(第7章) ダークヒロイン
どれどれ。では、プロフィールから読んでみるか。
『私は、絶世のブスです 。私は、絶世のデブです。私は、絶世のひねくれ者です。私は、絶世の闇人間です。』
なんだ、これ? 危ない人物なんじゃないか。闇サイトなんていうのもあるらしいから気をつけないとなぁ。ブログは、三か月前から始めてるみたいだ。顔写真の欄には、リボンを付けたブタの実写真がアップされていた。
ますます怪しい。さすがのおっさん犬も黙り込んでいる。一応、記事を読んでみるか。
『世の中、幸せな人より、そうじゃない人の方が多い。ただ、幸せなフリをしているだけなんだ。でもね、どこかで光をみつけたいと思って生きている。私がそうだから。今まで、たいしていいことがなかった。両親を早くに亡くして、親戚の家に引き取られた。そこからは、幸せっていう光が分からなくなったよ。このブログを立ち上げたのは、誰かの心の声を伝えるため。私だけじゃなかったんだよ。もっと闇の世界に沈んで生きている人達もいる。』
これが最初の記事だった。
「不幸ブログみたいやな。わいも、パートナーがみつからない不幸を書き込んでみるか」
冗談のつもりなのか……ロンがテレパシーで伝えてきた。
テレパシーというのは不思議なもので、言葉そのものだけじゃなくて、ロンの感情まで感じることができる。今の言葉には、いつもの軽いノリではなく、ちょっと挑んでいるかのような複雑な意識が伝わってきた。
「おいおい、書くのは僕なんだから、パートナーが欲しいなんて書けないよ。僕が、犬になり代わって誘っているみたいじゃないか。何か気になるのかい?」
「気になるゆうか、この人の意図が分からへん。ただの闇人間には思えんしなぁ。まあ、ええわ。先を読んでみるか」
『私の心の闇をつぶやいたところで仕方ない。誰かの苦しみを伝えよう。
誰かの辛さを書こう。それが、私自身の苦しみを解放することにもなるのだろう。』
男性っぽい文章だな。実は男かもしれない。記事は何回かに分けて、ネガティブなひと言を綴っていた。でも、それは自分のことではないようだった。「僕」と書いている記事もある。いったい誰の思いを、記事にしているのだろう。
とりあえず、言葉だけを目で追ってみた。
『ああ、なんてつまらない人生なんだ。生きている意味なんてあるのか。
おい、そこの意識高い系のヤツ、教えてくれよ。』
『ママが、あなたはバカだからっていうんだ。ずっとだよ。
だから、バカはバカなりに考えてみたら、自分が壊れた。』
『私なんて価値がないんだ。死んだほうがいいんだ。』
『私の苦しみなんてわかるわけないんだ。』
『ああ、ああ、どうせ。』
『地球なんて破滅してしまえばいい。』
『僕の心は死んだ。あいつのせいだ。』
『電車に乗るのも怖い。人と話すのも怖い。誰かが私を見ている。監視している。』
『狂っているのかな。私、自分が分からない。』
『会社でいじめられた。いい歳をしてと言われそうだが、男同士の苛めは陰湿だ。』
『ラブレターを回し読みされて笑われた。』
『あんたなんか恋人できないって言われた。私、魅力ないから。
ずっと一人で生きていくしかないんだ。』
『センコーの偉そうな説教なんて、もうたくさんだ。』
『酒乱の父さんなんて、顔も見たくない。』
『トメちゃん死んじゃって。トメちゃん、私が飼ってた猫で
十五年も生きていたのよ。私も死にたいわ。』
『何度も死のうとしたけど、失敗しちゃった。』
『人が怖い。傷つけられるから怖い。』
「さすがに、もう読めない。なんなんだよ」と、僕は、途中で音を上げた。
そして、そこに書き込んでいる人達のコメントもキョーレツだった。
『こいつ、ほんまもんの闇人間だ。まぁ、僕もだけどね。』
『誰の声を伝えてるんだよ。ヘンなヤツ。』
『人生に疲れました。今の夫はDVで、昨日も殴られました。』
『子供の夜泣きに疲れました。私も働いているのに。
ダンナはイビキをかいて寝てる。』
『何もかも私が悪いんです。ごめんなさい。』
『自分の親なのに、早く死んでくれればいいのにと思う私。介護に疲れました。』
『人の失敗、不幸は楽しいよね。スカッとする。』
『いい人のふりしてるのも疲れるわ。ニコニコ笑ってれば、バカにして。
あの上司むかつく。』
『隣の奥さん、いつも自慢話、いい加減にしてよね。
たいした大学出てないくせに。』
『いじめたくなるヤツっているよな。それは自分のせいじゃないか。
トロイんだよ。』
『オヤジの偉そうな説教なんて、もうたくさんだ。
自分だってわかっているんだから。』
『この世は金だ。』
『あんたは神なのか? 闇の神? こえ~な。』
重い身の上話から、身近な愚痴など暗い内容がほとんどだ。読んでいく内に、僕の心まで闇に染まっていきそうだった。
たまに、
『人生は光と闇があります。そのうちにいいこともありますよ。』
『私も義母の介護をしてます。自分の時間を大切にすることも必要よ。』
という、まともなコメントもあったが、全体としてはネガティブなエネルギーが溢れている。
「わいも宇宙に帰りとうなったわ。希望もへったくれもないな。わいのモットーは、愛やで~愛。それは、きれいごとなんかな。で、なんて返事しているんや」
