第2話 12月10日19時


 約束の10分前に到着したが、美佐はすでに店内で待っていた。

 「ひさしぶりだね、美佐ちゃん」

 声をかけた俺は、テーブルを挟んで美佐の対面に座った。

 「和泉さん」

 美佐は俺の名を口にし、小さく頭を下げた。

 「無理を言って、ごめんなさい」

 史郎と一緒にいるときはよく笑う娘だったが、今は表情が硬い。俺や史郎より4歳下と聞いたことがあるから、25歳のはずである。 

 注文したドリンクが届くと、美佐は、俺を呼び出した理由を口にした。

 「史郎さんを見つけたの」


 美佐は起動させたスマホをテーブルの上に置き、俺が見やすいように向きを変えた。

 画面には動画サイトが開かれていた。

 『バイク旅・テント生活』というチャンネルのホーム画面だ。

 登録者数は少なく3桁に届いていない。投稿している動画数も10本ていどである。

 美佐がサムネイル画像のひとつをクリックすると、動画が始まった。

 『今日はN県のT山にある秘密のポイントで、強行一泊してくるぞ!』

 カメラの主がバイクを始動させながら言う。

 顔は映っていないが、おそらく史郎の声で間違いない。

 運転しているバイクも見覚えがある。史郎が乗っていた中型バイクと同一車種だ。

 その動画を停止した美佐は、別のサムネイル画像をクリックした。

 荒い息遣いと、やたらと揺れる暗い映像が唐突に流れ始めた。

 どうやら、小型カメラを身につけて走っているらしい。

 暗い画面に白い光条が踊っているのは、ヘッドライトの光のようであった。

 夜の森の中を走っているように見える。

 時折、画面が大きく横に流れるのは、背後を振り向いているからだろう。

 『な、なんだよ、あれは!』

 脅える史郎の声が流れた。

 次の瞬間、ザザッと茂みが鳴る音がし、画面が大きく揺れて暗くなった。

 呻き声だけが聞こえる。転倒したようであった。

 その後で、『あっ、あっ、あっ』と泣くような声があがる。

 そして動画は終了した。


 「この動画が最後で、後は更新されてないの。

 これは、生配信の動画だったみたい……。

 配信日は、去年の12月12日なの」

 美佐が言う。

 「史郎と連絡が取れなくなったのは、ちょうど、その辺りだったな。

 美佐ちゃんは、史郎が動画配信をしていたことは知ってたの?」

 「全然。ネットで小遣い稼ぎをしたいって話は言ってたけど、動画配信とは聞いてなかったわ。

 この動画も偶然見つけたの」

 美佐の答えを聞きながら、俺はコメント欄を目で追った。

 『つまらない、芝居だな』

 『はいはい、やらせ』

 『再生数伸ばしに必死だなww』

 何かが起こった映像ではなく、何かが起こったように見せかけた映像であると考えている視聴者がほとんどであった。

 「この場所は、どこか分かる?」

 「史郎さんは、行先を言わずに出かけたから。でも……」

 美佐は別のサムネイル画像をクリックした。

 「一つ前の動画で、テントを張っているときの動画がこれなの。

 コメント欄を見て」

 俺は言われるままに、コメント欄を見た。

 『ここは●●山の北側だろ。

 国道〇号線の△で右折して入ったんだろうな。

 あそこは立ち入り禁止の林道だぞ』

 『不法侵入』

 『通報決定』

 コメント欄は非難の言葉で満ちていた。

 なるほど。動画を見て、場所を特定したヤツがいたってことか。

 俺は納得した。

 「和泉さん。あたしをここまで連れて行ってくれませんか」

 美佐がそう言った。

 目は真剣である。

 断ると、無茶をしそうな目である。

 「いいよ。じゃあ、来週のどこかで日時を合わせて……」

 「明日、連れて行ってください」

 俺の言葉をさえぎるように美佐が言う。

 「明日?」

 「はい」

 冗談を言っているようには見えない。

 明日は12月11日。祝日でも無い、ただの水曜日である。

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