第5話「奴隷少女の過去」
―――遠い遠いある所に、
世界の果て、それを象徴とする村。
金髪を特徴とした部族であり、その美貌から
心に神が宿っていると言い伝えられてきました。
私は特別な要を持つ女でもなく、ただ平凡に暮らし
当たり前のように日々を送り、そんな日々が、大好きだった。
お母さんが作ってくれたお菓子が美味しかった。
お父さんが、私の頭をなでてくれるのが好きだった。
…けれど、そんな日々は長くは続きませんでした。
花畑に寝そべり、ただ空を眺めていた日。
灰色に陰る視界の隅。不思議に思い、ゆっくりと視線を上げると、炎の海が、目に入りました。
花畑を焼き払い、家々をなぎ払い、すべてを灰と変える。
それはまさしく地獄絵図で、まるで自分が世界で
独りだけになったかのように錯覚させるには十分すぎるほど。
悲鳴のする方へと、ただ走って。
泥だらけの姿で目にしたのは、村の皆が男の集団に連れていかれる姿。
その集団は、私を見ると、下卑た笑みを浮かべました。
「死にたくない」「助けて」無我夢中で叫ぶも、それは他の人も同じ。
薄汚い荷車に、目一杯に詰め込まれ、荷物のように運ばれて。
そんな中、私は、お母さんとお父さんが他の荷車に乗せられる姿を目にしました。
二人はただ黙って俯いていて、一言も声を発さない。
そんな様子に、涙があふれたのを覚えています。
どれくらいでしょうか。何年も、私たちの種族は、寿命が他より長く
時間に対して原則的ではないので
もしかすると何十年かもしれません。
それくらい、ずぅとずぅと、私たちは荷車に乗せられました。
山を越え、川を渡り、森を抜け。
そうしてたどり着いた場所が、この街だったんです――――
愕然と座り込む俺を前に、リアナが口を開ける。
「もし、もしです。ムメイ様が私の不幸せを願うというのなら
ある一つの願望を叶えてはくれませんか」
「何故不幸せを願うんだ…?」
「きっと、願いが叶う時。私は不幸せになるでしょうから」
短期間の間過ごしていただけの、ただの同居人。
そんな俺に、何故そこまで打ち解けるのか。
分からなかった。震撼する声も、言葉の意味も。
全て含めて、俺には分からなかった。
「「生きろ」貴方はそう仰いました。
なら、私は、私自身の為に生きてみようと思います。
少なくとも、あの言葉のお陰で今の私がいるので、本当に感謝しております。
だからこそ、その場所へと、私を連れて行ってはくれませんか」
うわずった声色は、次第に誘惑を誘う甘い声になる。
優しい音色に全てを任せても良いのかもしれない。
様子から、リアナがどんな感情を抱いたのか。
分かるはずがない。だが、少なからず理解出来た、ただ一つのこと。
「…私たちは主従関係です。
貴方は助けた、私は助けられた。
覆ることのない事実ですし、選択をする義務は私ではありません。
ムメイ様、貴方にお任せします」
その後、どう家に帰る道を辿ったのか。正直記憶には無い。
落胆されたのだろう。足を引きずる俺に対して、リアナは無表情のまま。
きっと、言葉すら聞こえていなかったのかもしれない。
会話を交わすことも無く、簡易な食事を頂き、カトラリーの響く音が、堪えていた無感情を容易く引き裂く。
そんな空間が、余計に胸を締め付けた。
リアナが奴隷商人を殺したあの言葉。以来、心の奥底に違和感がこびりついて止まない。
涙を流した理由も、人を殺した理由も。心情の全て。
俺は、リアナに何をしてあげられるのだろうか―――
…二度目の朝。結果として、幾ら頭を悩ませても、リアナの気持ちはリアナ自身しか理解できない。
考えるだけ無駄と結論付け、ある一件の店の前に佇んでいる。
軽く息を漏らし、扉を開けば金属の響く音。
辺りを見渡すも、見知らぬ顔が目に入るばかりで。
鬼に似た風貌を持つ男が現れたとすれば警戒するのも無理はない。
鞘に携えた剣を構える者も節々に見える。
こんな場所に来ようものなら当然か。
今更ではあるが、この世界は鬼と敵対している。
それらを打ち滅ぼすべく、至る街全てに配置された「ギルド」
依頼を受け報酬を得る。難度によってランク分けされ
この類の受付にいるのは、斡旋所とも呼ばれている。
「依頼を受けに来たのでしょうか」
奥から姿を露わにしたのは、一人の女性。顔立ちは端正であり、異性だからこそ思わず見惚れる。
自然とは縁遠い場ということもあってか、初対面ながらに心が和らいだ。
「…鬼ではないですよね」
恐る恐る、といった様子で女性が尋ねる。その心配も最も。
まぁなんだ、こういうものに慣れるのは、少々辛いものがあるな。
しかし否定の意味で頭を振る。
内心、多少の動揺を感じたことに驚きつつも、続けて口を開く。
「鬼の討伐依頼は出ているか」
手元の資料から、探る様に視線を巡らせ、やがて一枚で視線がとまる。
大きく丸印の記された紙をこちらに差し出す。
「「アルゼン平原」その中央にある村が、小鬼の襲来によって壊滅的な被害に
遭ったとのこと」
まじまじと体を嘗め回し、気がかりがあるのか不安感の募る顔を見せる。
「生憎、恐れられるようななりだからな。
装備のことを杞憂としているのだろうが、問題ない」
皮肉めいた発言と同時に笑みを浮かべる。
先の発言で対抗心を覚えたと高らかに宣言したつもりであったのだが
両手で口を抑えるなり咳き込む。
「ふふっ、すみません。
…あなた、全ての小鬼を殺しなさい。
あなた、村の民を全て救いなさい。
そこに情緒あることなかれ」
決意を固め、その目で示す。
俺は、リアナを故郷の村まで送り届ける為馬車を買う。
だから、こんなところで死ぬわけにはいかない。
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