(第3章)   天作さんのブログ

僕は、この人のブログを一目見て、思わず吹き出した!

『壁ドンも練習してます。嫁さん探してるんですわ』というタイトルが目に飛び込んできたからだ。ロンに縁のある人なのか? 

ロンはといえば、「壁ドン練習せなあかんのかいな。う~ん」と悩んでいる。犬が、どうやって壁ドンするんだよ。胸キュンポーズの「頭ポンポン」のつもりで前足をあげれば、それは、「お手!」だぞ。

僕が想像してニヤニヤしていると、「わいが真剣に悩んでるちゅうのに、なんて冷たい相棒や。ほれ、さっさとプロフィールの欄にスクロールせんかい」と、ロンが急かしてきた。

スクロール? ああ、プロフィールを見せろってことか。

プロフィールには、

『野村天作。三十八歳にして初ブログに挑戦します。ぶっちゃけ、嫁さん探してるんですわ。ハタチそこそこで芸人目指して大阪に行くも、修行についていけず挫折。ほんま情けない話ですけど、そない簡単にお笑い芸人にはなれしまへんわ。で、三十五歳になるのを機に東京に戻ってきて、今は、スーパーの荷物運びの仕事してます。ひと月ほど前に結婚相談所に登録して、婚活を始めました。自分でいうのも何ですが、誠実な人間やと思うてます。ほな、ひとつ、よろしゅう頼みますわ。』

と、書かれていた。

芸人を目指すにしては、ちょっと真面目過ぎるのかもしれないな。けど、悪い人のようには思えない。たぶん、本人そのものでブログも書いているのだろう。

アップされている写真は、典型的な「平たい顔族のおっさん」だ。短髪で、無理やりに笑顔を作ったような表情。ロンを人間にしたみたいだ。まぁ、ロンの方は、わざとらしいカッコイイ犬のイラストで誤魔化しているけど。

当のロンといえば、「結婚相談所ちゅうのがあるんかいな? わいもそこに登録してみたらどうやろう」と真顔で考え込んでいる。

「人間の結婚相談所に申し込んでも仕方ないだろ。犬の紹介所もあるんだろうけど、血統書付きじゃないと、なかなか難しいんじゃないかなぁ」

僕はちょっとイジワルっぽく言った。

「差別やな。もうええわ。ほな、記事を読んでみるか。その結婚相談所とやらに入って、どうやったか知りたいわ。情報収集や」

情報収集って、こいつ本気で結婚相談所に登録するつもりなのか? 僕は一応、恋愛結婚だったので、お見合い結婚というものに興味がある。結婚相談所に登録して半年くらいの記事に移動してみた。どれどれ。

『今まで、何人もの女性から、会う前に断わられてしもうて。ようやく、明日は初お見合いや。スーツも新調したでぇ。ご趣味はとか聞かれるんやろか? 趣味、趣味は、そやな、旅行とか答えればええか。なんや、緊張するわ。思ったより、早う結婚できるかもしれへんな。今夜は、早目に寝ることにしよか。』

お見合いしたからって、即、結婚というわけじゃないと思うけど……。他人事ながら、僕はどうだったか気になって、翌日の記事に移動した。

『緊張したわ~。スーツ新調してよかったわ。相手の人も、畏まった格好してきはったしな。どこでこの日記も読まれるかわからへんから、下手なことは書けんけど、わいの結婚への歩みみたいなもんや。一緒に人生を歩いていく人との出会いや、その先の思い出を書き残していきたいさかいにな。運命の出会いなんてもんは、自ら探さなあかん。今日の女性、なかなかのべっぴんさんで、趣味は料理やて。ええやないか。わいにはもったいないわ。次のデートは、どこへ行ったらええんかなぁ? 楽しみや。』

うまくいったのかな? 相手の様子は書かれてないので分からなかったが、なんだか人のプライベートを覗いているようで、くすぐったいような感覚がしていた。

それにしても、天作さんも自分のことを「わい」と言うのか。ますますロンみたいだな。しかも、関西弁風だし。ロンのように振られなけりゃいいのだが。

それから一週間後の日記を読んでみると……。

『しばらく書く気にもならんかったわ。即日、断わられてしもうて。「いい人なんですけど、私にはもったいないといいますか……」という返答らしいが、どこがもったいないちゅうねん。わいの方こそ、あの人にはもったいない、いうことやな。まあ、それはそうやけどな。それにしても、初お見合いでの即断わり、少々めげてしもうて。ほんでも、婚活している、おっさん達の励みにもなるよう、これからも頑張りますわ。』

なんだか、僕までガッカリしてしまった。

それからというもの、天作さんは今まで以上に婚活に励み、会ってもらえれば相手に気に入られるよう努力して、『男性のお見合いに成功するセミナー』まで受けて、涙ぐましいほどの頑張りだった。

