(第2章)  思いもよらない告白

それぞれ椅子に腰かけ、ご主人の「重大な話」とやらを聞く為に耳をすませていた。

龍さんは、頭をポリポリと掻きながら話し始めた。

「どこから話したらいいんでしょうかねぇ。わしも、ホントのところ分からないことも多いんですわ。なので、知っていることから話そうと思います。ブログを作ったのが、ことの始めといいますか……。わしの人生は、風呂焚き一筋でした。ゆっくり家族を旅行に連れていくこともできず、娘が二十一歳で結婚した五年後に、女房を亡くしました。一人で寂しい生活をしていたので、嫁に出した娘が家族で戻ってきた時、内心、わしは喜びました。一人娘は体が弱かったので、心配もしてましたし、孫の海人も可愛くて。それだけに、いつまでも働かない婿にはイラついて、それが自然に伝わり、ある時、ケンカになり婿は出ていきました。わしの頑固さが、海人から父親を奪うこととなり、気に病んだ娘も親より先に亡くなってしまいました。たった一人の身内となった海人が、わしの生きる張り合いとなったんです。しかし、ここ三年ほどの海人の様子が気になってまして。事情は分かりませんけど、ふさぎ込んでばかりで、笑顔も見られんようになって……。わしのせいもあるんじゃないかと、後悔の気持ちでいっぱいでした。それで、海人の幸せを考えれば、この銭湯を手放し、自由にさせてやることじゃないかと思ったんですわ。わしは、小さなアパートにでも引っ越し、余生を一人で、ひっそり送るつもりでした。海人にその話をすると賛成してくれ、『最後にブログで、じいさんの銭湯を世の中に知ってもらったらどう?』と提案してくれました。パソコンなんて知りもしないのに、孫の言葉が嬉しくて、ブログなどというものを始めたわけです。そして偶然……わしは保奈美さんとネットを通して繋がりました。実は、彼女、わしの初恋の相手なんですわ。保奈美さんも、わしと気づいたらしいんですが、何十年ぶりということもあって、最初は差し支えないコメントを入れてくれました。その内、個人用のメールでやりとりをするようになり、ブログでは、あくまで『知らない者同士』で、プライベートな内容は書くこともしませんでした。ある時、『一度、お会いして相談したいことがあります』というメールをもらいました。初恋の相手とはいえ、当時は身分も違い、憧れていただけの淡い恋心。何十年も経った今、わしに何の相談があるんだろうと妙な感じはしました。それでも、保奈美さんに会いたいと思い、二人で食事をすることになりました。場所は彼女に決めてもらいました。わしなんかが、保奈美さんが喜びそうな店を知るわけもないですから。そこで、とんでもない話を聞くことになったんですわ。正直、わしの理解できる内容ではありませんでした。けど、彼女は『お孫さんを救うことにもなるんじゃないでしょうか』と言ったんです。海人の為になるなら……。わしは、彼女の計画の手伝いをする約束をしました。海人、会社で何があったんだ? 保奈美さんは、おまえのことを調べていたが、わしは、その内容を聞かなかった。おまえが話さないことを、保奈美さんとはいえ、他の人から聞くつもりはなかった。なぁ、海人、もう一人で抱え込まなくてもいいんじゃないか。みなさんの前で話し、ここらで新しい人生を選択していくのはどうだ? それは、ここにいるみなさんも……」

龍さんは、いったん言葉を切った。

「みなさんも…」って、どういうことだ? 僕は意味が分からなかった。それにしても、ご主人と保奈美さんが知り合いだったとは……。ロンの奴は知ってたのかな?

(メリーちゃんからの情報で知っとったわ。でも、まぁ、驚くのは、これからや)

ロンの言葉に、いったい何を聞かされるんだろう?と、僕は興味が半分、とんでもないことを知ることになるんじゃないかという怖れが半分、そんな感じだった。

海人君は、いきなり人前で、隠していた素の自分を引っ張り出されたことに、憤慨している様子だった。そりゃそうだ。保奈美さんが個人的なことを調べていたって、ひどくないか。しかも、ここで言わなくてもいいような……。

「じいさん、どういうことなんだ? 僕のことを他人が調べていたなんて、あんまりじゃないか! 保奈美さん、僕は、あなたのことをよく知りません。いったい、どういうことなんですか? 僕の何を救ってくれるっていうんでしょうか! 場合によっては許さないです」

