第6話 12月11日15時


 俺はブナの樹の根から枝へと視線を動かした。

 ロープを探す。

 地面に落ちていたのは、首吊り死体が腐敗し、腰から下が千切れ落ちたものかと思ったのだ。

 !

 声が出そうになった。枝にシャツが引っ掛かっていたのだ。

 が、よく見ると、それは、シャツだけであった。

 ロープもシャツの中に残った上半身も無い。


 しかし、まだ安心はできない。

 俺は、美佐の横を通り抜け、落ちているズボンの前にしゃがみ込んだ。

 熊に襲われ、食べ残しが転がっているという可能性もあるのだ。

 ズボンも靴も、ずたずたに裂けていた。

 だが、乾いた血痕らしきものは見当たらない。

 ズボンの中に、喰い残しもなかった。

 意味が分からず、俺は、もう一度ブナの樹の枝を見上げた。

 よく見ると、枝に引っ掛かっているシャツがおかしかった。


 ブナの枝の一本が、シャツの内から袖を通り、その先が袖口から出ている。

 枝が袖を通しているのだ。

 袖口から出た先の枝は、そこで枝分かれしている。

 つまり、シャツの袖にブナの枝が通るはずはないのだ。

 ありえない光景であった。

 「……史郎さん」

 と、美佐がブナの太い幹をそっと抱きしめた。

 涙を流しながら、史郎の名を呼ぶ。

 そして、ふっと意識を失った。

 「美佐ちゃん!」

 俺は手を伸ばし、倒れる美佐を支えた。


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