ロンも「わいは、まだまだ努力が足らんな。同士よ。お互い頑張ろうな」と応援しているようだ。

そして、初めて次のデートまで進んだ時の記事をみつけた。

『ありがたいこっちゃ。明日は、セミナーで学んだように、清潔感のある服装で、口臭チェックに、爪切り、それに食事のマナーも勉強しといたで。よっしゃ! 気合いいれて明日のデートに臨むで~。』

大喜びの様子だったのだが、三回目のデートで、「あなたとは趣味が合いそうになくて、ごめんなさい」と断わられていた。

断わられ続け、一年が過ぎ、二年が過ぎた頃から、少しずつ愚痴が増えていった。

『なんであかんのやろな。金かて、多少は貯めたんやで。顔がいかんのかいな? 味がある思うてくれへんかな。昨日、四十歳になってしもうたわ。』

どうやら四十歳までに結婚するつもりだったらしい。

数少ないコメントは、

『あなたは、自己否定が強すぎます。』

『もっと女性の気持ちを理解しなさい。』

『あきらめないことが大切です。』

など、知らない人からの押し付けがましいアドバイスだったり、

『そんな顔で結婚したいと思うな。』

『おっさん、いけてねぇ~。』

などの中傷するような内容だったり……。

最初の頃は、婚活中の男性からのコメントもあったが、徐々に減っていったようだ。中傷コメントが残っているのは、たぶん削除する方法が分からないのだろう。

読んでる僕まで切なくなってきた。ブログの世界の不思議というか、その人の人生のドラマに、自分も参加させてもらっている感覚になる。

「そないに、パートナーと出会うちゅうのは難しいんやな」

ロンも、わが身のように嘆いていた。このおっさん犬の場合は、悪口など聞きたくないことは耳に入らないが……。

婚活するのも、メンタルの強さが必要だということを、僕も知った。女性は、より見ためや年齢的な基準で比べられることもあるだろうから、気の毒である。

天作さんとお見合いしたと思われる女性からの書き込みもあった。


『先日、お見合いしましたレン子です。その節は、ありがとうございました。あなたは、とてもいい人ですね。私も、よく言われるんですよ(笑)。なんだかお話ししていて、同志のように思えました。あなたは、私のこと、『まぁ、この人でもええかな』って心の中で思われたのではないですか? いえ、私自身が、そう思ったのです。『この人ならいいかな』って。この先、一緒に過ごす時間の中で愛情が深まっていくのかもしれません。だけど、私は恋愛にあこがれているところがあるんです。結婚して生活ということになれば、そんな甘いことを言ってられないのでしょうけど。正直、そんなことを言ってたら一生結婚どころか、恋愛をすることも無理かもしれないですね。でも、もう少しだけ婚活の旅を続けてみたいんです。いい歳をして、乙女チックだと笑われそうですね。けれど、「私がいい」と選んでくれる人を探してみたいんです。そして、私も、「あなたがいい」心からそう思えたら嬉しいなって。結婚相談所をやめようかと考えています。もっと自由に動いてみようかと……。ヘンな書き込みをしてごめんなさい。あなたの幸せも、心より応援しています。』


コメントには、ほとんど返信していない天作さんも、この女性には丁寧な返事を返していた。


『レン子さん、この前はおおきに。楽しかったですわ。それに、このブログをみつけてくれて、コメントまで書いてくれはって嬉しい思うてます。僕……、なんや言い慣れないので、わいで書かせてもらいますわ。ほんまのこと言うと、わいは「愛」が何かなんて知らんのですわ。ただ、一人身は寂しいし、寝込んだ時には弱気になってしまうんです。誰か傍におってくれたらええなぁ。そう思って、婚活を始めました。わいには、夢のような恋愛なんて似合わん思うてて。すんません、こんな男で。ほんでも、レン子さんの気持ち、わからんわけやないです。傍におってくれる人が好きな人なら嬉しいですもんな。けど、どういう出会いにしても、育てていかないかんという気ぃもしてるんですわ。自分のことより、相手のことを大切に思えるようになったらええですわな。わいも、もう少し頑張ってみますわ。レン子さんも、どうか幸せになってください。』


僕はこのコメントを読んで、会ってもないのに、天作さんという人が好きになった。そして、レン子さんという乙女チックな女性にも、幸せになってもらいたいなと思った。

ロンも「レン子さん、打算的でないさかいに、難しいところあるわな。最初から愛だけを求め過ぎても、夢見る夢子ちゃんや。愛は大切やけど、愛だけで選んでも壊れる場合もあるしな。けど、パートナーを条件や見ためだけで判断してしまうのも、切ないいうこっちゃ。愛を育てていくかぁ。天ちゃんも、ええこと言うやないか。ほんま、一人寝、いや、一匹寝は寂しいわ。わいかて、純粋な愛を求めてるんやで~」と、最後の方は自らのことに置き換えていた。