ロンのテンションの低さもマックスみたいだ。リボンブタさんの最新記事に、コメントの返事らしきことが書いてあった。
『たくさんのコメントに感謝。あんな不満、こんな愚痴。あるわ、でるわ。自分を責めてしまう人は優しいから。人を責めるのは自分を正当化したいから。心に闇を抱えている人、苦しみ、辛さをため込んでいる人は、多勢いるってこと。安心できるでしょ。自分だけが満たされてないわけじゃないんだから。どんなに名声やお金を手にしても、どんなに素晴らしい容姿をしていようが、頭が良くて立派な大学、会社に勤めていても、満たされてない人は満たされてない。そんなものかも。ワクワク生きてますなんて言ってる意識高い系の人だって、無理してたりね。そうそうワクワクばかりしてられるもんじゃない。お金があっても、病気してたり、一人で孤独だったり。限りない不幸の中、人は生きているもんなんだ。だから、言わせてもらうと、自分の不幸に埋没してても、しょうがないっていうこと。自分が可哀想っていう人は、それだけ自分のことが好きなんだろうしね。だったら、自分のことを大切にしなよ! 死ぬなんて、ちゃんちゃらオカシイ。死にたいというほど、生きてないんじゃないの。ちゃんと生きてみてから死んでもいいんじゃないの。お金あるなら、どこかに寄付でもしてから死になさい。健康な体があるなら、ボランティアのひとつでもしてから死んだら。自分が好きなら、自分が好きな服を着て、好きな風景を見て、好きな食事をしてから死になさいよ。まぁ、ここに書き込んでいる人っていうのは、生きる気満々かもしれないし、愚痴を言って発散してるだけかもしれないけどね。中には、この世にうんざりして「自決」する人だっている。純粋なままでは、辛すぎる世の中だからね。闇は時に魅力的なんだ。人をいじめるのが楽しいとか、人の不幸は蜜の味っていうのも、正直なところ。でもね、それがすべてじゃない。生きている感覚のすべてだとしたら虚しい。本当の孤独は、本当の苦しみは「無」かもしれない。どうでもよくなっていくこと。自分が闇に引っ張られる前に、抜け出そう。人生なんてどうでもよくなる前に。人を傷つけることが快感になる前に。生きていることを確かめてみようよ。闇から光へ突き抜けていくんだ。それが、そんなに簡単なことではなくても。私も抜けたいんだ。今までの自分を変えたいんだ。そんなことさえ考えることなく、日々の生活を淡々と生きている人は幸せだ。変わらない幸せの中、今を大切に生きていけるんだから。だけど、普通に生きるって難しい時代。だからさ、その苦しみ、悲しみ、あんただけじゃないんだ。人として生きているからの苦しみでもあるんだ。誰かと比べてみてもしょうがない。生きよう、生きてやろうよ。比べることのない自分の幸せの光に向かおうよ。』
最後の方は、光人間の言葉みたいだ。感情的になって書いてるみたいだな。そもそも、光と闇って、そんなにハッキリ分かれてるわけでもないよな。一人の人間の中には、誰にでも光と闇があるんじゃないか。死にたくなることだって、きっと誰にでもある。
それに、僕だって、気に入らない同僚が失敗すると、「それみろ」とか内心は思うからなぁ。ロンなんて、いつも血統書付きの犬に嫉妬して、「ああいうのに限って、性格が悪い」とか、自分のひねくれた部分は置いといて、陰口を言っている。僕は知っているんだからな。
「わいは、嫉妬しているわけやない。事実や。カッコつけている犬は、性格が悪いんや。そうでなくてはいかんのや」
なんだ、結局、自分の願望じゃないか。
「いったい、リボンブタさんて何者なんだろうな? 会ってみたくなったよ。ダークヒロインって感じだよなぁ。いや、男なのか? ロンも、どちらかといえばダークだけど。まっ、カッコイイヒーローというより、そこいらのおっさん犬だ」
「わいのことは、どうでもええわ。わいの魅力は、自分が一番よう知っとるさかいにな。誰がなんと言おうと、わいは宇宙のスーパーヒーロー犬や」
「そういうことにしときますか。このブログは、これくらいでいいよ。本当に色んな人が様々な視点でブログを作っているんだなぁ。その人と同じ波長の人が集まっていくのかもしれないな。ほとんどがハンドルネームで、実際の人物像が見えないから怖いところもあるし……。あまり入り込み過ぎるのも疲れる。ほどほどにしよう。じゃあ、もう一人の女性のところに行ってみようか。『桃先生』っていうペンネームだったな。普通の人であってほしいよ」
銭湯ブログに書き込みしていた『桃先生』のコメントは、
『今どき珍しいですね。私の母の時代は銭湯に行ってたらしいですけど。
のどかな雰囲気で、私も一度入りたいな。』
と、ごくごく一般的だった。
じいさんも
『どうぞ、どうぞ。若い方にも来ていただけるとありがたいです。
昔ながらの風呂屋の良さを知ってください。』
と、気軽に返事をしていた。
ロンは、「今度こそ、運命の出会いに巡り合いたいわ。ほな、その『桃先生』のところへ行ってや。次こそは……」と、宇宙の使者の役割など、すっかり忘れた様子で催促した。
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