黒秘書さんとの出会い-3

「せ、せ、セクハラにはなりませんし、特定の人もいません。というか私、彼氏いない歴イコール年齢なので……」


 ブラッドレイはそれを聞いてアリーに目を戻した。


「それなら今晩、夕食に誘っても問題ないでしょうか。もう少しお話を聞きたく思って」


「ええ!? 夕食ですか?」


 そんなことを言われてもどうすればいいのかアリーには全く分からない。そもそもディナーに着ていく服など持っていない。


「場所は社内ですよ。ご安心を。デリバリーを頼んでもいいし、私が作ってもいい」

「ブラッドレイさんは料理も作られるんですか?」


「変かな?」


「い、いえ……ではデリバリーがいいと思います……お疲れでしょうし」


「では決まりだね」


 ブラッドレイは場所を変え、最上階の秘書室で食べようと言いだした。新入社員のアリーが最上階に足を踏み入れるなんて考えられないことだが、ブラッドレイ的にはそこでなら、誰にも見られずに済むという判断のようだ。


 ブラッドレイはアリーに帰り支度を整えてから来るようにと言い、アリーを退室させた。アリーはロッカールームに向かい、パティシエ・ユニフォームからスーツに着替えて、自分の荷物も持っていつでも帰れるように支度を済ませ、最上階に向かうエレベーターのボタンを押した。エレベーターはすぐに最上階に到着し、扉が開く。


 最上階に来たのは初めてだが、エレベーターホールからまっすぐ通路が続いているだけなので迷うことなく先に進む。右手に扉があり、秘書室だと分かった。


 ノックをして秘書室の扉を開けると、まだ宵の口だが、ブラッドレイ以外は退社しているのか誰もいなかった。ブラッドレイは応接テーブルに飲み物をセットしていた。


 ブラッドレイもスーツに着替えており、男前度が数段アップして、アリーはめまいを起こしそうなほどだ。上下黒のスーツ。靴まで黒だ。高級ブランド品なのは一目で分かる。黒なのに喪服に見えないのはしゃれたデザインのお陰だろうか。髪も瞳もスーツも黒だから黒秘書さんミスター・ブラックアシスタントかな、とアリーは勝手に彼にあだ名をつけた。


「思ったより早かったですね」


 黒秘書さんはアリーの側に来て手荷物を持ってくれた。そしてアリーが分かるように執務机の上に置いてくれた。


「ありがとうございます……」


 アリーははそれだけでもほーっとしてしまうが、手を取られて応接ソファに導かれたときには握られた手が熱くなって更に訳が分からなくなった。男性への免疫がないのは問題がありすぎるとアリーは自戒する。


 応接ソファに腰掛け、大きな窓の向こうの夜景を見る。25階のビルはそんなに眺めは良くないが、近くのビルのフロアの明かりが1つまた1つと消えていくのが見える。


 デリバリーはすぐに来て、2人で紙パックを広げて、簡単な夕食の席が始まる。


「気楽に食べて。私が誘ったんだから私のおごりですよ。気にしないでお腹いっぱい食べてくださいね」


「出されたものは残さない主義なので」


 そう真面目に答えると黒秘書さんは笑った。


「そうだったんですね……それなら、もう少し少なめに注文したのですが」


 応接テーブルの上に広げられた紙パックは6つもある。かなりの量だ。


「がんばります」


「私も責任持ってがんばりますよ」


 美形の笑顔はそれだけで素敵で、2人はいただきますをしたあと、中華を食べ始める。2人してガツガツ食べるので色気はまったくない。


「美味しいです」


「忙しいときにデリバリーをお願いすることがあるのですが、やっぱり中華はいいですね」


「普段口にする料理より凝ってる気がします」


「この中華料理のお店に1度は行ってみたいと思っているんですよ」


「私も是非行ってみたいです!」


 あれ、連れて行ってくれと言っているように聞こえそうだ、とアリーはそれ以降は自粛する。反応が予想と違ったのか、黒秘書さんは頷いた後、話題を変えた。


「さっきも言ったとおり、君の話をもっと聞きたいと思ったからこの場を設けたのですが、一方的に聞くのはフェアではないので私のことも話そうと思います」


「そうなんですね。えーっと……なんとお呼びしたらいいのでしょうか……」


 相手は筆頭秘書だ。それなりの呼び方が相応しいだろう。


 しかし美形の秘書は親しみやすい笑顔で答えた。


「ブラッドレイで」


「では私もアリーとお呼びください」


 そして2人で何故か笑い合った。

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2024年12月13日 07:00
2024年12月14日 07:00
2024年12月15日 07:00

チョコレート会社の社長令嬢と黒秘書さんの、チョコよりも甘いショコラティエ・コンペティション 八幡ヒビキ @vainakaripapa

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