第8話 12月11日18時


 美佐が意識を取り戻したのは、夕方の6時頃であった。

 窓から見える外は、すっかり暗くなっている。


 俺は結局、山小屋に残ることを選んだ。

 鍵の無い小屋に、意識の戻らない美佐を一人で残していくことは出来なかったのだ。

 美佐が寝ている間に、薪になりそうな枯れ木を拾い集め、ストーブで燃やした。

 おかげで室内は温かい。

 明かりはストーブの炎と懐中電灯である。

 「……和泉さん。まだ間に合います。今からでも一人で戻って下さい」

 ベッドの端に並んで座っていると、美佐がぽつりとそう言った。

 「間に合う?」

 俺は美佐の横顔を見た。

 「深夜の0時になる前に、車に乗って、この山から離れた方が良いと思います」

 まるで、美佐だけは残るような口ぶりである。

 そして、0時になる前の意味が分からない。

 「0時になったら、何かあるのかい?」

 しばらくしてから、美佐が答えた。

 「分からない。だけど、あの動画を見てから、色々と調べてみたの。

 和泉さんは、山の神って知ってますか?」

 俺は首を横に振った。山の神と言われても、漠然と山を守る神様ぐらいしか想像できない。

 「山の神の伝説には、恐ろしいものがあったわ。

 12月12日は、山の神が山に生えている樹を数える日。

 だから、山に入ってはいけないの。

 その日に山に入ると、山の神に数えられ、その人間も樹にされちゃうのよ」

 美佐がそう話した。

 信じることは出来ない。ただの伝説であろう。

 けど、史郎が生配信をしていた日が、12月12日になっていたことを思い出した。


 「史郎さんの最後の映像に、不思議な人間が映っていたのを気付いた?」

 美佐が問う。

 俺は太い木の枝の上に立つ、白い服を着た女性の姿を思い出していた。

 でも、はっきりと映っていた訳じゃない。錯覚かも知れない。

 「山の神は女性なの……」

 美佐がささやくように言った。

 「……じゃあ、あのブナの樹は」

 俺はブナの樹の下に落ちていたズボンや靴、そして枝に引っ掛かっていたシャツを思い出した。

 あれは、山の神に数えられた史郎が、樹へと姿を変える時に裂けてしまったズボンや靴だと言うのだろうか?

 シャツの袖に腕が通ったまま、枝になったと言うのだろうか?

 そんな馬鹿な……。

 「美佐ちゃんは、どうするつもりなんだ?」

 俺はそう聞いてみた。

 「残るわ。

 山の神様が来たら、お願いするの。

 史郎さんの樹の横で、あたしを数えてって……」

 美佐は、どこか遠くを見るような目で言った。

 

 目の光が、正気とは思えなかった……。

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