第7話「化け物の鬼殺し」

あの場を抜け、小鬼の足跡を辿るように歩んでいく。

鬱蒼とした森林の中で、小鬼というその存在は異彩を放っている。


焦げた匂いが立ち込める。背を曲げ

茂みから顔を覗かせると、そこには変わり果てた村が広がっていた。

家屋は無残に倒壊し、至る所から煙が立っている。

村の入口付近にまで足を運び、周囲に目配せを行う。

小鬼が数体徘徊しているのが見て取れる。

女の言う通り村を支配されるまでの猶予は限られている。

息を潜め、奴らの動向を探るもふと、小鬼たちの動きが一変する。

村の中央に位置する場所まで来ると、そこにいるであろう何かと対峙している様子。

様子を覗くべく歩を進めるが……そこで目にしたのは、数秒の時が過ぎると、凄惨な光景が目に映るであろう。

一糸纏わぬ少年が一人。小鬼の集団に囲まれて

その周囲には村人と思しき死体が幾つも見受けられる。


ただ一点を見つめるその少年の手には、棒切れが握られている。

村人を守るようにして小鬼と対峙しているのか。だが、それにしては些か妙だ。

少年の身体が傷だらけなのは目に見えて分かるが、奴らの小鬼たちには外傷が一つとしてない。

それに引き換え少年は満身創痍といった様子である。

無傷で対峙できる相手でないことは明らかだった。

手を出さないわけにはいかないだろう。

茂みから身を曝け出し、庇う姿勢を崩さずにいる少年の横に立つ。


「よく頑張ったな」

「みんな、みんなしんじゃったよ」


必死に耐え忍んでいたのか、瞳からは涙が溢れて止まらない。

そんな少年に、俺は慰めの言葉を掛ける。

死に慣れろなんて、そんな残酷なことは言わない。

ただ、純粋にその悲しみを受け入れて欲しかったのだ。

今は耐え忍べば良い。いつかは報われる時が来るから。


「泣くな。笑えとも言わない。ただ前を見ていろ」

鞘から剣を引き抜くと、複数の小鬼が襲い掛かる。

大は小を兼ねるとはよく言うもの。


成人男性の体躯、俺はそれ以上の大きさを有しているつもりだ。

小鬼程度が相手取るのは些か骨が折れるだろう。


「見ろ、これを見て、まだ小鬼が怖いなんて思えるのか?」


鋭利な短剣も、棍棒も、その全てが少年の身へと届く前に、一刀の下に両断する。

血飛沫が舞い散り、小鬼の肉体は地に伏せる。

光景に恐怖を覚えたのか、少年は身を屈めてしまう。

しかし少年は立ち上がった。恐怖を、真正面から受け止めて。


「泣かないよ、僕、泣かない」

「情報が欲しい。村の生き残りは他にいるか」

少年は首を縦に振る。それを見るに、まだ隠れている可能性もあるということか。

それならばと少年を連れ、家屋の陰へと身を潜める。

幸いにも、小鬼共は未だこちらには気づいていない様子だが、それも時間の問題だろう。


「おにいちゃんはさ、何でこの依頼を受けたの?

