(第9章)   パートナー発見か?

それからの一週間は、じいさんの銭湯ブログを離れて、「犬を飼っている人」で検索してみた。アットランダムにブログや動画を見ていったが、どうもロンは乗ってこない。

三日目になると、少々疲れてきた。

「どの犬も可愛いじゃないか。何が不満なんだよ」

おっさん犬に聞いてみると、「どうも、ピンとこないんや。もう少し粘ってくれへんか。頼むわ」と、ロンは伝えてきた。

そう言われちゃ仕方ない。もう少し頑張ってみるか。

そして、一週間が過ぎた頃、「おい、なんやこのブログ、気になるわ。じっくり読んでみるか」と、おっさん犬が目を輝かした。

えっ、ピンときたのか? いったい、どんなべっぴんさんなんだ! 

僕は、そのブログのプロフィールにカーソルを移してみた。

名前は、『しおりん』。なんだ、女子高生じゃないか。顔写真はなかったが、イラストはいかにも今ふうの十代の少女だ。まっ、実際はオバサンということもあるのかもしれないが、文章を読んでいけば分かるんじゃないか。

ロンが「ふ~ん、JKか」とつぶやいた。

なんだJKって?

「女子高生ってことや。ホンマ、何も知らへんな。ピチピチのギャルやないか」

う~ん、ピチピチって今どき言うかねぇ~。とにかく読んでみなきゃ分からないよな。


『某女子高に通う、しおりんで~す。高校生になったから、ブログを始めました! 私の通う高校は、いわゆるお嬢様学校。自分で言いますかね。でも、ホント。私もおしとやかにしなくちゃ。恋愛禁止なんだけど、恋もしたいな。部活はチアガール部。ミニスカートはいて、ボンボン振って、可愛いっしょ。今しかできないことを精一杯、楽しむのだ~。人生は、ポジティブに生きなくちゃ! それが私のモットー! 相棒のメリーちゃん。私が小学校の六年生から飼ってるポメラニアン。美人なんだよ~。飼い主に似て、ベリー明るい子。わんこ大好き! ワクワクすること大好き! みなさん、よろしくね~。』


どうも女子高生のノリについていけないな。絵文字がいっぱい使われていて、メリーちゃんらしき犬の写真もアップされている。

「よろしくね~だって、ロン。お嬢様学校に通っている、そのJKと、いったいどうやって繋がればいいんだ? それに、品のありそうなワンちゃんじゃないか。また振られるだけだぞ」

僕が尻込みしていると、「そない弱気でどうする。まずは情報収集や。記事の方に行ってくれ」と、アゴをクイッと画面に向けた。

はいはい、分かりましたよ。


『今日は、部活で疲れた~。先輩のエミリ先輩、ちょ~素敵! 

女の私でも惚れ惚れする!  あこがれの先輩と一緒で嬉しい~。』

『明日は、友達のサッチンと渋谷に買い物に行く。

パパにお小遣いもらって、お気に入りの服をみつけるんだ。エンジョイ!』

『SNSで友達が増えてきた。このブログとリンクさせよう。

みんな、よろしくね。』

『日曜日、おばあちゃんの家に行く。元気にしてるかな? 小さい頃は、

おばあちゃんっ子だったんだ。好物の芋ようかん、持ってってあげよう。』

『合宿、キツイけど、充実してたよん。』

『メリーと散歩の途中に、新しいカフェを発見! 今度、部活の仲間と来よう。』


渋谷での写真やら、買った洋服、お気に入りの小物、手土産の芋ようかんなど、文章より写真が多くて、インスタや動画サイトともリンクしているみたいだった。しかも、記事の方も絵文字だらけで、目がチカチカしてくる。

友達とプリクラ写真で、チラッと本人らしき姿がアップされていたが、目がキラキラしてマンガチックなので、よく分からない。

それからも、試験のことやら、部活の大会の話、SNSで出会った友達との交流やら、まぁ、忙しいというか、まさに高校生活をエンジョイしている様子が書かれていた。

その年代特有の、精神の不安定さが感じられないのが、逆に不思議なくらいだった。よっぽどポジティブなんだなぁ。お金持ちのお嬢様みたいだから、たいして悩みもないのかもしれないな。ブログを始めてから一年が経っているから、今十七歳か。若いなぁ。

そう思いつつ、ロンの方を見ると固まっている。

あれ? また、心ここにあらずか……。意識が、メリーちゃんのところにでも行ってるのかな? 

