(第5章)   日常生活の彩ブログ

どれどれ、『保奈美』という女性は、どんな人なのかな? ブログでその人の人生を知ることが、段々と楽しくなってきた。「覗き見」的な快感もあるのかもしれない。

『保奈美』という女性のブログは、一年半前に始められていたが、それほど記事は多くなかった。

タイトルは『日常生活の彩』となっていた。プロフィールには、

『保奈美と申します。六十三歳にして、ブログデビューをします。慣れないことに戸惑うとは思いますが、自分が生きた証を残したいと、始めました。どうぞよろしくお願いします。』

と書かれていた。写真もイラストもなく、人物像を想像するのが難しかった。けど、壁紙がきらびやかな和風で、なんだかお香のかおりでも漂ってきそうな雰囲気だ。

とりあえず記事を読んでみることにした。犬を飼っていると、書かれているかもしれない。


『自分は、あとどれくらい生きられるのだろう? 最近、そんなことをよく考えます。五年前に大病をして、無事に生還した身であります。今は多少、膝の痛みを抱えてますが、日常生活には支障のない日々を過ごしています。今日、好物の栗をいただきました。季節は、すっかり秋なんですね。日本には季節があり、四季折々の食べ物や景色を味わえることも喜びです。』


『散歩をしていたら、秋桜を発見しました。可愛い。スーパーでは生のサンマが美味しそうでした。今晩のおかずに買い求めました。何気ない日々、ありがたいことです。』


『雨の日は膝が少し痛みます。でも、痛みを感じるということは、生きている証拠なのですね。今夜は、早目に寝ることにします。』


『お友達から海外のお土産をいただきました。知らない土地を旅するのもいいですね。』


『お天気がいいので、お布団を干しました。陽にあたり、お布団も枕もぽかぽかです。今夜、眠るのが楽しみです。』


上品なイメージなので、ちょっといい家の隠居生活ってところか。

犬は飼ってなさそうだな。もし飼っていたら、散歩する時に犬のことも書いているはずだからなぁ。今回も、ロンの相手はみつかりそうもないな。

それに、日常的なことがほとんどで、これといって刺激的なことは書かれていない。まぁ、そりゃそうだな。残りの人生を愛おしむ気持ちを日記に綴っているだけみたいだから。

けど、日常を大切にするっていうのは大事なことかもしれない。僕も通勤する道で、花でもみつけてみるかな。

「日々の生活のことがほとんどだな。この人のブログは、これくらいにして次に移動しようか?」

僕は、隣で一緒に記事を読んでいるロンに言った。

「いや、もう少し読んでみたいわ。なんや、年寄りらしからぬ何かを感じるんや。何かは分からんけどな」

このおっさん犬は、時々、わけの分からないことを言う。実際に言葉でしゃべるわけではなく、テレパシーで伝えてくるのだが……。

年寄りらしからぬって、実際は若い女性でお芝居をしているってことなのか? 役者を目指している女優の卵が、ブログを通して芝居の練習をしているとか? あるいは、男性とか? 実際に会ってみないと、本当のことが分からないのがブログの不思議さというところだなぁ。実際に会っても、演技をしていたら騙されてしまうこともあるわけだが。

話に聞くと、既婚者の男性が独身と偽り、SNSを通して若い女性と疑似恋愛をして、不倫騒動にまで発展するなんてこともあるらしい。反対に奥さんの方がという場合もあるのだろう。今の時代、ネットを使えないと不便だし、難しいところだ。

「ごちゃごちゃ言わんと、早う先に進まんかい。すぐ話が脱線するな」

「分かったよ。そんなに威張るなよ。僕は飼い主なんだからな」

ひと言、言い返して、少し先の記事に移動してみた。


『今夜は冷えます。温かい物をいただきましょうか。普通の暮らしとは、こんな毎日なんですね。けれど、残りの人生、生きている充実感を味わいたいと願う私がいます。

みなさんはどうなのでしょうか?』


あれ? ちょっと今までと違うなぁ。その記事に対してのコメントも読んでみることにした。


『その歳でブログを始められただけでもスゴイですよ。私は、あなたのブログを拝見して、五十歳にしてブログを立ち上げました。なかなか楽しいもんですね。充実しています。』

