまにか、飲み物や食べ物も追加されている。それに女湯が開放されたので、余裕をもって、それぞれ座ることができた。
「それでは、私がAIの近未来をご案内致します」と、エレナがにこやかにお辞儀をして、言葉を継いだ。
「AIの技術は今後ますます、みなさんの生活の中に入り込んでくることと思います。IT化、AI技術の進歩は、第四次産業革命といわれ、今後、私達の暮らしに、なくてはならないものとなっていくでしょう。人と同じような頭脳を持つ、様々な機能型ロボット、あるいはアンドロイドが、人と共存していく世の中になっていくのです。実際に、今でもネットで繋がり、様々なことができるように進化していますよね。産業ロボットだけではなく、お掃除ロボットや介護ロボットなども、少しずつ普及してきています。では、その先の未来、AIでどんなことができるようになるのかを、具体的にご覧いただくことに致します。どうぞ、中央の方に目を向けてくださいませ」
エレナの手が示した場所を見ていると、目の前に立体的な映像とでもいうのだろうか、生活風景がリアルに出現した。
「おぅ、何だこれは!」と、僕は声に出してしまった。
どうやら朝のようだ。母親らしき女性が台所に現れ、お湯を沸かし、フライパンで目玉焼きを焼いている。テーブルには朝食の用意が整っていく。なんだ、普通の朝の風景じゃないかと思っていると、えっ? もう一人、母親が現れ、「おはよう」と挨拶している。どういうことなんだ?
「このように、母親そっくりのアンドロイドが、家族の好みの味付けで料理を作ります。料理だけではなく、掃除、洗濯も完璧です。これは、アンドロイドコースですが、料金によって、料理、片付けだけをするロボットなど、目的や予算に合わせたAIロボットを選択できます。外出していても、スマホの遠隔操作で、アンドロイドに指示ができ、家の管理や家族の見守りも可能になっていくことでしょう。今後、このようなスマートホーム機器も増えていくと思われます」
エレナの説明に、天作さんは口をポカンと開けて、茫然としている。
次に父親が出勤する場面になった。ずいぶんハイカラな車に乗り込み、自動運転で、もうひと眠りしながら通勤をしている。会社に着き、仕事内容をインプットすると、あとは画面を見ているだけだ。
「これは事務処理のAIですが、AI技術により、単純作業からクリエイティブな仕事まで、ほとんど可能になります」
それから、様々な職種の仕事風景が次々と映し出された。立体的なので、よりいっそう現実味がある。介護の現場では、優しそうなアンドロイド介護士が、日常生活のきめ細かいケアをしている様子が、映し出されていた。
美容師もインプットすればお客の希望と、頭の形に合わせスタイルを決め、自動でシャンプーから仕上げまで行っている。窓拭きなどの危険作業から、設計の仕事、作詞、作曲など、「人」でしか無理だといわれていた業種までボタンひとつでこなしている。通訳やカウンセラー、スポーツの審判までロボットだ。医師やパイロットなど、正確性を極めれば、人間よりも確実なのかもしれない……。
ほんとに、子供の頃に読んだSF小説の世界だ。最初はワクワクしながら見ていたが、段々と、人間は何をすればいいんだ?と、不安になってきた。僕とそっくりのアンドロイドが存在すると思うと、妙な気分になる。
ロンなんて、宇宙の使者とか言いつつ、ずいぶんアナログチックで……鏡やスクリーンを使い、過去世の様子を見せてくれたことがある。しかも、眠っている間に夢の中でだったよな。こんなに技術が進んでいるなら、人間社会の方が進んでいるんじゃないか。
そんなことを思っていると、(わいはアナログが好きなんや。そもそも、わいの役目には、進化のバランスを取るちゅう意味もあるんや。宇宙では、文明が発達し過ぎて滅んだ星かてあるさかいにな。やっぱ、心は大切やで)と、ロンが伝えてきた。
確かに、その内、AIに人間の仕事を取られるんじゃないか。もっと先のことだと思っていたんだが……。
未来のホログラムはまだ続き、驚くのはそれだけじゃなかった。アンドロイドの恋人や、友達、家族までも、自由に選択することができるようなのだ。自分の好みの容姿・性格のパートナーや伴侶、望めば子供さえ創り出すこともできるという。いやはや、ちょっと怖いな。
エレナは、最後まで笑顔を崩すことなく、未来の様子を語った。リアルな未来が消え、現実に戻ると、なんだかホッとした。
みんなも息をついて、直美さんが「ホントなのかしらんねぇ?」と首をかしげている。
そして、保奈美さんは「AIの近未来、最近はネットやテレビでも話題になっていますので、これくらいは目にされたこともあるかとは思いますが……。あらためて、現実として受け止めてみると、楽しみのような、不安な気持ちにもなりますよね。けれど、私が本当に話したいことは、ここからなのです。AI技術の世界にのめり込んだ……主人と私、そして、娘婿は、人としての領域を超えてしまったのです……」と椅子から立ち上がった。
えっ、いきなり、何を言いだすんだ? 僕がロンに聞こうとした時、里穂さんが目を見開き、「えっ? 人としての領域を超えたとは、どういうことなの? そんな違法なことには、私は関わりたくないわ」と、少し声を震わせていた。
保奈美さんは目を伏せ気味に、「そうですよね。……けど、できれば、この先のことを聞いていただきたいのです。そうじゃないと、今まで説明してきたことが中途半端になってしまいます。どうか……お願いします」と、一人一人の顔を確認するように見渡した。
しばらくの沈黙の後、里穂さんは穏やかな顔に戻り、「分かったわ。中途半端じゃ気持ち悪いわね」と頷いた。
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