第3話 答え合わせ

 日記には、クラリスの祖母が日々につづった日常の風景や、孫たちとのやり取り、美味しかった食べ物などの取り留めもない内容も含まれていた。


「おばあちゃんのクッキーのレシピが載ってる。お兄ちゃん!おばあちゃんのクッキー!」


 それはクラリスとロランの遠い記憶の味だった。

 軽やかに甘く、香ばしく、バターの優しい味わいが詰まったその思い出は、二人の心の琴線に触れる。


「調査から帰ったら食堂のステラさんに作ってもらおう。販売すれば絶対ヒットするよ、ステラおばさんの……」


「待って!!お兄ちゃん!それ以上はダメ!何かダメ!」


 ロランの言葉を途中で遮り、クラリスがパタパタと手を振って誤魔化す。


「いや、だってステラおばさんの……」


「ダメー!!絶対にダメ!」


 ロランがクラリスに口を押さえられて、もごもごする様を横目に、モリアスが日記を読み進める。


「ああ、これが多分次の仕掛けの話ですね」


 そう言って皆にページを示した。


【目に見えるものが全てではない。見えないものにも情報は詰まっている。情報得る手段は、見る事だけではない】


「これも語りかける形になってるね」


 ロランがそう言って日記を手に取る。


「目に見えないもの?」


 アーリアが怪訝な顔をする。


「これも現地に行ってみないと分からないけれど、目に頼るなという事かな?さ、それじゃ明日に備えて寝ましょうか。団長、この日記、朝までお借りしますよ」


「分かった、日の出と共に出発だからな。あんまり夜更かしするなよ?」


 翌朝、まだ暗いうちに起き出した一行は、朝食を済ませて馬車へと乗り込む。

 大きな狼とアーリアが御者台に並んで座り、残りが車内に座る。

 ラフィンは天井に近い網棚に寝そべって、のしー、のしー、という独特な寝息を立てて眠っていた。


「日のある間には到着できるのでしょうか?」


「そうだね、休憩時間にもよるけど、夕刻前には着くんじゃないかな。アーリア、天気は大丈夫そうかな?」


 モリアスにそう答えたロランが、アーリアに道行きを問うと、快晴だわと明るい答えが返ってきた。

 御者台の一人と一匹のうち、御者を行っているのは実は大きな狼、ファリスの方である。

 このファリスは、ラフィンの母親で、アーリアの従魔であるが、森の守護者たる神獣であり、動物と意思疎通ができる特殊能力を持っている。

 アーリアは一応手綱は握っているものの、特に何もせずともファリスに言われた通りに馬が勝手に進んでくれる。


「モリアスさん、昨晩日記を持って行ったけど、全部読んでみたの?」


 クラリスがモリアスの手元にある日記帳を指差し、銀縁が光る日記帳を受け取った。

 昨晩見た時より、金具の輝きが増しているように見える。


「一応全て目を通してみたけど、三つ目以降は行ってみないと分からないような記述ばかりだったよ」


 そう言ってモリアスは暫く目を閉じ、何事かを考える素振りのまま、寝息を立て始めてしまった。


 馬車が旧ロレーヌ邸へと到着したのは、夕刻前である。おおよそ日の明るい内に到着した一行は、ロレーヌ邸内を軽く見て周り、一階玄関ホールの階段わきに集まった。


 正面には陽を受けて白く輝く彫像が据えられており、左右には二階へと続く階段が上へと伸びている。その右手階段裏に、それはあった。


「これだよ、はかりと五つの袋。そこの床と絨毯に切れ目があって、いかにも開きそうじゃないか?」


 ロランが先般、確認したことを皆に説明する。見ると、割と大きい範囲で切れ目が走っているのが分かる。

 二階へ続く階段ほどの幅は無いものの、その半分以上はあるのが見て取れた。


「モリアスさん、早速やってみようよ!何かこう、こういう仕掛けギミックってワクワクするよね!」


「クラリスってこういうの好きだよね。じゃあ、始めましょうか。団長、手伝って下さい」


「分かった」


 そう言って二人で下準備を整えていく。

 まずモリアスがロランに指示して、五つの袋を一列に並べた。


「団長、いや、呼びにくいな……。呼び方、隊長でもいいですか?なんかしっくりこないんで。駄長ならしっくりくるんですけど」


「隊長で頼むよ。駄長はやめて」


「分かりました。隊長、左から順番に一の袋、二の袋と呼びますからそれを基準に話を聞いて下さい。まず、一の袋から石を一つ出して、袋の前に置いて下さい」


「うん、置いた」


 ロランが一つ石を置く。

 何故かモリアスが手を出さずに指示だけを出していた。

 アーリアが疑問に思う事を口にする。


「モリアスさん、手伝わないようにしてるの?私、手伝おうか?」


「いえ、ロレーヌの血縁にあるもの以外が触らないほうがいいかも知れないので、アーリアはやめておきましょう。この手の仕掛けは、血縁者限定である可能性があります。家の中の仕掛けですからね」


 なるほど、と言ってアーリアが少し仕掛けから距離を取る。


「続けます」


 モリアスがロランへの指示を再開して、各袋の前に石が並ぶ。

 一の袋の前には一つ、二の袋の前には二つ、三の袋の前には三つ、四の袋の前には四つ、そして五の袋の前には五つ。


「金貨の枚数は十五枚です。全て本物なら15と表示されるでしょう」


「あ……」


 クラリスがつい声を出すと、そう、とモリアスがうなずく。


「偽物は一枚あたり0.1軽いので、一の袋が偽物なら14.9と表示されるはずです。二の袋なら14.8、三の袋なら14.7。こんな風に表示が変わるので、どれが偽物かを一回の秤で見分ける事ができると思います。やってみましょう」


 ロランが十五個の石を混ざらないように、順に手に取り、並べて秤に乗せる。


「スイッチ、入れるぞ?」


 ゴクリ、と生唾を飲み込んでロランがスイッチを押し込むと、表示されたのは14.6という数字であった。


「四番ですね」


 モリアスがそういうと、クラリスが四番の袋を秤の傍へと持ってきて、モリアスの指示で、七番目から十番目の石を袋に戻して彫像へと向かう。


「の……乗せるよ?!」


 全員が固唾を飲んで見守る中、クラリスが像の右手に偽金貨の袋を乗せる。右手の肘が少し下がり、カチリと何かが嵌ったような音がする。


「あれ?何も起こらな……」


 クラリスがそこまでを口にした時、階段裏からガシャン!と音が鳴ったのち、ゴゴゴゴゴ……と何かがズレるような音が聞こえてきたのだった。

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