『私も息子の手を借りてブログに参加してます。今は、息をしているだけでも、ありがたいと思ってます。それ以上、望んだら罰があたります。』

『孫と遊んでる時が一番の充実感です。』

『八十になります。夫婦で散歩をしている時が一番幸せです。』

『歳を取れば、楽しいことは減ります。世の中の役にも立てない自分は、ただ死ぬのを待つだけです。』

『私は三十代ですが、生きている充実感なんて感じてません。歳なんて関係ないんですよ。若くても、虚しいものは虚しいんです。』

『私だって、充実した毎日を送りたい。』


それに対して保奈美さんは、前向きな返事を返していた。

『みなさま、コメントありがとうございます。人それぞれの思いで、日々を過ごされているのですね。私は、残りの人生を悔いのないように生きたいです。最近、ジムに通い始め、足腰を鍛えています。そして、やり残したことをあきらめないことにしました。いえ、あきらめないために、このブログを書き続けているのかもしれません。幸い、まだ動けます。話すこともできます。そして……。それは、ここでは書けませんが、生きていてよかったと思えることもありました。』

なんだか、急に力強くなってないか? 何かあったのかなぁ。

「そやなぁ。なんかあったんかいな? それにしても、わいのパートナーは、どこにおるんや? 壁ドンの練習をし過ぎて脚が吊ってしもうたわ。ほな、このばあさんの一番新しい記事は、どない書いてあるんや?」

「おい、目の前にいないからといって、ばあさんは失礼だぞ。最近の記事は、あっ、これが最新みたいだ」

僕は、ひと月ほど前の記事にカーソルを動かした。


『今日はお天気が良くて、体も軽い。あぁ、段々と若返っていくみたい。ブログを始めて、誰かに見てもらっているということが嬉しい。そうだわ。一度あの銭湯にでも行ってみようかしら。銭湯に入る……子供の頃からの夢のひとつだったのよ。今なら叶いそうだわ。』


銭湯ごときで、ちょっと大袈裟だなぁ。まっ、子供の頃からいいとこの子で、銭湯に行く機会がなかったのかもしれないな。なんだか、文章も少し柔らかくなってる気がする。

「ふ~ん、ばあさん、銭湯に行くんかい。わいも広い湯船に浸かってみたいわ。で、銭湯のじいさんからのコメントはあるんか?」

ロンが聞いたので、記事を遡って見たけど、コメントはなかった。

「いや、ないみたいだ。品のありそうなご婦人だから、書きにくいんじゃないか。ばあさんは失礼だぞ。僕もじいさんの銭湯に行ってみようかな」

「なんや、じいさんはじいさんかいな。行くなら、わいも連れて行け」

「そりゃあ、無理だよ」

「なんでや」

「おまえは犬だぞ」

「いや、宇宙の使者や」

一人と一匹で言い合いをしていると、ケーキの箱を持った節子が、帰ってきた。

「あら、まだパソコンを開いてるの? ロンまで座り込んじゃって、ネットでお嫁さん探しでもするの?」と、笑いながらロンの頭を撫でた。

「その通りだよ。必死だよ」

僕は心の中で答えた。

おっさん犬は、「ほっとけ」と言うように、「ワン」と吠えた。

そろそろ夕飯の時間なので、今日はここまでにするか。その内、ロンの代わりじゃなく自分のブログを作ってみようかな。若い女性の書き込みなんてあるかもしれないな。

僕は一人でニヤニヤしていると、「何を妄想しとるんや。そない若い子がパパさんのブログに興味を持つわけがないやろ。アホやなぁ。わいは腹が減ったわ。ほな、メシにしてくれや」と、ロンがバカにしたように伝えてきた。

やれやれ、必死で壁ドンの練習している自分のことは棚に上げて、なんだよ。下手に妄想もできやしない。僕はパソコンを閉じると、おっさん犬のメシの用意をする為に立ち上がった。

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