第2話 お泊まり会

「物凄くいい部屋ですね、いや、良すぎませんか?何です、この調度品。あれ?これ、王宮で見たような」


 モリアスが案内された部屋は、ダークブラウンを基調とした木製の家具が腰を据え、煌びやかなシャンデリアが設置された王族用の客間のような部屋だった。


「そうそう、王宮から貰ってきたんだよ。最初、屋敷だけくれたんだけど、中身が何も無かったからさ。住めないからロレーヌの屋敷に戻るって言ったら、全部用意してくれたんだ。なんか御前ごぜんのポケットマネーからのお祝いなんだって」


 ロランに御前と呼ばれたのは現マリスタニア王国国王、マルシコフ・ガルシア・マリスタニアの事である。

 特筆すべきは王妃に頭が上がらないという所であり、簡単に表現すると、王妃がグーであるのに対し、ガルシアはチョキであるという圧倒的な力関係があるため、彼は常に王妃の動向を探りながら生活していた。


「これ絶対高いですよ、団長」


「ちょっとモリアス、その団長っていうのやめない?なんか違和感が凄いんだよ」


 旧マリスタニア王国第一歩兵大隊が、ロレーヌ家私設騎士団へと再編成され、隊長から団長へと呼称変更がなされたロランが、旧知のモリアスに訴える。


「いや、だって騎士団の長で団長でしょうに。駄長だちょうとか駄脳だのうの方がいいですか?」


「それやめろ、駄脳なんて言葉はないから。あと、駄長ってなんだよ!やめろよ!次々と新語つくるな!」


 モリアスが、そんなくだらない事は兎も角、と話を打ち切り、ロランに日記を見せてもらえないかと打診する。


「勿論いいけど、今クラリスがっているからちょっと待ってて」


 そう言って部屋を後にする。


 部屋を見渡すと細部まで手入れが行き届いており、生活がきちんと行われている事が見て取れる。

 その事にモリアスが安心を覚えていると、ロランがクラリスと共に戻ってきた。遅れてアーリアとラフィンも入室する。


 今回の調査(兼旅行)のフルメンバーが揃ったところで、モリアスが日記を手に取った。

 凝った装丁の日記帳には少し不自然な部分があった。通常、日記帳は一年、五年、十年といった区切りを設けてあるものの、それに満たないという事は無いはずだと、モリアスは言う。


「すごく、中途半端に途切れた日記ですね。まるで最後の五十ページ分位が、ごっそり抜けているみたいに見えます。最初のこの辺りは、話に聞いた天秤の仕掛けの事でしょうね。あと、気になるのはこの日記って、読まれることを前提として書かれているんですよ。普通こんな書き方はしません」


 そう指摘されて読み返してみると、確かに読み手に語る形を取っていた。


【私の迷宮ダンジョンに入ろうとする者が、正しく理を解するかを試すために天秤の仕掛けを作った。この先は危険に満ちている。知を正しく扱う者でなければ、命を落とすかも知れない。故にこの試練を超えられぬ者には、迷宮に入る資格が無いと言っておく。蛮勇は命の灯火を消す風となると知れ】


「確かに、誰かに伝える為に書かれたような文章と言われたら、そう見えてくるね」


 ロランがモリアスに同調すると、他のメンバーも同様に日記を読み直す。そして、まず最初に口にしたのは、天秤の仕掛けの解き方であった。


「そう言えば、あの天秤の仕掛けの解き方って分かったの?」


 アーリアが白いモフモフを撫でながら問いかける。


「細かいルールは行ってみないと分からないけど、多分解き方は分かったよ」


 モリアスがそう答えると、ロランが驚いた顔をして向き直る。


「も……もう分かったの?!当てずっぽうで乗せていく、とかじゃないよね?!」


「駄脳……」


「やめろ!妹の前だぞ!とくにやめろ!新語で罵倒するな!」


 モリアスが、ため息混じりに何故当てずっぽうで乗せてはならないのかを説明し始める。


「まず、チャレンジできるのは四カ月に一回しかないから、適当に乗せ続けると最悪何年も迷宮に入れません」


「じゃあ、同じ金貨の袋をずっと乗せ続けるのも?」


「秤を使うとリセットされるとあるので、多分次の偽金貨袋もランダムでしょうね」


 暫く考えていたラフィンが疑問に思った事を投げかけてくる。


「秤を持っていってもダメのし?」


「おそらく、実際の石の重量は全て同じでは無いかな。偽と設定されたものだけが、軽く表示されるだけだと思います。少なくとも私ならそんな穴は作りません。量ればいいなんて興醒めじゃないですか」


 モリアスの分析に一同が押し黙る。


「大丈夫、ちゃんと解き方はありますよ。それもとてもシンプルです」


「うう……、どうしよう。お兄ちゃんが駄脳って言われて笑っていたけど、私も分かんない。駄脳だ、これ」


 クラリスがロランを揶揄しながら自虐すると、アーリアがメイドに淹れてもらったお茶を皆に配る。

 アーリアに関しては、最初から考える気がないようで、身体能力フィジカル担当と言ってはばからない。


「何かこう、自分が謎を解いているわけじゃないのに、解けたような気分になって楽しいよね」


 お茶を配りながらアーリアがそう言うと、ラフィンが嗅ごうとしたお茶に鼻をつけて熱っ!と飛び跳ねる。


「後は、この続きについてある程度読み込んでおきましょう。次の仕掛けのヒントがあると思います」


 そう言ってモリアスは、紅茶の香りを胸一杯に吸い込み、一息きながら考える。


 これ、有給の期間で踏破できるのかな、と。

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