しかも、天ちゃんて……。いつのまにか、友達みたいに呼んでいる。まぁ、ロンは人間じゃなくて、犬だけどね。

確かに、愛だけで相手を見るというのは、今の現実ではファンタジーの世界になってしまうのかもしれない。おとぎ話の王子様、お姫様は、めでたしめでたしでも、現実にはイヤなところも受け入れていかなきゃいけないわけだし。可愛い妻の一度のオナラで、百年の恋も冷めたという男性もいるらしいからな。

愛を育てる、なるほどね。天作さん頑張れ。なんだか理想と現実を考えさせられる書き込みだった。ブログというのも、勉強になるもんだなぁと、僕は心の内で感心していた。

それをキャッチしたのか、ロンも「ほんまやなぁ。遊びのノリやないさかいに。なんや、覗き見してるみたいで、申し訳ない気になるけどな」と、つぶやいた。

それからも、天作さんは婚活の歩みを綴っていたが、少しずつ記事も減っていった。

そんな中、

『そろそろ、あきらめた方がええんかな。どないしたらええんやろうな。自信がのうなっていくわ。わいの人生、挫折だらけやな。最近は、オモロイことも言われへん。人生、厳しいですわ。』

と、ネガティブな記事に、風呂屋のじいさんから書き込みがしてあった。


『なんだか、疲れているみたいですなぁ。この前書き込みしてもらった、銭湯のじじいです。ブログは、孫から宣伝になると勧められて始めましたが、そんなつもりもなく、ぼちぼち書いてます。古い風呂屋ですけど、富士山の壁画を眺めながら湯船に浸かれば、少しは気持ちも和らぐかもしれません。気が向いたらひとっ風呂どうですか。わしは番台におりますんで、気軽に声をかけてください。暇な風呂屋なんで、愚痴くらい聞きますよ。』


それを読んで、僕まで少しホッとした。ちゃんと見ていて、優しい言葉をかけてくれる人がいたことに安心したのだ。

天作さんも、

『おおきに。ほんま、銭湯なんて懐かしいですなぁ。近いうち、寄せてもらいますわ。』

と、短い返信をしていた。

「わいも銭湯に行ってみたいわ。犬は入れんのかいな?」とロンが、う~んと伸びをしながら伝えてきた。

それは無理だろ。やれやれ、このおっさん犬にも困ったもんだ。

「そろそろ眠くなってきたから、最新の記事を読んだら寝るぞ」

僕は、そう言うと最新の記事に移動した。

『今まであきらめんと続けてきたけど、婚活も終わりの時が来たようですわ。体調がすぐれないんで病院に行ってみると、糖尿病が進んでると言われましてな。入院はなんとかせんでもええらしいんですが、自宅治療がけっこう大変ですわ。インスリン注射を自分で打たないかんし、食事も気をつけないかん。えらいこっちゃ。すぐに死ぬわけやないけど、ひどくなれば失明や、足の切断、じわじわ体が悪うなっていくみたいですわ。ここまできたら、嫁さん探しどころやないですわ。嫁さんが気の毒やさかいにな。来てくれはる人もおらんでしょうしなぁ。若い頃に家を飛び出し、実家とは疎遠やし、心配してくれる人もおらしまへん。ほんまに孤独な中年男になってしまいましたわ。そやけど、これで吹っ切れましたわ。男一匹、潔う、これからの人生を全うしますわ。ほんでも、虚しいでんなぁ。人生ちゅうもんは、ほんまに思い通りにならんもんですな。』

ロンと僕は、読み終わると「はぁ~」と同時に溜息を洩らした。すっかり天作さんに感情移入をしていたのだ。

「あきらめるなよ~」

思わず、画面に向かって声をかけていた。

ロンは、しばらく画面を見ていたが、「わいらが心配したかて、どないもできんわ」と僕の顔を見た。少々冷たくないかと思ったが、ロンの様子が少し変だった。心ここにあらず、みたいな表情というのだろうか。

長く一緒にいると、ロンが魂の抜けたような状態になることに気づく時がある。今もそんな感じだった。どこかにワープしたのだろうか。ロンのことだ、何か考えがあるのかもしれない。

時計を見ると、もうすぐ朝の四時になろうとしていた。あと一時間もすれば、新聞配達のバイクの音が聞こえる時間だ。とりあえず、今日のところは寝ることにしよう。

僕はパソコンの電源を切ると、一気に現実へと戻った。ロンに「さぁ、寝るぞ」と声をかけると、ロンもトロ~ンと眠そうな目をしていた。

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