(第4章)   爽やか好青年ブログ

第四章   爽やか好青年ブログ

昼過ぎに起きた僕がリビングに行くと、節子が少し心配そうな顔をしていた。

「ずいぶんゆっくりなのね。ねぇ、朝からロンがおかしいのよ。前脚を壁にあげて、ウ~ッて唸っているのよ。何度も、何度も。何か変わった病気にでもかかったのかしら?」

ロンを見ると、なるほど、片脚あげて「こんなもんでええか」とブツクサ言っている。実際には、ウ~ッと唸り、しかめっ面をしているだけだが……。

たぶん、いや、絶対だな。ロンは、壁ドンの練習をしているんだ。やれやれ、本気で壁ドン、始めるとは思わなかった。

ロンと目が合うと、「やっと起きてきたんかいな。昼メシ食べたら、パソコンを開いてや」と伝えてきた。今日は、のんびりしようかと思っていたのだが、どうやらそうもいかないようだ。

僕は妻に、「ロンのことだから、運動不足の解消だろう。気にしなくていいさ。それより、腹が減ってるんだけどな」と答えておいた。

「運動不足ねぇ。それならいいんだけど。私、友達と約束があるから、もうすぐ出かけるわ。サンドイッチを作っといたから食べて。どうせ、あなたはパソコン三昧なんでしょう。そんなにハマるとは思ってなかったわ」

節子はエプロンを外し、外出の支度をしていた。

ちょうどいい。ゆっくりブログを見られるぞ。僕は急いで、顔を洗って着替えをした。朝昼兼用のサンドイッチを食べ終わると、パソコンの前に座った。ロンも僕の隣に腰を下ろし、準備万端という感じだ。

いざ、ブログの世界に突入だ! 天作さんのブログは、見るに忍びない気持ちだったので、銭湯のブログに戻ることにした。

「おい、今日は誰のブログを見に行けばいいんだい?」

ロンに聞いた。

そもそも、なぜ飼い主の僕が、こいつにお伺いを立てねばならないんだろう? 多少の疑問はあるが、長い付き合いで段々と慣れてきたところはある。

「う~ん、おっ、紹介者ちゅう欄にお孫さんの名前が書いてあるで。今日は、そこから見に行こか。若者の恋愛事情が分かるかもしれんでな。参考にさせてもらうわ」

ホントだ。『カイト』って、名前からしてハイカラじゃないか。ブログを覗いてみると、一瞬にして爽やかな雰囲気が伝わってくる。プロフィールを読んでみると、有名な会社に勤め、英語にドイツ語、フランス語が堪能のバイリンガル。スポーツ万能、ネットも詳しそうである。

これで顔がブサイクというなら、それはそれで、「天は二物も三物も与えるわけないさ」と言えるのだが、写真を見てみると、これがまた今どきのイケメン。このまま映画の主役にでもなれそうだ。

年齢は今年二十八歳か。お年頃っていう感じだな。まだ、結婚はしていないようだが、インスタとかいうのか写真メインのSNSと繋がっていて、その写真を見ると、女性もけっこう写っている。可愛い子ばかりである。

しかも、女性だけにモテているわけではなく、男同士のツーリングや、仲間との海外旅行、災害地へボランティアに行った時の写真などもアップされていた。さらに、テニスやサーフィンをしていたり、ギター弾き語りの姿もアップされている。こりゃあ、非の打ちどころがない好青年じゃないか。

ブログの記事を少し読んでみると、文章もしっかりしている。モテるだろうが遊び人でもなく、ただの軽いイケメンでもなさそうだ。社会問題に触れている記事もあった。人間性も確かなようだ。

おっさん犬は、勝ち目がないと思ったのか、「ほな、次のブログに行こか」と、すっかり興味がなくなったみたいだ。確かに、この青年に壁ドンされたら、たいがいの女性は胸キュンだろうが、ロンではなぁ~。

