第4話 研究室

「みんな!こっち!開いたわ!地下室への階段っぽい」


 アーリアが階段裏から声を上げた。


 全員で先程の階段裏へと移動すると、思っていた通りに床の一部が斜めに跳ね上がり、地下へと続く階段が現れている。


「待ってて、罠が無いか確認するから」


 アーリアが斥候スカウト技能スキルを使用し、罠を探して先に階段を降りる。


 モリアスは罠については、まだ心配してはいなかったが、万が一に備えて止めることもしなかった。


「大丈夫よ、みんな来て」


 斥候のゴーサインが出ると、一斉に皆が階段を降りていく。


 辺りの壁は綺麗に積まれた石造りであり、壁に据えられた魔法の照明器具が辺りを照らしていた為、足下の心配をする必要は無かった。


 どこまでも続くかの様に思われた階段が、不意に終わりを告げる。


 そこには一枚の木戸が据えられて、プレートにはこう書かれていた。


【クレア・ロレーヌ】


「おばあちゃんの名前だ。隠し部屋なのかな?」


 クラリスがプレートの名前を見て、少し懐かしそうな表情になる。


「罠調べるねー」


 アーリアが罠を調べている間、モリアスが近くの床や壁を撫でて不思議そうな顔になり、おかしいな、と呟く。


「どうした?」


「いや、密閉されていたからかな?ほこりの積もり方が少ない気がして……」


 モリアスが首を傾げていると、アーリアが振り返り罠が無い事を告げる。


「問題なさそうよ、開けるわね」


 そう言って木戸を開けて中に入り、再び罠の確認をしようとするが、部屋の中を眺め渡して作業の手を止めた。


「研究室みたいな……、雰囲気ね。罠は無さそう、クラリスのおばあちゃんって錬金術師か何かなの?結構、設備が整っているみたいに見えるけど」


「薬草とか毒草には詳しかったような気がするけど、どうなのかな?お兄ちゃん知ってる?」


 ロランも首を横に振りながら、心当たりがないことを示す。


「昔使われていたものでしょうか?机に名札のプレートがあります。chemist……Claire Lorraine、ケミ……スト?古代語ですね。錬金術師アルケミストの仲間でしょうか?後半は、クレア・ロレーヌですかね。蔵書もすごい数です。Quantitative relationship of redox……、ダメだ。そもそも読み方すら分かりません、あの……、クラリスのお祖母様って、とんでもない知識人ではないですか?これ、全部目を通すだけでも十年はかかりそうですよ」


 モリアスがため息混じりに本棚を見上げる。


「あんまり覚えてないけど、よく変なこと言ってたよね?美味しさは作れるとか、毒と薬は同じ物だとか。ね、お兄ちゃん」


「甘味は砂糖以外でも作れる、とかも言ってたのを覚えてるなぁ。頭が良くて、優しくて大好きだったけど、変な人ではあったな」


 そうですか、とモリアスが落胆する。


 ここから先の謎解きの想定レベルが、たった今跳ね上がり、下手をすれば尻尾を巻いて逃げ出さないといけないかも知れなくなったからである。


「みんな、これ見て欲しいのし。扉があるのし、でも扉だけで後ろには何もないのし。これ、何のし?」


 ラフィンの声がする方へ行ってみると、コの字になった部屋の入り口から見て反対側に、大きな扉が立っていた。表から見ても裏から見ても扉である。


「何だろ、すごく面白そうな予感のする扉ね」


 アーリアが直感で扉を評価する。


「うん、絶対何かあるよな。開けてみるか?」


 ロランがそう言ってドアノブに手をかけると、全員が柱の影に隠れた。


「ちょ、なんで僕一人!みんな来いって!」

 

「頑張れお兄ちゃん!」

「隊長、貴方のことは忘れません」

「早く開けるのし」

「罠は無いと思うわ、ガッと行きましょう、ガッと!」

 