彼は怒りを隠そうとはしなかった。誰も、何も言うことはできないような状況である。今までの和やかな雰囲気から、一瞬にして、すべてが凍り付いたような空気になった。

保奈美さんは覚悟を決めたように、ゆっくりと口を開いた。

「ごめんなさい。この集まり、そのものが計画されていました。最初の頃、ブログで日々のことを綴るだけで満足していました。けれど、龍さんと繋がったことで、私は、この人生でやり残したことを成し遂げる決意を、少しずつ固めていきました。銭湯ブログに書き込まれた方の中から、これは直感なのですが、『この人』と感じた方の日常を調べさせていただきました」

そこまで話した時、みんなの顔がひきつった。一人一人の、狼狽したような表情を保奈美さんは見渡した。

「これは、犯罪ですよね。分かっています。すべてをお話しした後、私のことを許せないとおっしゃる方は、煮るなり焼くなり、訴えるなりしてください。龍さんが、お孫さんのことから公表したのは、まずは身内から打ちあけるしかないというお気持ちだったのでしょう。龍さんには、すべてを話してありますが、みなさんの調べた内容は何も伝えていません。海人さん、本当にすみませんでした。おじいさんを恨まないでくださいね。悪いのは、すべて私です。どうか、話だけでも聞いてもらえないでしょうか。みなさんも……。もし、話を聞くのもイヤだと言われるなら、私もあきらめます。今すぐ警察でもどこでも行きます。ただ、この計画は、残りの人生すべてをかけた私の使命だと思っています」

保奈美さんの目は真剣だった。

何か言わなくちゃ!とは思うのだが、僕は言葉が出てこなかった。たぶん、銭湯仲間のみんなもそうなのだろう。

一瞬の沈黙を破ったのは、孫の栞ちゃんだった。

「おばあちゃんを責めないで。私……。私のこともぜんぶ話すから。今までの私は、本当の自分じゃないの。もう、誤魔化して生きていくのはイヤ! 私ね、海人さんのブログを見て、とても惹かれたの。最初は、理想的な王子様みたいに思えて、憧れてたんだ。だけど、本人と会って分かった。この人、私と同じなんだって。ウソで固めて生きてるって。だから、惹かれたんだと分かったの。ねぇ、お願いだから、おばあちゃんの話を聞いて。罰なら、私も受けるから……」

最後の方は、涙声になっていた。

ロンが(おい、助け船を出せ。保奈美さんがやろうとしていることは、これからの地球にとっても大切なことや。なんとかせい!)と伝えてきた。

なんとかせい!って言われても、どうしたらいいんだ?

その時、里穂さんが「話を聞くぐらい、いいんじゃないの。実は、この前、保奈美さんの家に料理を習いに行った時、『やり遂げたいことがあるのよ。あなたに手伝ってもらえたら助かるわ。詳しいことは、次回の集まりで話すつもりだけど……』と言われたの。このまま、保奈美さんを責めても後味悪いだけでしょ。聞いてから判断しても、遅くないと思うけど。海人君にとっては、突然の荒療治かもしれないけど、そうじゃないと、本当の自分が出てこなかったんじゃないの。ここにいる人達は、本当のあなたを知っても、誰も笑わないわよ。偽りの自分を装うのも、しんどくない? 私は、保奈美さんの話を聞くわ。みんなは、どう?」と、僕の代わりに助け船を出した。

直美さんも「そうよね。何も知らないまま責めてもしょうがないわ! 私も聞きたい。それに、私のプライベートなんて、知られたところでたいしたこともないし。保奈美さんが悪い人には思えないわ。里穂さんの意見に賛成」と、手をあげた。

続いて、天作さんも「わいも、どうしようもない人生やったんで、どうってことないですわ。それより、なんや大袈裟な話になってきて、正直、興味が出てきましたわ」と笑った。

僕も「賛成です」と言おうとした時、「分かりました。話を聞きますよ。けど、それでも許せない場合は、その時に考えるということでいいですか。僕の会社でのことは、その話を聞いてからということで……」と、海人君が先に口を開いた。

龍さんがホッとした顔をしていた。

結局、僕は……里穂さんから、「佐々木さんは賛成でしょ。そんな感じするから」と、あっさり言われ、「あっ、はい。もちろん」とだけ答えたのだった。

ロンも(わいも、あらためて、すべてを知りたいわ。要所、要所の情報を繋ぎ合わせてきたんやけど、最終的に、どないしていくんやろと気になってたさかいにな)と、聞かれもしてないけど返事をしていた。

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