天作さんとは真逆で、同じ男性でこうも違うものなのかと僕は溜息を洩らした。しかし、考えてみればこの爽やか好青年の仲間に、ワンちゃんを飼ってる人がいるかもしれない。かしこくてチャーミングな今どきのメス犬を飼っている女性が、きっといるはずだ。

ロンに伝えてみると、「もうええわ。どうせ、そういう今どきのワンちゃんは、若いイケメン犬が好きなんやろ。どうせわいなんか、壁ドンもうまくできへんしな」と、珍しく自分の評価がまともである。

やはり、内心は、しょぼくれおっさん犬だと気づいていたんだな。が、そうでもなかった。

「わいかて中年なりの渋さちゅうんか、顔やスタイルは、まあまあイケてるんやけどな。どうもな、壁ドンがうまくできへんのや。残念なこっちゃ」

え~~~、そこ? 壁ドン違うだろ。おまえ、大きな勘違いをしているぞ。そもそも、壁ドンって、もう古いんじゃないか? 都合の悪いところはカットしているのか、僕の意見は、あっさりスルーされた。

それにしても、この青年のような人生を送れたら楽しいだろうなぁ。僕も地味な人生を送ってきた方なので、羨ましく思った。

そういやぁ、銭湯のじいさんの面影もある。あのじいさんも若い頃は、けっこう色男だったのかもしれない。その時代はイケメンなんて呼び方は、しなかっただろうから。

好青年ブログ、もう少し見たい気持ちもあったが、おっさん犬の機嫌が悪くなりそうだ。

「おい、もうこのブログはいいんだな。じゃあ、また銭湯ブログから次の候補を探してみるよ」

ロンに声をかけると、おっさん犬は前脚をあげて壁ドンの練習をしていたのだった。壁ドンがうまけりゃ、ラブラブになれると思っているのか? 

そんなロンを無視して、僕は銭湯ブログに移動した。さて、どこへ行こうかな。女性の方が、ブログにペットのことを書いていそうだな。

三人の女性の名前をみつけたが、その中で『保奈美』という女性のコメントに惹かれた。若い女性という感じではなく、落ち着いていそうだ。

『私が子供の頃に住んでいた街にも銭湯がありました。懐かしい思いでブログを見せていただきました。あの頃の自分に戻れるのなら、人生をやり直したい。そう思うこともあります。でも、過去を否定するでもなく、今、この時からの人生を悔いのないように生きていきたいと望んでいます。あの当時、銭湯に行くことは一度も叶いませんでした。けれど、今ならゆっくり湯船に浸かり、明日のことを考えることができそうです。』

じいさんからは、

『ぜひ一度、ウチの湯に入りに来てください。番台からは女性の脱衣所は見えないので、ご安心ください。』

とだけ返事が書き込んであった。

妙齢のご婦人へのコメントは、ヘンにスケベ心のように思われてもいけないし、難しいところなのだろう。

スケベ心だらけのロンは、「どうや。可愛くて性格のよさげなワンちゃんを飼ってそうな人、みつかったんか?」と、息を切らしながら聞いてきた。

まったく、どんだけ壁ドンの練習をしてるんだよ。しかも、性格がよさげという部分が追加されている。

「犬を飼っているかどうかは分からないけど、品のよさそうなご婦人のコメントをみつけたよ。今からブログを見てみようかと思う」

「そうか。ほな、わいも一緒に見てみるわ。婚活の道は、なかなか厳しいのぅ」

おいおい、婚活じゃなくて、地球の進化に貢献するんじゃないのか。宇宙からの使者らしからぬ発言である。

僕の心を読み取ったのか、「もちろん、世の中の為やないか。わいの幸せは誰かの幸せ、そして地球の幸せ、しいては宇宙の幸せってこっちゃ」とロンは、どこまでも自分中心なのだった。

本当かねぇ。僕は首を捻りながら、『保奈美』という女性のブログへと移動した。

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