こんな小さな村が無くなるのなんて、誰も気にしないのに」

「金が欲しいから」

少年は神妙な顔を浮かべる。

「なんだ、悪いかよ」

すると、豹変したように笑いだした。

本当、楽しそうに笑っていた。死に際だというのに、恐怖を目の前にしているというのに。

何故か、俺も釣られて笑ってしまった。

その笑いが鬼に聞こえたのかは定かでないが、一つの足音が徐々に近づいてくるのが分かる。

時間が無いだろう。俺は少年の頭に手を置き、優しく撫でる。


「あれが「鬼」か」

「多分。皆あれに殺されちゃったんだ。

死なないでね、おにいちゃん」


姿をさらけ出し、その全貌を現した鬼は、小振りの体躯とは打って変わって 筋骨隆々で

その腕から繰り出される一撃は大木すら薙ぎ倒してしまうだろう。


「オマエ、オレラト、ドウゾク。

ヨワイヤツキライ、オマエ、ツヨイ、スキ。

アイツラコロシタコトユルス」


拙いながら、人と交流することが可能な程度では人を食っている。

八重歯が口内から飛び出すように生えており、口元に血が滴っていることが何よりの証拠。


言葉を交わすこともせず、剣を引き抜く。

対して、こちらを侮っているのかケラケラと吟味するかの如く笑っている。

その余裕が命取りになるというのに、それすらも分からないとは。


一振り。剣が一閃して、鬼の肉体は二つに裂かれる。

…と思われた。強靭な力量も意味を為さないようで。

片手で剣を受け止められ、身動きが出来ないまま体が宙に舞う。


最中、脇腹に蹴りが入り、鈍い痛みが全身を駆け巡る。

民家の壁を突き抜け、咄嗟に体と壁の隙間に手を入り込ませて衝撃は相殺されるものの頭部を強打してしまったせいか視界が定まらない。


「仲間にするって言ってたのに、お前殺す気かよ」


「ヨワイヤツハイラナイ。

ヨワイヤツハイキテイテモイミガナイ」


「油断していただけだ」

口内の血を吐き出して息を整える。

…剣は壊れて使い物にならない。盾も先の衝撃で吹き飛んだか。

鬼は余裕の表情を浮かべ、着実とこちらに歩み寄る。

拳を力いっぱいに握りしめているのか、所々に浮きだす血管が見受けられる。

勝てるのだろうか、こんな化物に。軽々と人を吹き飛ばせる者が、生半可な力で倒せないことは自明の理。

……だが、それはこちらとて同じこと。

剣が壊れようとも、盾が無くとも、俺にはこれがあるのだから。


付近に落ちていた布を手に巻き付け、拳を丸める。


「やろうぜ」

同時に、鬼の拳が振り下ろされる。それを見計らい懐へと入り込む。

渾身の一撃をお見舞いしてやらねばなるまい。

剣を受け止めたように、果たして、お前はこの拳をも受け止めてくれるのか。

全身全霊の想いを乗せた一撃は、鬼に直撃する。

否だ。それは俺の実力不足が原因であり、決して相手の力量によるものではない。

その肉体には傷一つ付いていない。対して、こちらの腕は満身創痍。

傷跡が痛々しく紫紺のあざで腫れ上がっていた。



どれだけ高揚していたのか。俺は狂喜してしまっていた。

拳を止められたにも関わらず、それでも尚、心の臓部を貫かんと拳を突き出す。

鬼はたじろぎ、咄嗟に後退する。その隙を見逃さず追撃を試みるが、寸前のところで避けられる。

間合いを取り、再度対峙する形となる。


お互いに見つめ合い、世界に二人だけの空間が出来たかのように。

静寂が包み、音一つ発せないこの空間では鼓動の音だけが強く響いている。

手負いの獲物にここまで怯えるか。


何故、心臓の鳴りが収まらない。戦いを楽しんでいる訳でも無い。怖くて仕方がない。

俺はここで死ぬ。まず間違いなく、確実に。


…もしかしたら、俺は、この少年を守りたかったのかもしれない。

初めて笑い合ってくれた。子供はどっちなんだろうな。

笑顔一つで、子供騙しみたいに走る勇気を貰えるのだから。

あの子が殺されたくないから、こいつを殺すんだ――――


筋肉の発達した足を踏みしめ、地が揺れる。

その間、僅か数秒にも満たないだろう。

どれだけの強者でも、この世界を揺るがす存在など、ありはしない。

単に気持ちで負けていたのか、直感で歪みを誤認してしまったせいか。

しかしその油断は命取りとなり、瞬く間に間合いを詰められる。

咄嗟に左腕を盾として防御の姿勢を取るが、当然、鬼の腕力に敵うはずもなく無様に吹き飛ぶ。


…意識は、闇の中へと落ちていった。

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