「ひどくない?」


 そう愚痴りつつも、ドアノブを回して扉を押し開いた。


 扉の先には、この部屋とは全く違う石壁の風景が広がっている。


「えっと、どうなっているんだろ、これ。別の場所に繋がっているのか?」


「裏から見ても、扉が開いているようにしか見えないのし!」


 裏に回ったラフィンが、楽しそうにぴょこぴょこ跳ねている。


「隊長、ちょっと出てみて下さい。で、一旦扉を閉めてみて下さい。何か分かるかも知れない」


りょう……、いや!閉める必要なくない?!閉めたら声聞こえなくなるだろ、これ」


 チッ!と舌打ちして、モリアスが気付いたか、と呟く。


「ラフィン、扉の裏から入っていく僕を見てて」


「はいのし!」


 ロランが扉をくぐると、裏から見ているラフィンの視界から、その姿が消えていく。ゆっくりと出たり入ったりするロラン。


「隊長、扉の向こうに小石を並べて、扉を閉めてください。はい、閉めたら開けて、オッケーです。小石、残ってますね。繋がる先はランダムでは無さそうです」


「入っていくと、ロランおにいしゃんが消えていくのし。うぁ、ゆっくり出入りすると何か気持ち悪いのし……。にゅーって消えていくのし」


「ふむ、扉の向こうに行くと、入った部分だけこっちで消えるか。なら転移で別次元に繋がっているのかな?」


 アーリアが怪訝な顔でモリアスを見る。


「転送とは違うの?別次元?」


 そう、と頷いてモリアスが答える。


「転送は、出た先もこの世界なんだよ。だから何かあっても、時間をかければ帰って来られる。この転送の場合、全身が一気に消えて、転送先で全身が丸ごと現れる。転移して別次元に出た場合、出た先の世界そのものが違う可能性があるんだ。そうなると、海を渡ろうが、空を飛ぼうがこの世界には、戻って来られないことになる。おっと、見たところ繋がる先も、決まっているみたいだね」


「うん、モリアス。取り敢えずちょっとだけ、斬ってもいいかな?行き先ランダムで、異世界だったらどうするんだよ!扉閉めてたら帰れないじゃないか!」


「扉閉めた後、もう一度開けて、隊長が居なかったら行き先がランダムかどうか分かるなと思って、ランダムだといいなと思ったら、それしか考えられなくなりました。すみません」


「謝れば許してもらえると思うなよ!?何だよ!ランダムだといいなって。素直に話せば許されると思うな!」


 そう捲し立てるロランを、ラフィンが不思議そうに見ていた。


「ロランお兄しゃん、怒ってるのに嬉しそうのし。情緒、どうなってるのし?」


「う……嬉しそうじゃないから!そんなわけないだろ!」


 慌ててロランが否定する。

 その様子は明らかに、動揺を誤魔化す仕草である。


「隊長の情緒は兎も角……」


「おい、兎も角とか言うな。動揺してないから!」


「うるさい、黙れ駄長。兎も角、向こうからこの扉を開く事ができれば、取り敢えずは安全と言っていいと思います。駄長、外出て扉閉めて。ほら、早く」


「駄長っていうな!君どんどん僕の扱い悪くなってないか?まあ、行ってくるよ」


 そう言ってロランが扉から向こうへ渡り、閉めた扉を開いて戻ってきた。

 出た瞬間、モリアスがドアノブを押さえて、開けようとするロランに抵抗する。

 半開きになったドアからロランの絞り出す声が聞こえてきた。


「おおおおお!開けて見せる!負けるものかぁ!」


 全力で開けようとするロランを見て、モリアスが手を離し、勢い余ったロランが一人、吹っ飛んで行く。


「よし、大丈夫ですね。では、本格的に攻略していきましょうか」


 モリアスの言葉に、皆が呼応して置いた荷物を担ぎ出す。こうして彼らのおばあちゃんの迷宮攻略が幕を開けた。

 倒れ込んだロラン一人を除いて。

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