第6話「小鬼と化け物」
粗悪な切れ味を持つ銅の剣、脆弱な盾の隙間から
草臥れた革鎧が全体を覗かせる。
姿だけに、顔負けの装備を着用しているのは重々承知。
言い訳するのもおこがましい話ではあるが
元よりこの装備たちが戦場のおいては命運を掛けるのだ。
値が張るのは当然のことである。更には、生活費云々、食費に……と出費が嵩むと
如何に無収入で無かろうが、ある程度の妥協は視野に入れなければならない。
それはさておき、今いるこの場所「アルゼン平原」
歴史を歩んできたされる平原であり
長らくの戦争から生まれた屍の眠る場所。
真実は定かではないものの、こうして
先人の皆様方が守り続けて来たことは紛れもない真実である。
「っと…それより、村の場所は何処だったかな」
地図を懐から取り出し、目的地を再度確認する。
村の名前は「アルカラ」近年、鬼との衝突が激しい。
その被害は甚大であり、村民の八割が
死亡してしまっているというのが受付嬢から聞いた一部始終。
足早に歩を進めるも、平原ともあってか、雑草が隙間なく生え渡っている。
蒸し暑い情景描写を映し出すには十分なものである。
直射日光を諸に浴び続ける羽目となり、汗が滲み出るのがいやでも分かる。
思えば、この世界に来てから初めての遠出だ。
体力の消耗や呼吸の乱れも普段よりも激しくなる。だが歩みを止めるわけにはいかない。
助けを待つ人がいるというのなら、それに
応えるのが人の性であり、生きる意味なのだから――――
「ふぅ、随分と歩いたな。
今日はここで寝て、明日にでも備えよう」
暗闇が場を支配する中、僅かなランプの灯火を頼りに、野営の支度を整えていた。
簡易的に藁を敷き詰め、その上に布を被せただけという
非常に粗末なものではあるものの、一晩過ごすには十分な代物だ。
火打石で火種を作り薪に灯す。暗闇を照らすのは頼りない炎だが、それでも無いよりはマシ。
ふと、リアナが気になり、辺りを見渡すも姿は見えない。
言わずもがな、この場には連れてきていないのだから、当然か。
目を覚ますと、リアナは一人。
俺の姿が無いことに怒りを覚えるだろう。
手土産の一つでも買って帰ろうか。
そうしみじみ思いながら、ふと視線を上げると
上空に、煙が立ち込めているのが目に入る。
そこから考えられることとすれば、焚き火か。鬼は夜目だと聞く。
警戒しつつ近づくも、その足取りに迷いは見せない。
火元を鎮火させ、息を殺すように後を追う。
…鬼とは、謂わば人の成れの果て。
人だった頃の理性は失われ、代わりに本能をむき出しにし、人を襲う。
人を食らえば食うほど力を増し、やがては鬼の祖となる存在へと昇華する。
つまり、人を食い続ける限りにおいて不滅の存在と化すわけだ。
そして今現在、俺は鬼と対峙している。
数は目視しただけでも五体。
どれもが小振りであるものの、危機的状況であることに変わりない。
茂みの深い場所で屈み、息を潜める。
どうやら最低限の知能はあるようで、何処かある場所へと歩みを続けている。
手元には地面を這わせるように一人の死体。
刃物か何かで切り裂かれ、千切れた部分から赤い血が溢れ出ている。
見るに堪えない光景だ。
思わず目を背けるも、状況を理解するのに時間は掛からなかった。
村の人間だろう。目的としては何れにせよ食糧調達だろう。
死肉を漁るとは余程飢えているらしいな。
奴らは死体を抱えたまま森の奥深くへと消えていった。
好機と思い立ち上がり、鬼の後を追い始める。
段々と空が明るみを増していき、薄暗い空間から一変して昼のような明るさへと変貌を遂げていく。
その要因となっているのが、先の立ち込める煙。やはり、あの先に村があるのか。
心と体が呼応し合うように、足を急かして前に進む。
草木を掻き分け、獣道をかき分けるように突き進んでいく。
…視界が開けたその場所は、酷く残酷なものだった。
家屋は幾つか形を保ってはいるが、壁に穴が開いてしまっている箇所が幾つか見受けられる。
人の死体は無いものの、血だまりが点々と続いており、その悲惨さを物語っている。
「また…また村の民を殺したのか…!
お前ら化け物は、どんだけ人を殺せば気が済む…!」
「ご丁寧に足跡を付けてくれてどうも…!」
問いに答えさせる間も与えず、ただ鬼を斬り伏せるのみ。
小鬼は体格に見合った機敏さを見せるが、小柄な分致命傷になり得る打撃力は乏しい。
刃物さえあれば、新米な俺でも十分に太刀打ちできる。
臆することなく、手当たり次第に鬼を斬る。
視界の端には怯えながらもこちらを凝視する人々が映るが
今はそれどころではない。一刻も早くこの事態を収束させるのが先決である。
……数分程で、その場にいた鬼は全て斬り伏せることが出来た。
だが、村民に被害が出たことは事実。
それに、あの死体の数からして、生き残りが多数いるとも思えない。
せめて、弔いだけでもしてやらなければと、亡骸を一人ずつ並べ始める。
その最中、視界の隅の方から物音が聞こえてくる。
鬼かと思い身構えるも、そこから現れたのは先の男だった。
「あんた…冒険者だったのか。どうりで強い訳だ。
…それで、重ね重ね申し訳ないとは思うんだが…」
男はそう言うと、地面にひれ伏すように頭を下げる。
その行為が何を意味するのか、それは火を見るよりも明らかだった。
「村に…まだ、子供が一人取り残されているんだ。
どうか助けてやってはくれないだろうか……!」
「当たり前だ。その為にここに来た」
頭は下げつつも、男は安堵したように息を漏らす。
男を背に、物陰に隠れていた者たちが姿を現す。
総勢数十名と少数ではあるが、その眼には生への執着が宿っていた。
皆が鬼の襲撃に怯え、外を出歩くことも儘ならない状況だったことは想像に難くない。
食料調達の為に鬼が村を襲ったのか、あるいは偶然か。
どちらにせよ、この事態は見過ごせない。一刻も早く助け出す必要があるだろう。
「注意してください。人を食ったことの無い小鬼程度ならば、知能も低く
私たち村の住人でも難なく撃破することが出来ます。
しかし、村を襲撃してきた者は人を食らう、言わば鬼。
人を食らう程に知恵が付き、厄介さは増していきます」
先の発言に付け加える形で、後方の女はそう語る。
「事態は一刻を争います。どうか、ご武運を」
その言葉にどれ程の重みがあるのか。その表情を見れば察するに余りある。
首肯で返し、ここの場から発つのであった。
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