(第6章)   謎のリボンブタ

それから一週間は仕事が忙しくて、ゆっくりブログを見る時間が持てなかった。

ロンは、壁ドンの練習のし過ぎで脚が吊ってしまい、大人しくしていた。まったく、犬が壁ドンの練習をして、脚が吊るなんて聞いたことがない。

家でパソコンを開いてはなかったが、会社の昼休みに、ブログを作っている若い後輩に色々と聞いてみたりした。

「SNSが普及して、人との繋がりは簡単になりましたけど、入り込んでしまうとやっかいなことにもなるじゃないですか。楽しむ程度でいいと思いますよ。まっ、僕らの年代だと気楽な付き合いから、人生の伴侶になった奴もいますけどね。笑えたのは、同期の奴で、インスタに元カノの写真が残ってて、奥さんにみつかり、大ゲンカになったらしいんです。ホント活用方法は、人それぞれですね。ビジネスで使用している人もいるみたいです。一般的には、日常のことを書き綴ったり、愚痴のはけ口にしている人もいるのかなぁ。別人になっている場合もあるから、怖いところはありますけどね。佐々木さん、騙されやすそうだから、怪しい営業目的のサイトには気をつけた方がいいかもしれないな。分からないことがあったら、いつでも相談に乗りますよ」

後輩の木本君は、親切に使い方などのアドバイスもしてくれた。

しかし、僕って騙されやすそうに見られていたんだな……。まぁ、いい人そうに思われているということにしとくか。

土曜日になり、やっとパソコンを開く余裕ができた。

節子は、大阪にいる息子のところに泊まりがけで行くらしい。嫁さんの慶子ちゃんは、美穂の友達だから、節子にとっても昔からの知り合いだ。なので、今のところ嫁姑の関係もうまくいっているようである。僕としては、早く孫の顔が見たいところだ。

美穂にしても、自分のやりたいことをみつけるとかで婿とパリに行ったまま、なかなか帰国しない。大切に育ててきた息子と娘、二人共、二十代で遠方に行ってしまった。家族四人とロンで賑やかに過ごした頃が、時々懐かしく思い出される。

けど、寂しいなんて言ってられない。僕はロンの相棒で、愛の伝道師という使命があるのだから。何か自分の役割を作ることで、寂しさも紛れるというものだ。親のエゴで子供を縛ることもできないから、家族の形は変わっていくものなんだよな。

そんな僕の切なさなど無視して、「じゃあ、大阪に行ってくるわね。博は仕事で忙しいらしいから、久しぶりに慶子ちゃんと映画でも観てこようかしら? あなたは、ロンがいるから大丈夫よね」と節子はいそいそと出かけて行った。

父親は損だな。家族の為に、雨の日も風の日も、ひたすら頑張って働いてきたのに……。

なんとなく疎外感を感じつつ、「おい、ロン、おまえのパートナー探しをするぞぉ」と、声をかけると、おっさん犬がキッチンからスタスタとリビングにやってきた。どうやら、脚も回復したようだ。

「待っとったんやでぇ。わいも、昨日から壁ドンの練習を復活したところや。ほな、パソコンを開いてぇな」

ロンは、準備万端という感じで隣に座り込んだ。

「ちょっと天作さんのブログを覗いてみようか。何か進展があったかもしれないから」

僕は、そう言うと天作さんの婚活ブログを開いた。しかし、この前と変わらず、更新はされていなかった。

「ホンマにあきらめたんかいな」とロンも残念そうだ。パートナー探しの戦友みたいなもんだからな。

僕は、気を取り直して銭湯ブログの方に移動した。

「今度は誰のブログを見に行こうか?」

「そやなぁ、あと気になるのは女性やな。まぁ、実際には男かもしれへんから、女性らしき二人やな。『リボンブタ』『桃先生』どちらも本名ではなさそうやなぁ。ほな、『リボンブタ』いう人のところに行ってみよか。ここに書き込んだコメントも、なんや変わってるなぁ」

確かに、コメントを読んでみると、今までの人とは少し違っていた。


『ふ~ん。お風呂に入るくらいで癒されるものなんでしょうかねぇ。魔法のお湯っていうなら分かるけど、温泉でもなさそうだし。せいぜい、温泉の素を入れてるくらいでしょう。ごめんなさい。クレーマーではありませんので。時々、どうしようもなく切なくなることがあって。お風呂に入って、辛い思いを抱えているすべての人達が、ホントに楽になれるならいいのに。そう思っただけです。ちょっとひねくれてる変人だと思ってくださいな。気が向いたら、入りに行きます。』


何か苦しい思いでもしているのだろうか? ただの少し変わっている人なのかな? 

僕がいつものようにアレコレ考えてると、「なんや、『すべての人達』と書いてるところに、素の部分が見える気がするけどな。人の哀しみ苦しみを知ってはる人かもしれへんな。じいさんの返事は、どないや」とロンが、僕の考えていることを読み取って答えた。

そう言われてみれば、自分だけの苦しみということではないみたいだ。

どれどれ、じいさんは何て返事したんだ。

『確かに、そうですな。風呂に入っただけで、すべての苦しみが消えたらいいでしょうなぁ。ウチの湯は温泉ではありませんし、温泉の素も入れてません。季節ごとにみかん湯にしたり、菖蒲湯にすることはありますけど。まっ、一日の疲れを取るくらいの気持ちで、お湯に浸かりに来てください。女性の方でしょうか。番台からは脱衣所は見えませんので、安心してください。風呂屋のじじいですが、何か悩みごとがあれば聞きますよ。気楽に話しかけてくださってかまいませんので、お待ちしてます。』


このじいさん、お悩み相談も始めるのか? 

「今度は、じいさん、なかなか、うまく勧めてるで。『リボンブタ』って、どないな人やろな? わいみたいに人間の言葉が分かるブタなんやろうか。可愛いメス犬を飼ってる感じでもないなぁ。ほんでも、ブログを覗いてみるか」

ロンの奴は、犬を飼ってるか飼ってないかで、テンションが違うな。それにしても、確かに謎のリボンブタさんだな。人間の言葉が分かるブタだったりして。「前世が人間だったブタ」……おっさん犬のブタバージョンってことか? 宇宙には、「しゃべる動物族」なんていう種族が存在するのだろうか? まったくもって、宇宙とやらは未知なる世界だ。

僕はなんだか興味が湧いてきて、謎の『リボンブタ』という、たぶん女性のブログに飛んだ。

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