僕がトイレに立ち、戻ってみると、「おい、どこへ行ってたんや」とロンは、いつものとぼけ顔。

「こっちのセリフだよ。おまえこそ、どこに行ってたんだ。抜け殻になってたぞ」

僕が座り直して聞くと、「すまん、すまん。ちょいとメリーちゃんの魂とコンタクトを取っとったんや。なかなか頭のええ子やで。その内、会えるかもしれへんわ。どうやら、彼女が、わいを呼び寄せたみたいなんや。まだ、詳しいことは分からんけどな。ブログの世界ちゅうのはオモロイな。見えない糸で繋がっているみたいや」と、返事が返ってきた。

魂とコンタクトと言われても、こっちはチンプンカンプンだ。

「そんな術があるなら、桃先生の様子も見に行ってきたらどうだい? あれからどうなったか、気になっているんだ。それに、見えない糸で繋がっているって、どういうことなんだよ」と、僕がマジメに聞いてみると、おっさん犬は、「しゃあないなぁ~」と大あくびしてから話しだした。もちろん、テレパシーを使ってだけど。

「術ちゅうわけやないけどな。桃先生とは無理やな。魂のご縁ちゅうこともあるけど、メリーちゃんは、わいを呼んでたんや。まっ、メリーちゃんも進化した犬ちゅうことかもしれんな。なんや、特殊な能力を持ってるみたいや。見えない繋がりちゅうのは、現実の世界で、ネットを通じてグローバルに世界中の人と繋がってるやないか。あるいは、パパさんが自分でSNSに参加したとするわな。するとやな、小学校、中学校の同級生が偶然に見て、ネットを通して繋がったり、あるいは、今までの人生で出会った人と、ハンドルネームだけでは知り合いと気づかずに、繋がるちゅうことかてあるいうことや。もし、ママさんが二十代を装いブログを公表してて、パパさんが知らずにコンタクトを取ってしまうなんてことかて、ないとは言えんやろ。他人や思うてコメント書いてたら、身内ちゅうことや。人と人が良いも悪いも繋がっていて、それが見えない糸みたいやなと思うたんや。気をつけんと、バーチャルの世界でホントもウソも情報が広がって、空想の世界を創りだし、現実を隠してしまうこともあるんやろうなぁ。それでも、オモロイ世界や。地球の裏側のことまで一瞬にして伝わってしまうんやから。これからどう発展していくんやろな?」

珍しく、ロンが感慨深げな表情をしたように見えた。

「ホント、どうなっていくんだろうな。僕はついていけそうにないよ。ロンの代理人くらいでちょうどいい。ついつい、他人の人生にまで踏み込んでしまうから、気にし過ぎて疲れる時があるよ」

正直な気持ちだった。ブログを始めてから、日常から離れた刺激というか、自分の知らなかった世界や、人生があり、考えさせられることもあったのだ。のんびりビール飲みながら柿ピーでも食べて、テレビを観ている方が気楽といえば気楽だ。

そういえば、ロンのブログの更新が滞っている。久しぶりに記事でも書いとくか。しかし、なんて書けばいいんだ。

「壁ドン完成! あなたの疲れたハートを癒します! 愛は永遠なのだ。愛を運ぶ伝道師からのメッセージ」とでも書けばいいのか……。

ジロッと睨んだロンは、「おちょくってへんか? なんや、軽過ぎて、わいの愛の深さが伝わらへんやないか。ホンマ、わいの品位を保つよう、頼むで」と、品があるようには見えない、おっさん犬は「ワン」と吠えたのだった。




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